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89-12 人が真に怒る時

 そして、俺達はついに野郎を捕まえた。

 こいつはダンジョンの壁の中に同化していやがったのだ!


 アドミン、おまえの正体は神、異世界への扉を開く能力を持つほどのな。

 だが、それとてもロスよりも格下の存在のはず。

 お前達が俺の思っている者と同じ存在であるならば!


「食らえ、ゴッドコントラクト!」

「なんだと!?」


 ようやくアドミンの思いっきり慌てた顔が見られたな。

 ざんまあみやがれ。

 やっと、その顔を拝めたぜ。

 俺は特殊な魔道具を開発して、この裏ダンジョンでも魔法を放てるようにしておいたのだ。


 アドミンの奴にバレるとマズイので、わざと魔法はそのまま封印しておいたのだ。

 すべては、今この時のためにな。


 そいつに関して思考を読まれていなくてよかった。

 こいつめ、自分の力を過信して、俺の事をすっかり侮っていやがったみたいだからな。


 俺の称号の『主神ロスの契約者』の文字が空中に飛び出して煌き始めた。

 くっくっく。

 どうだ、平社員め。

 社長様の署名入りの証文の味はよ。

 野郎の顔を、ついにここまで引き攣らせてやったぜ。


 あの、「しまった~!」みたいな顔!

 思わず勝利の歓喜に歪む俺の顔。


 だが、ここで予想をしない事態が引き起こされた。

 なんと契約に必要な使用魔力が俺のMP限界を上回ってしまった。

 ついにリミッターを振り切っってしまったのだ。

 これだから神っていう奴はよ。


 課題達成型のゴッド系ティム魔法を用いて『神をティムする』のには魔力が完全に不足だった。

 あれだけ、究極の魔法金属ベスマギルさえ大量に作り出せるほどの膨大な魔力量があっても。


 ええい、神め。

 一体どれだけ存在が大きいんだよっ!


「しまったあ、ここでまさかの魔力不足か!」


 畜生、「しまった」がブーメランで速攻帰ってきやがったぜ。

 迂闊だった。

 卑しくも相手は神だったのだ。

 そんな奴と契約しようとしたならば! 


 俺のMPは全て消失した。

 そしてゴッドコントラクトは失敗に終わった。


 痛恨の大失敗だ。

 あらかじめ、MPレベルを上げておかなくてはならなかったのに。

 だが魔素が無いはずの裏ダンジョンで、なぜかMPはレベルアップしていた。

 そしてMPも満タンモードだ。


 それには俺も驚いたのだが、やはりわかる。

 理屈でなくわかる。

 今の俺の、莫大というにはあまりにも膨大な魔力量のMP、これならば奴と確実に契約できる。


 だがゴッドコントラクトに失敗してMPが弾け、溢れ返った膨大な魔素のせいでファルの拘束は解けて、奴には自由を与えてしまった。


「野郎、待ちやがれ」


 だが一旦自由を取戻した神は、あっさりと俺の手を擦り抜けた。

 奴はファルの霊的な拘束の追っ手までをも潜り抜けて、見事に逃げのびやがった。

 そして高い場所から見下ろして高嗤っていやがる。


「あーっ、逃げられたーっ!

 このお、待てえ~~」


 さすがにさっきとは違い、最初から手の内を読まれていては苦しいか。

 ファルも凄く悔しそうだった。


「ひゅう、あぶねえあぶねえ。

 間一髪だったなあ。

 じゃあな、魔王。

 また会おうぞ」


 そう言うや、奴は虚空からぶらさがった『紐』を引っ張った。


 なんだ、あれは。

 何か見覚えがあるというか既視感がある。

 うーん、なんだっけな。

 ここ最近は見た事が無い何かだ。

 大変嫌な予感がしたが、紐はもう既に引かれてしまっていた。


 うわっ、感じる。

 これは何か知らないが非常にマズイ事になった!

 わかる。

 理屈でなくわかる。


 そして何だか足元から地鳴りのような音が響いてくる。

 こ、これはヤバい。

 一体なんだ⁉


 そして突然に回りの地形が崩れていき『何か』の形を取った。

 足元も崩れていき、何だか巨大な物が形成されていく。

 まるで巨大な土魔法で、異様なほど巨大なゴーレムでも成型しているかのようだった。


 いや、あいつのやる事だ。

 そんなに生優しい物のはずがない。


 俺達は崩れる足元ごと、その底の部分へ飲み込まれていった。

 だがその土砂・瓦礫に飲まれてしまう事無く、無事に底まで着いた。

 どうやら無事に成型は終わったものらしい。

 周囲には小さな破片一つ残っていない省資源的な成型ぶりだった。


 俺達は緩やかで歪なカーブを描いた、逆ドーム状のような場所の底にいた。

 そして壁の奥には、俺達を地下へ飲み込まんばかりの様相で、巨大な洞窟が口を開けていた。

 ここから出ていけってか!

 くそ、忌々しいにもほどがある。


 だが、俺は迂闊にも気が付いてしまった。

 あれ?

 こ、この場所の形は、もしや~。


「みんな、逃げろ。こ、これは……」


 俺が全てを言い終わる前に、大瀑布の如くに大量の水が一息に流れ出してきて俺達全員を包んだ。

 それは渦を巻き、そして俺達はくるくると否応なく渦巻く水中を回りながら、ダンジョンから猛速で押し流されてしまった。

 そう、これは巨大な水洗トイレだった!


 あの手で握る部分が縄跳びの持ち手みたいになっている形状の見覚えがあるような紐は、確か和式トイレで座ったまま水を流すために上からぶら下がっている物だ~。

 ロープの先に、木を削って縄跳びの持ち手のように作られた握り手を取り付けた物だった。

 確か昭和の時代には、そういう仕掛けもあったんだ。

 俺の昔の家のトイレがそうだった気がする。


 これは人間に屈辱を与える最高の方法かもしれない。

 認めたくはないが、奴アドミンは嫌がらせの天才だ。

 ただし、他人に迷惑をかけない縛りを持ったプラクティカル・ジョークの対極にある奴の。


 俺達は抗う事が出来ないような轟然と渦巻く水量の中、排水パイプを通って排出された。

 武士、いや神の情けか、下水管体験はしなくて済んだようだった。

 作られたばかりの「新品のトイレ」だった事がまだ救いだったが、そんなものは何の慰めにもならない。


 ファルはその中でも楽しそうに泳いでいたし、グスタフはアクアラングの装備を出し、気絶して酸素マスクを装着させられたベル君を抱えていた。


 真理は苦笑いを張り付けたまま、額に見事な青筋をくっきりと浮かべていた。

 そんな機能までついていたのか、この御姉さん。

 本来は血管なんていうデリケートな物なんて持っていないよな。

 血管に酸素を送り込むための呼吸すらしていないし。


 俺は、この大事な局面において、くだらない失敗で何もかもを台無しにしてしまった上、この屈辱的な扱いとなった衝撃に水中呼吸の魔法を使う事さえ完全に失念していた。


 装備すら出す事もなく、若かった頃のアメ車並みだった自分の肺活量の恩恵のみで乗り切ってしまった。

 まるで自分に罰を与えるかのように。


 そして俺達はポーンっと勢いよくダンジョンの外へと放り出された。

 俺は半ば糸の切れたマリオネットのように、精気なくよろめく感じに立ち上がり、びしょびしょになったまま外界の大地に立ち尽くしていた。


 だが、やがて肩を震わせながら馬鹿のように薄く口を開いたまま、声というかなんというか、よくわからないモノを喉から搾り出していた。


「ふっふ、ふっふっふっふ、うふう」


 俺は怒りのあまり、上手く言葉にならずに変な笑いが漏れてしまっていた。


 グスタフに活を入れられて咳き込みながら立ち上がったベル君が、ふらふらとやってきて、そんな俺におそるおそる声をかけてきた。

 他の面子も一緒だ。


「あ、あの、園長先生?」

「アルさん?」

「アル……」

「おいちゃん」


 仲間達が心配して話しかけてくれているのはわかっているのだが、憤怒のあまり言葉にならない自分がそこにいた。


 何よりも、この自分自身の間抜けさ加減に腹が立つ。

 何故、もっとMPを上げておかなかったのか。

 周りへの影響を考慮してレベルアップを自粛していたのだが、それがこんなところで仇になるとは。


 そんな己の浅はかさ愚かさに何よりも腹が立った。

 そして最後の瞬間にアドミンの野郎が狡猾そうに笑っていた顔にも。

 武もあの顔を見せつけられ、こんな思いをしたのだろうか。


 ただただ、腹が立った。

 だが同時に、自分で思っていたよりも冷静な自分自身を発見して、やや驚きを隠せない。

 俺はこういう場合には、怒髪天を突いて自分を見失うタイプだからな。

 我を失って怒り狂い、何かを壁に叩きつけまくって、怒りが収まるまで荒れ狂うのだ。


 滅多にそんな事にはならないのだが。

 常識を超えた気違いじみた理不尽にでも遭わなければな。

 今が、まさにそういう時だった。


 イコマのような者が共にいても、こういう事は起きる。

 セブンスセンスは絶対の力ではない。

 特に神なんかが相手の時には。


 何がセブンスセンスだよ。

 必要なのがわかっているはずなのに、どうしてレベルアップしておかなかった。

 イコマの奴め、さてはこれを体験したかったのか?


 しかし、弱った。

 あのこすっからい神をもう一度捕まえるなどという事が、果たして俺に出来るだろうか。


 だが俺は帝国の大地に静かな怒りを持って立ち、即座にもう一度ダンジョンの中へ潜る事を決意した。


「ベル君……」

「あ、はい」


「今からまた行くよ……」

「え?」


 久々にMPが増えたにも関わらず、いつもの魔力放射などではない何かオーラのように近寄りがたい雰囲気を発している俺に、彼は些かビビっていたようだったが、そんな物に構っている場合じゃなかった。


「今から、もう一度ダンジョンへ行くから!」


「え、今日はもうよしておきましょうよ。

 今回は、いいところまで行ったんだし。

 次回に頑張りましょうよ。

 ね!」


 ベル君は必死に俺を宥めようとしていたようだったが、俺はそんな物に耳を貸すような状態ではなかった。

 俺は強引に皆を急きたてて、もう一度ダンジョンの入り口に並び、さっさと中へ進んだ。


 真理とグスタフはもう最初から諦めてついてきてくれていたし、ファルはまた楽しい御遊びの続きが出来るので、一人だけ喜んでいた。

 なんて頼もしい、神(社長級)の子。


 だがあろう事か、ダンジョンの中にはいきなりこんな張り紙がしてあった。


「第十二裏ダンジョン入り口はこっちだよ~ん」


 一緒に添えられた、アドミン風の三頭身キャラによる『あっかんべえ』をしたふざけた絵が、また余計に俺の怒りを誘う。


「ふ、ふざけやがってー!

 アドミン、手前は必ず捕まえて、俺の手でぶっ殺すからなあ~」


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