89-9 お迎えの列車
そしてカニの辿り着いたところは、何故か鉄道の駅だった。
縮んでいく元の空間と一緒に彼方へと泳ぎ去っていくカニに向かって手を振っているファルを見ながら、どうしたものかと思案する。
なんていうか、そこは凄く田舎の駅みたいな感じで、駅舎も時刻表の表示も存在していない。
その代わりに、いい具合の黄ばんだ感じになった、ひなびた温泉の広告とかが張ってある。
駅員の姿はもちろん無い。
もし駅員なんかが居たら、そいつは間違いなくアドミン本人だろうから問答無用でぶちのめしにいくだけだ。
どうせ、さっきの浜茶屋みたいに逃げられちゃうんだろうけどね。
何しろ、あいつを捕まえるのがここでの御題なんだからな。
「どうする?」
「そうですね。
ところで、ここは一体何の施設なんですか?」
「なんかポツンとこんなところにあるよな」
あ、この世界の人間には、ここが何だかわからないのか。
「これはな、駅と言って公共交通機関の鉄道に設置されているものだ。
いわば乗り合い馬車のターミナルのようなもんだな。
そのうちに、王都アルバとアドロスの間に高架鉄道を引こうと思っているんだが。
あれはモノレールといって、一般の鉄道とは少し違うものだがな」
そして周りを見回してから提案してみる。
「ここに汽車というものが来るかもしれない。
だから、少し待ってみるか」
ファルに汽車を見せてやりたいな。
俺もそんな物は実際に見た事はないのだが。
写真なんかで見た事があるだけなのでアイテムボックスのスキルで再現するのはちょっと難しい。
鉄道博物館はどこも行った事が無い。
俺の爺さんは満州まで商売に行っていて満州鉄道にも乗っていたと御袋から聞いていたので、俺も蒸気機関車には興味が尽きない。
生憎と、俺はマニアとかおたくとかいう勤勉なカテゴリーな方々とは違う人種なので、鉄分は特に
多めではないのだが。
むしろ皆無だ。
どちらかというと快適性の高い列車が好きなのだ。
新幹線ではなくて速度は遅くてもいいので、シートが広くてゆったりできる近鉄のアーバンライナー(豪華特級列車)なんかが好みだ。
俺は飽きっぽくて根気がないので、その方面のおたく的な才能は発揮出来そうにない。
この線路には電線が無いので、来るとしたら電車ではない汽車かディーゼル機関車のどちらかだろう。
しかし、その前に何かイベントがあるはずなんだがな。
「汽車ー?」
「そう。汽車だよ。
俺が作った遊園地にあっただろう」
「へー、そいつは楽しみー」
そして、きっと車掌がアドミンの野郎なんだな。
ファルは真理がずっと遊んでやっているので退屈していない。
ベル君はダンジョンの謎を解こうと、資料と首っ引きで夢中な様子だ。
俺とグスタフは素人同士で将棋をやっていた。
「王手!」
「あ、ちょ、ちょっとタンマ」
もちろん、タンマをかけているのは俺の方だ。
「アル、お前タンマばっかりじゃないか。
将棋はお前の国のゲームだろう」
「俺は崩し将棋しかやった事がないんだよ。
なんでお前そんなに将棋が強いんだ」
「騎士たるものの嗜みだ」
ああ、王を守るってか。
将棋だから王っつうか玉っていう感じだが。
まあそいつは王国騎士団にでも任せておくよ。
俺なんかいつも遊撃手だからな。
リベロのアルフォンス!
「ところで、その汽車っていう奴は本当に来るのか?」
「さ、さあ。
線路と駅があるんだから、たぶん来るんじゃないかな」
まさか、ここが与論駅とか言わないよな。
駅名を書いた看板はないから違うと思うのだが。
線路も左右両側にずっと続いているようだ。
与論駅というのは、沖縄本島の上にある小さな島である与論島に建てられた、駅を模したオブジェの事だ。
ちょっとしかない線路と小さな駅っぽい建物があるだけらしい。
鉄道関係の何かの記念で建てられたもので、只の観光名所なのだ。
あんな直径5キロくらいしかないような島に鉄道なんか存在しない。
ここは、ちゃんと日本のローカル線っぽい感じの、無人改札らしき寂れた駅舎が建っている。
「しかし何かイベントが起きて汽車がやってきてくれないと、俺達はずっとここに足止めだ」
「まあ、そうだろうな。
それ王手」
「うわ、またかよ。
もう将棋は止めてリバーシにしようぜ~」
そんなやりとりをしていたら、ファルから声がかかる。
「おいちゃん、あれはなあに?」
「ん? なんだありゃ」
線路の上を何かがやってきた。
遠目に見ただけだが、少なくとも電車のフォルムとは明らかに異なるようだった。
だが列車のように連結しているようにも見えるのだが。
よくわからないが、たぶん汽車ではなさそうだった。
線路を走る列車の音も聞こえない。
「アル、お前の言う汽車とやらが来たのか?」
「いや、よくわからん」
「やだ、何あれ。
あっはっはっは」
大変視力のいい、人外な魔導ホムンクルスの御姉さんが急に笑い出した。
俺も目に魔力を込めてよく見たら、それは巨大な亀だった。
何匹か連結されている。
連結といっても、後ろの奴が前の奴の尻尾を咥えているだけだ。
自分の足で歩いているだけだし、これって何か連結する意味があるのだろうか?
平ぺったい感じの不思議な形をした甲羅を持つ大きな亀で、上にドカンと大きな客車を乗せている。
まるで何かの甲虫みたいな感じだ。
「次はー、ソベの町行きー」
やがて駅で停車した亀列車はアドミンではない声でそう告げた。
この列車に人は誰も乗っていなそうなのだが。
亀の背中についている客車のドアが何故か「プシュー」っと音を立てて開いた。
「乗るしかないな。
これに乗る事自体がイベントなんだろう」
「わーい、汽車だあ」
「ファル。
これはちょっと違うから」
まあ本人が喜んでいるんだからいいかあ。
俺達は滅多に出来ないだろう、亀列車の旅を満喫した。
ファルはグスタフを枕に夢路に旅立っている。
さっき、この世界に駅も無いくせに、俺の欲求を満たすためだけに作られたアルフォンス商会で開発された駅弁シリーズの食べ比べをしていたので満腹だろう。
ファル一人で、あれこれといろんな種類を五十個分食べたけど。
俺は日本でも人気のスタイルをした北海弁当だったな。
「この列車、どこへ行くんだろう。
ちゃんと線路の上を歩いているのか?
まさか亀の気の向くままじゃないだろうな」
「それはないと思いますよ。
そうでないとアドミン本人が困りますから」
ベル君は資料を見ながら、ちょっと楽しそうだ。
ダンジョン管理局の人間でも、こんな形で未知のダンジョンに関われる人間は他にいない。
それにこの仕事は、早く日本へ行きたくて堪らない国王陛下からの肝煎りで下された勅命なんだからな。
ベル君は陛下から実績を買われている。
ここで実績上積みなら、無理めの恋が実るかもしれないぜ?
頑張れ、恋する青年よ。
もう辺りは薄暗い。
これは車中泊かな?
俺は毛布を出してみんなに配った。
トイレは携帯空間に仕込んでおいたものを壁に貼り付けてある。
「ボオーーー」
何故か汽笛が聞こえてくる。
案外と亀の鳴き声だったりしてな。
そんなんだったら、まるで俺が作った遊園地のゴーレム汽車だ。
アドミンの奴め、さては手抜きで、俺の記憶から本物の汽車を作るのが面倒くさかったんだな。
そんな事を考えながら、俺は深く夢に落ちていった。
「あれ、ここはどこだ!?」
気が付くと、俺は一人で馬鹿みたいに突っ立っていた。
ここはもしかすると、また神の世界なのだろうか。
ここへ御招待するため、あの亀に乗せたわけか。
「どこだ、アドミン」
呼んでも応えはない。
「もう、どうしろっていうんだよ」
俺は周りを見渡したが、何も見当たらない。
真っ白というか、本当に何も無い。
色があるとか無いとかではなくて、何かこうはっきりしないような世界だ。
無の世界?
宇宙空間のようなものとも違うだろう、なんとも異質なものだ。
この前体験した、あの単調なダンジョン通路さえも懐かしくなる。
仕方が無い。
俺は大の字に寝転がって待つ事にした。
今やっと十一ダンジョンまでやってきた。
ラストの十二ダンジョンはアドミンとの直接対決になるのだろう。
奴に勝てば地球へ、日本へ帰れる。
こうしていると思い出すのは子供の頃の事だ。
あの頃にも苦しい事はいっぱいあって、俺はいつもそれから逃げだそうとしていた。
今なら言ってやれるだろう。
「お前、いや俺よ。
なあ、もっと頑張れよ」
そう言って笑って励ましてやれるだろう。
そんな取り止めもない事を考えながら、俺はその空間にて、いつしか眠りに落ちていた。




