89-10 仮初めの街
そこは草原だった。
強めの風が吹いて草が靡いていた。
千切れた草がぐるぐると風に舞い、その軌跡が風を見せてくれる。
これは夢の中か。
凄まじくリアルで現実としか思えないが、やはり夢なのだろう。
限りなく神の時間に近く、またそれほどまでには大仰でもない。
そのような、微妙というか、敢えて邂逅の舞台としてそう図られた物のようだ。
そして風の真っ只中に一人の男が立っていた。
黒髪の長髪で端正な顔立ちの男だ。
アドミンか。
優雅な、ラノベの中の登場人物のようなゆったりとした感じの、ズボンやシャツではない一枚羽織の高貴に装飾された服装で風に揺られている。
俺は爆炎スタイルだ。
だが、別に奴が俺と戦おうという訳ではあるまい。
どんな勇者とても、星を、命を司る神々に人が勝てる道理など毛一筋ほどもありはしない。
俺は彼らの力を、地球にいた頃から肌で知っている人間なのだから。
「お前と真面に話すなど、これが初めてだな、魔王。
いや井上君」
「一体どういう風の吹き回しだよ、アドミン。
いや、こちらも正式に神アエラグリスタと御呼びしようか」
なんとも言い難い微妙な空気が場を流れている。
多分、この背景というか情景は俺の記憶の中にあった、昔の劇画に登場するガンマン同士の戦いのシーンとかだろう。
別に俺と撃ち合いするつもりじゃないんだろうが、アエラグリスタもシリアスさを表現したかったのだと思う。
「この世界はどうだった」
「まあ、それなりに楽しめたよ」
「そうか、それは良かった。
地球は、そして日本はどうだ」
「懐かしいね。
帰りたいさ。
ただし、俺はこのまま、この世界で暮らすぜ。
ここに俺の大切な家族がいるんだからな。
ぜってーに、お前に勝って日本と行き来出来るようにしてみせるからな」
「そうか。
では待っているぞ、井上君。
いや、グランバースト公爵」
そう言い残して奴は消えた。
これだけ?
たった、これだけのために奴が現れた?
なんとも形容し難い違和感が残る邂逅であった。
そして俺は目覚めた。
「お早う、寝ぼすけさん」
真理にそう言われて気が付いた。
俺はいつの間にか、駅に設えられた長椅子の上に乗せられていた。
「おはよう。
いやアドミンから呼び出しがあってね。
いつの間にか、次の街に着いていたんだな」
「ええ。
今度は街のダンジョンみたいよ」
起き上がってみたら、ファルがグスタフと一緒に駅前広場に出ていた屋台に取りついているのが見えた。
「ここは浜茶屋と違って品揃えも真面そうだな」
「そうみたいね」
出歩く市民達も本物のようにしか見えない。
まあ神の御業なのだからな。
彼らも、きっと本物の人間なのだろう。
俺達の分身の時だってそうだった。
「アドミンめ、今度は一体何のつもりだ」
「さあ、わからないわね。
あいつと何を話したの?」
真理は首を竦めて、逆に俺に訊いてきた。
彼女には、俺があいつと話した事がわかるものらしい。
「そう大した事ない内容だよ。
だが多分、そういう事があいつの一番聞きたい事なんだ。
前の俺の分身として現れた時もそうだった気がする。
あいつが俺と会う時は、おちゃらけているか、真剣そのものかのどちらかだ。
下手をすると、おちゃらけている部分はカムフラージュなのかもな」
「そう。
まったく掴みどころの無い話だわねえ」
「神が何を考えているかなんて人間にはわからないさ。
今のところ特に重大な危害を加えられるような事もなさそうだからな。
少なくとも、奴の上の立場にいるロスは俺達の味方のようだし」
そう、この俺は『主神ロスの契約者』なのだから。
神の世界とて平社員が社長に逆らったりはしないさ。
まあアエラグリスタなんかは最低でも平の重役くらいの立ち位置にいるのかもしれないが。
あるいは専務とか常務あたりの立場か。
遭った感触で、理屈でなくわかる。
「街かあ、なんか逆に困るよな」
「いいじゃないの、ちょっと見物していきましょうよ。
ここは神が作り上げた、ダンジョンの中にある飛沫のような街。
多分、もう二度と訪れる事は出来ないわ」
そうかもしれない。
この街は、俺達が奴と時を交える、この僅かな時間のためだけに作られたセットの街なのだ。
用が済めば泡沫のように消えてしまうだけの仮初めの街なのだ。
実に勿体ない。
いや、それさえも卑小な人の身の考えに過ぎないのだ。
「まあ、時間はかかるかもしれませんが、もう最終局面なんです。
じっくり行きましょう」
ベル君は本当に成長が著しいな。
彼と仲のいい織原の奴も必死で勉強を頑張っているようだし。
いい事だ。
「俺はこの街が気に入ったよ」
「ファルも~」
ファルは、屋台で買ってきた串焼きを頬張りながら御機嫌だ。
俺も駅から出て、串焼きを仕入れて真理と一緒に食べる事にした。
おまけにビールまで売っていたし。
こいつは生ビールだ。
しかも俺の好きなメーカーの製品だった。
串焼きも肉汁が溢れていて実に美味いし、味付けも絶妙だ。
実にサービス満点だな。
さっきの俺の回答がそんなに気に入ったのだろうか。
「はい、御兄ちゃん。
生ビールねー」
俺はスタンドの兄ちゃんをじっと見たが、彼はアドミンの変装じゃあなかった。
やろうと思えば、あいつは別の顔にもなれるのだろう。
そう、プリティドッグのように。
だが奴は敢えてそうしていない。
やっぱり俺には、そういう事が理屈ではなくわかるのだ。
「ああ、ありがとう。
ここはいい街だな」
「そいつはどうも~」
縮れ毛の御兄ちゃんは、帽子を取って愛想を振りまいてくれた。
それから俺達は街のメインストリートを歩いたが、しばらくしてベル君が訊いてきた。
「アルさん、これからどうしましょうかね。
さすがに、ちょっと困りました」
「ははは、せっかくの『神が作りし街』への御招待なんだ。
もうちょっと楽しもうよ。
奴は、俺に『来い』と言った。
呼んでくれるそうだから慌てる事はないさ。
この一時は二度とない時間。
人生はいつだってそうなのだ」
そういう事って若い子にはよくわからないんだろうな。
だが、それでいいんだ。
若いうちから年寄り臭い考えを持つ必要など無い。
若者はガムシャラに生きればいい。
ファルなんかは、もう全てに夢中だった。
本来であれば、レインボーファルスなどは精霊の森にいるべきもの。
こんな風に冒険して回る事など本来はない。
ファルも、それがわかっているからこそ、いつもあんな風にはしゃいでいるのかもしれない。
その全てがあの子にとって心の栄養になる。
それは、この世界の未来にとっても素晴らしき光明となろう。
そんな風に見ていると、この街もとても眩しい物のように思えてくる。
神が作りし一夜城。
息づく街、そして人の吐息。
それらは今在る俺達の世界と何が違うというのか。
そのいずれの造形も、所詮は神の造物でしかないのだから。
俺はそのような不思議な感慨と共に街を練り歩いていた。
だが、その泡沫のような刻にも、ついに終わりの儀式がやって来たようだ。
俺達が気の向くままに歩いて行き着いたカフェの、店先にあるオープンテラスにてアドミンが座っていた。
奴は優雅な所作を見せ付けるかの如く、地球の高級食器メーカー製のティーカップを持ち上げて微笑んでいた。




