89-6 ダンジョンの神様
「招かれた、とは一体どういう意味なんだい?」
さっぱり事情がわからない俺は困惑してベル君に尋ねた。
彼は生き生きとしていて、その顔はこの部屋の煌めきにも負けないような笑顔を放射していた。
「以前に一度だけ、人間がダンジョンコアから招かれたと報告された事があるのです。
このダンジョンではありませんでしたが。
それは子供でした。
ダンジョンで荷運びの仕事をさせられていた子供が、魔物の襲撃を受けてパーティから離されてしまったのです。
そしてダンジョンコアはその子供をコアのある空間へと招いたのです。
何故そのダンジョンコアに子供が招かれたのか、その理由は誰にもわかりません」
「ふうん。
それが今の状況と同じであったと?」
「そうなります。
そこで、ダンジョンコアは子供に言ったそうです。
『私の御願いを聞いてくれるのなら、お前の願いも聞き届けてやろう』と。
子供には病気の母親がいました。
親の薬代のために仕事をしていたのです。
『ダンジョンの神様、御母さんの病気を治して』
子供はそう言いました。
その後、子供は魔物に襲われる事もなくダンジョンの中から無事に帰ってきて、もう絶対に助からないと言われていたその病気の母親は、どういう訳かすっかり元気になったそうです。
まだ九歳の子供でしたし、人伝に報告されましたので詳細は一切全てが不明です。
そんな小さな子供に対して、ダンジョンコアともあろう存在が一体何を望んだものか。
今から三百年以上前のお話ですしね」
「ダンジョンの神様ねえ。
それはまた。
すると今回も?」
「そうかもしれません」
さっきのお話に出て来た『神様』って。
いやいや、まさか。
「さあ、アルさん。
訊いてみてください。
このダンジョンコアの願いを、望みを」
「俺?」
「当たり前じゃないですか。
アルさんが試されているんですから」
そう言われてみればそうなんだが。
「じゃあ、コホン。
では我らを招きし者よ、この空間の主たるダンジョンコアよ。
貴方の願いとは一体何だ?」
だが、辺りはシーンと静まり返っていた。
あれ?
「おーい、ベルグリット」
「うーん。
毎回、同じ事を言われるわけではないと思いますが」
「そうかあ。
しかし、コミュニケーションが取れんとどうしようもない」
俺は困って色々話しかける。
「おーい、聞いていますかあ」
応えは無い。
耳の遠い御爺ちゃんに話しかけるみたいに、真っ白で丸く、そして神々しく光の糸を引くような状態になっているクリスタルのようなダンジョンコアのすぐ傍に口を寄せて、耳の遠い老人にするように大きな声で呼びかけてみる。
「御爺ちゃーん」
ハンドスピーカーも試してみた。
「あーあー、ダンジョンコアの中の人に告ぐ。
無駄な抵抗は止めて出てきなさい」
残念ながら、その俺の行為自体が無駄だった。
「おい、どうしようこれ。
俺達って本当に招かれたの?
偶然に入り口が開いたとかじゃなくて?」
だが、ベル君は呆れたような顔で言った。
「何を言っているのですか。
ダンジョンコアというのは、このダンジョンの本体であるダンジョンにとっての命なのです。
これを破壊されたら、このダンジョンは死ぬんですよ。
通常はダンジョンコアになんて誰も近づけません。
迷路と空間魔法で守られて、専用のとんでもなく手強いガーディアンがいるのが普通です。
それはダンジョンの主と呼ばれるようなドラゴンのような魔物ではない、ダンジョンの最終防衛線です。
そいつは、おそらく人の手には余るような怪物なのです。
それにダンジョンコアはダンジョン内では好きに空間魔法で場所を移動できますから、無理に探そうと思ったって簡単に出会えるような存在ではないんです。
間違いなく御招待は受けていますよ。
あのアドミンの思惑に沿ってね」
「そうだよなあ」
でもどうすんのさ、これ。
ダンジョンコアの奴が、まるでボケ老人のような感じになっているんだがよ。
「何か、いいアイデアのある人」
だが、そこでダンジョンコアがファルに話しかけた。
「やあ、君はファルスだね」
あ、まさか、こいつ!
「よしよし」
「うひょお、いやこいつは噂通り、実に堪りませんな。
でへへへへ」
ファルに撫でられて、いきなりダンジョンコアがデレた。
こ、こいつめ。
これが狙いだったのか。
「ねえ、ダンジョンコアさん。
おいちゃんが、お話聞いてほしいんだって」
「そうですか。
それは仕方が無いですね。
あなたの撫で撫でに免じて聞いてやるとしましょうか。
おい、そこの魔王。
話を聞いてやるからありがたいと思えよ」
な、なんてムカつく野郎だ。
俺の場合だけ、コロっと態度を変えやがった。
さすがは、あのアドミンの子分?
だが俺は怒りを抑えた。
相手が特殊な魔物だと思うから腹が立つのだ。
御得意先の偉い人だと思えば、頭に来たって我慢するしかないのだ。
思い出せ、社畜精神を!
「これはこれは、ダンジョンコア様におかれましては大変御機嫌麗しゅう。
さて出来ますれば、貴方様の望みとやらを一つ手前どもに御聞かせ願えますれば幸いに存じますが」
ああ、情けねえ。
これもシルに見せたら大爆笑されそうだ。
あ、ファルさんったら、何をビデオカメラなんか持ち出して撮っているのかね~。
「そうだな。
強いて言うなら『ファルスの撫で撫で』だが、それはさっきやってもらったのでね。
特に無いよ」
ファルう~。
俺が涙目でファルを見たので、ファルがちょっとテレテレしていた。
「じゃあさあ、さっきの御礼でここを通してもらうのは駄目?」
「それはアエラグリスタから駄目だって言われているから駄目なんだけどさあ。
あうっ、ビクビク」
ファルに御願いすりすりをされまくって、ダンジョンコアが昇天しかかっている。
「し、仕方が無いなあ。
じゃあファルのすりすりに免じて、あなたにチャンスをあげましょう。
僕と勝負をして勝ったら次のダンジョンへ進める。
これでどうです?」
この野郎は何かこうもっともらしい事を言っていやがるが、多分それは最初からそういう話になっていたはずなのだ。
そうでなかったら、今ここに俺達がいるはずがない。
こん畜生め。
だが、そこはぐっと怒りを抑える。
ここはどうしても突破しないといけないシーンなのだから。




