89-8 パズル
「とりあえず、どうするんだ?」
「一通り探索してみましょう。
ここの表のダンジョンとは構造が違うでしょうから、僕の資料はまったく役に立ちません。
仕方がないですから、自分の足で調べるしかないですねえ」
ベル君が何気に逞しい事を言っている。
いや、こいつを鍛えておいて本当によかったな。
「わかった。
本当にダンジョン探索そのものだな」
俺達は、とにかく歩き回った。
ファルもグスタフと手を繋いで、棒を振り回しながら御機嫌に歩いている。
ここは割と風景が起伏に富んでいる場所だったので助かる。
殺風景過ぎる場所は心が参る。
もっとも、それらはアドミンが隠れるのに相応しい構造になっているんだろうがな。
こっちが油断していると、すぐその辺の木の陰で奴がほくそ笑んで見ていそうだ。
山道のようなところで木も生えており、昆虫や小動物なども見かける。
御蔭で歩いていても飽きないのは助かる。
ダンジョンコアの間へ行く時の道中は精神的に大変だった。
だがファルが、小動物が出る度に追いかけていこうとしてはグスタフに手を引かれている。
さすがに、ここで迷子になられちゃ洒落にならん。
たぶん、そういう類のトラップなのだろう。
「なあ、ベルグリット。
あいつってラスボスとして大人しく待っているかな」
「ええ、多分」
「やけに自信あるね」
「あいつは、あなたを待っています。
新しい試験、あるいは御遊びをするために。
これは単なる御呼び出しに過ぎないのですから。
こっちが見つけられなかったらアイツが困るのでしょう?」
ま、確かにそうかもな。
ベル君も本当に言うようになった。
「まあ、それはいいんだがなあ。
くっそ、あいつめ一体どこにいやがる。
本当に面倒臭い野郎だぜ~」
これはもう次のダンジョンへ行くとかいう流れではなくなってしまったので、AI武も実に大人しい。
あるいは、かつて仇敵アドミンの姦計の前に屈して日本へ帰り損なったという忸怩たる思いがあるものか。
そうこうするうちに分かれ道に来た。
「アルさん、マッピングはしていますか?」
「ああ、一応。
真理、映像は撮ってくれているよな」
「ええ、大丈夫よ」
「では、まず右から行きましょうか」
そして右へ向かった途端に風景が変わった。
今度は海だった。
どうやら穏やかな湾ではなく、大洋に繋がる海のようだった。
押し寄せる波の荒い感じでなんとなくわかる。
「ベルグリット、これは一体どういう事象なんだ?」
ファルが小さなカニを追いかけるのに付き合いながらグスタフがベル君に訊いてくる。
「ええ、多分この感じだと、ここはパズルのようなダンジョンですね。
いろんなシーンを飛び飛びしながら道を組んでいくわけです。
そうやってダンジョンの有り方を組み上げていき、その中からラスボスのいる場所を特定します。
結構面倒なところですねえ」
「今度はパズルか。
もう専門家に任せたぜ。
こっちはMAPの資料作成係に専念するよ」
パズルというか、昔の八ミリフィルムをあれこれと切っては繋いでを繰り返し、支離滅裂で無茶苦茶な映画でも作っているような感じなのか。
その内容は俺達の道行き次第で決まるのだな。
あるいは一応の選択肢があるマルチストーリー・ゲームのような感じの御遊びなのか。
ラストシーンがバッドエンディングでなけりゃあいいんだがな。
さっき左の道を選択していたらどうなっていたのか若干興味があるが、多分やり直しは出来ないのだろう。
戻り路無しの、一期一会のダンジョン行ってか。
真理はちょっと楽しそうだ。
仕方が無い。
この際俺も楽しむとするか。
当所なく海辺を歩いていると浜茶屋があったので怖い物見たさで覗いてみた。
「何か小腹が空いたよな」
「ファルも何か食べる~」
お前ら、ここはアドミンワールドだぞ。
よくそんな気になるな。
「お客さん、一本いかがですか?」
Tシャツで首にタオルを巻いた、日焼けした若い兄ちゃんが愛想良く声をかけてきた。
「へえ、何があるんだい?」
見たら串に刺さった『フナムシの黒焼き』を売っていた。
「馬鹿野郎、こんなもんがいるかあ~」
「御客さーん、まあそう遠慮せんと」
そいつはなんと凄い腕力で俺を圧倒し、俺の口の中にそれを捻じ込もうとしてくる。
あの巨大なドラゴンであるゴン太320頭分のパワーを持つ俺に対して、いとも簡単にそんな真似が出来るような奴といえば!
「き、貴様はアドミン!」
「うはははは。
さあ、どうした魔王。
ほれほれ」
そして俺はそれをなんとか死に物狂いで振り切って免れ、逆に奴を捕まえようとしたのだが、気が付くと奴は忽然と消えていた。
「おのれっ。
あの野郎、どこへ消えやがった」
振り向くとファルが珍しそうに、あれこれと弄り回している。
よしとけよ。
必殺の隠しアイテム青鰭蜥蜴が出てきても知らないからな。
しかもいきなり何かのイベントが始まって、何故かそいつを食べないと済まない状況に追い込まれるのだ。
「ちょっとオヤツにでもしていきましょう。
アレを相手にして、かっかとしてもしょうがないわよ」
真理は優雅に腰掛けた。
あいつと船橋一家は千年来の因縁だからな。
だが真理が体重を預けて座った椅子は後ろ側の足がバラけて、真理は見事なまでに引っくり返った。
予想外の攻撃を受けると、人外で強者の御姉さんだってこの有様なのだ。
「もう! あの馬鹿は本当に根性が曲がっているわね」
「千年やそこらで、あいつの性根が変わるわけがないさ」
だがグスタフは見事な空気椅子筋トレをしながら、膝に斤量としてファルまで乗っけて、実にいい笑顔を作っていた。
そんな呆れた真似をする気のない俺は、アイテムボックスから椅子を出して、自前のコーヒーを出して他の連中にも配った。
ファルには最近覚えたばかりの炭酸ジュースを出してやった。
ファルはオヤツのイチゴ大福を齧り、グスタフはサンドイッチを齧っている。
それ、オヤツじゃなくて軽食。
だがまだ歩くのだ。
俺も諦めて、すでに出来上がっているラーメンをアイテムボックスから取り出して、ズルズルと音を立てて食いだした。
ここは浜茶屋なんだからTPOくらい弁えるぜ。
本当ならビールと焼きそばにいきたいくらいのもんさ。
とてもダンジョン探索の一風景には見えない。
まだこの世界に来て間もない時分にエド達と一緒にアドロスに潜っていた頃は、いきなりAランク魔物との初対決なんかもあったのだが、それでもまだ普通のダンジョン行だったよなあ。
休憩を終えて歩き出すと、波打ち際でファルが波と戯れながら歩いていた。
俺も半分欠伸しながら歩いている。
見渡す限りの綺麗な白浜だ。
一体どこまで行けばいいんだよ。
すると突然どこからともなく、でかいカニが現れて行く手を塞いだ。
カニは、まるで煙が湧いたみたいに現れやがった。
きっと今作られたのに決まっている。
そいつはハイドの毛蟹並みのサイズなのだが、なんというかスタイルは浜辺でよく見かける小さな蟹のような奴だった。
グスタフはファルを引き寄せると剣を抜いたが、ファルがそれを手で制した。
「戦っちゃ駄目。
その子は御迎えなんだよ」
「ファル、御迎えって何なんだい?」
「このゾーンから出るために存在しているカニさんなの」
「なんだ、そりゃあ」
どうやら、このカニに乗っていかないと、ここから出られないらしい。
知らないでこいつと戦っていると、どこにも行けないのだ。
たぶんこいつは絶対に倒せないNPCなのだろう。
ファルがいてくれなかったらわからなかったかもな。
そしてイコマの野郎が散々楽しみまくった挙句に、爆笑サインと共にその不毛な真実を告げてくれるのだ。
当然、アドミンの野郎も楽しみまくってなあ。
やれやれ。
仕方がないので俺達は、そのカニの背中に乗った。
なんと、ちゃんと人数分のシートまでついているよ。
蟹型ボートか!
カニがどうするのかなと思ったら、ザブンと海に入るなり足を使って優雅に泳いでいた。
何故か船であるかのように余裕で浮いていたし。
もしかしたら蟹の分際で魚のように浮袋のような器官をもっているのかもしれない。
毛蟹だってジェット噴射で高速移動をするくらいだしなあ。
この世界は、こんな奴らばっかりだな。




