89-11 ラストダンジョン
「園長先生、あれ」
さっそく視力に長けた真理が促してくれる。
「ああ、わかっている」
「え、どうしたんですか?」
ベル君は、よくわかっていなかったみたいで、きょときょとしている。
「奴自ら、御出迎えのようだな」
「あー、アエラグリスタだー!
あいつめ、よくもー」
ファルは青鰭蜥蜴の件を思い出したようだった。
あっはっは。
あれは強烈だったからな。
「ははは。
よく来たね、井上君。
これで、この第十一ダンジョンは終了だ。
このダンジョンは楽しんでもらえたかね?」
「ああ、存分にな」
「それならいい。では行こうか」
そして一瞬にして街はかき消えた。
「あ、あれ? 街は?」
ベル君は、周りを見回して目を白黒させていた。
「街など始めから無い。
いや、お前達からすれば確かに在ったのかもしれぬがな」
こいつめ、空恐ろしい事を言っていやがるな。
さすがは神だけの事はある。
だが無闇に恐れる必要などはない。
どうやら俺達は、神自らの案内により最終ステージに降り立ったようなのだから。
「ここは第十二ダンジョンなのかい?」
「ああ、そうだ」
「ついに最終ラウンドだな」
「そういう事になる」
辺りは、また岩肌を晒した洞窟ダンジョンへと逆戻りだった。
ベル君が落ち着いたので、もう慌てている奴は一人もいない。
「それで、これが最後の試練というわけだよな」
「その通りだ」
奴は穏やかとも言える、落ち着き払った口調で言い渡した。
「アルさん、や、やりましたね。
ついに最後の関門だ」
ベル君は興奮しているが、俺は最大限に警戒していた。
このアドミン自らが案内し、直々に課した最後の関門とやらが楽なステージの訳が無い。
一体俺に何をさせるつもりなのか。
「ははは。
そう警戒するな。
別に大した事をするわけじゃない。
これから始まるのは、只の鬼ごっこだ」
「はあ?」
「お前が私を捕まえれば、それで終了だ。
お前を攻撃したりなぞしないと、ここにこのアエラグリスタとロスの名において誓おう」
やれやれ、『神を捕獲しろ』だとお?
いくらSSSランクの冒険者だからといってなあ。
世の中には出来る事と出来ない事があるのだが。
「ははは、そんな顔をするな」
奴は今まで見た中では最大限に面白そうな顔をして、こちらを眺めた。
「したくもなるさ!」
「我は、この十二ダンジョンから出たりはせぬ。
このダンジョンを変化させたりもせぬ。
瞬間移動も無しにしてやろう。
純然たる鬼ごっこだ。
ただし、神と人間との格差は絶対に埋められぬがな」
「それが一番問題なんじゃないかよ~。
もっとハンデをつけてくれ。
そうだ!
お前の能力を只の人間レベルまで制限しろっ」
だが奴は俺のクレームなど一切取り合わずに、こう続けた。
「では始めるとするか。
いったんさんし始まった」
おい!
また唐突に始めやがったな。
そんな少し古風な日本式の掛け声をかけやがって。
すぐさま俺は飛びかかったが、奴は岩肌へ溶け込むように消えうせた。
当然、俺はダンジョンの岩肌に熱いベーゼをくれてやる破目になった。
そして顔面を壁面に押し付けたままズルズルとずり落ちながら呻く。
「うおお」
く、そういうのは有りなのかよ。
この程度は神の能力の範囲内ってか。
アドミンめえ、相変わらずムカつくな。
「やれやれ。
あれを捕まえるのは至難の技よー」
「わかっているよ。
だが、ここまで来たんだからな。
あいつには絶対御縄についてもらうぜ」
くそ、こっちは魔法も封じられてるっていうのに、神相手に鬼ごっこしなきゃあならんのかよ。
野郎、一体どこへ行きやがった。
あれをダンジョンレーダーでは捕まえられない。
イコマ、頼む。
どうすればいいのか教えてくれ。
俺は自身の内に潜む者に願った。
『見えるところにいない者。
これは鬼ごっこではなく、かくれんぼ』
あんのやっろうは、なーにが鬼ごっこだよ。
ふざけやがって。
絶対に捕まえてやるぜ。
「みんな、悪い。
これから俺は、ちょっと別行動になる。
何かあったら無線機で知らせるから」
俺は自衛隊用の無線機を出して背負い、そう言っておいた。
これに関しては、このメンツはファル以外なら全員使えるようにトレーニング済みだ。
とりあえず、無線機は体格のいいグスタフに背負ってもらう。
たぶん真理は内蔵魔法で無線も通じるんじゃないか?
自衛隊用の無線機は自衛隊駐屯地の解放日にチラっと見ただけの装備なのだが、俺は昔中学校の無線クラブにいて無線免許も持っていたので無線機の理屈はわかっており、なんとかアイテムボックスの最新スキルで再現が出来た。
一応無線機は至近で拝見させていただいたので、イコマも大体のところは把握出来ている。
「イコマ、奴はどっちだ!」
そしてイコマの指が指し示す通りに俺は駆け巡った。
『あっち』
走るが、その先に奴はいない。
『そっちだ』
またいねえ。
畜生、あの野郎は大人しく隠れてすらいねえぞ。
かくれんぼと鬼ごっこが自在にスイッチしてやがる。
くそ、あいつも俺より足が速いのは確認済みなのだ。
これって殆ど缶蹴りだわ!
ドロケー、いやマオカミだ。
追いかけるのが神じゃなくて魔王の方なんだけどな。
くそ、ムカつくわあ。
スキル抜きで、単独でのHP3200万に物を言わせての機動力だ。
さすがに他の連中はついてこれない。
しかし、とんでもない追いかけっこだ。
だが勝機はある。
それは、これが鬼ごっこではなくて基本はかくれんぼだという事だ。
奴は自ら墓穴を掘った。
そして、ついに俺の足はピタっと止まった。
俺の意思に反して。
こんな事は、いつもの事だ。
「ん? ここか?」
理屈でなく理解する。
そこの壁を小さなハンマーでコツコツと叩くと、明らかに音が違う場所があった。
ここだ。
そう、まるで航空機を分解して行なう大掛かりなC整備の作業のように丹念に叩いて回った。
あれは金属内部の亀裂などをハンマーの反響を人間の耳で聞き取るのだ。
非破壊検査法だけじゃダメな物らしい。
飛行機やスーパーヨットなんかの高価な機材で、しかも人命の係る整備関係は馬鹿丁寧にやられるが、こいつはもうそれ並みの丹念さを込めて探索した。
ついに大詰めなのだ。
こういう時の俺は気を長く持てるぜ。
勝利のゴールは、すぐそこなのだから。
周りはゴーレムどもに囲ませてある。
今回は百万体を出してやった。
どこへ逃げても追えるだろう。
無言の、まるで岩壁に彫刻する職人仕事のような風景が無限に広がっている。
ダンジョンの壁に、小さな化石採集に使うようなハンマーが、小さく小さく岩肌を叩く音が響く。
それは隣り合った他のゴーレム同士で邪魔にならないような極小に抑えられた音であったので、すべてのゴーレムが各自の音を聞き分けることが可能だった。
こいつらは人間じゃないから、こういう真似も出来るのさ。
野郎がどこに移動しても、ゴーレムが探知出来た。
アエラグリスタさんよ。
ちょっとハンデをくれ過ぎたんじゃないの?
俺は無線で他のメンバーに連絡した。
「おい、こっちに来てくれ。
今、奴を追い詰めているところだ」
ゴーレムを迎えに出したので、みんなすぐに集合出来た。
「く、くそ。
そんな原始的な方法で見つけだすとは予想外だった」
「わはははは。
約束の条件は守ってもらうぜ。
もう逃がさん」
奴は壁の中にいたが、ファルに頼んで霊的パワーで引きずり出してもらってから、瞬間拘束してもらった。
野郎も力をセーブしていなければ、こうもあっさりと捕まりはしないのだろうが、今更言い訳は聞かないぜ。
「う、うお。
よせ、ファルス。
神に対して、そのような狼藉を働くんじゃない」
「べえー、あんたなんか知らないよ。
あたし達はロス様の代行者としての祭神だもんねー」
怨まれてる、怨まれてる。
食い物の恨みはなあ。
俺とグスタフも祝福の鎧を展開してその力に同調する。
真理はファルと手を繋ぎ、魔法で補助して奴を攻め立てる。
ファルによる拘束を受けつつ、またしても壁の中に引き籠りながら、なんとかのらりくらりと追撃を躱そうとするアドミンを、微妙なコントロールで追い詰めていく。
水の中ではなく、岩の中で魚釣りをやっているようなものか。
まあ釣っているのは岩魚じゃなくて、天の岩戸に御隠れになった神だけどな。
まるで壁の中の盤上だ。
人智を越える二人の人外のワルツが、少々オイタの過ぎる神を追い詰めていった。
「チェックメイト」
御姉さんの無慈悲な宣言がダンジョンに響いた。
そしてアドミンの奴は拘束されたまま、ついに俺達の前へその姿を引きずり出されたのだった。




