89-5 伝説の通路
「ちくしょう。
酷い目に遭ったぜー」
ボヤく俺の肩を叩いてグスタフが笑った。
「なんだよ。
最後は結構いい思いしていたじゃないか。
なんだったら俺がおんぶしてやってもよかったんだぞ」
「それだと、絶対にゴールへ辿り着けないんだよ!」
あの野郎の事だから、絶対そうに決まっている。
「もう園長先生ったら、思いっきり握りすぎよー。
千切れるかと思ったじゃない。
奥さんのは、もっと優しく握っているんでしょうね」
「人を野獣みたいに言うんじゃない~」
なんという言われようだ。
これもみんなアドミンの野郎がいけない。
「ま、まあまあ。
なにはともあれ、こうして無事に次のダンジョンへ進めたわけですし」
「むう、第十ダンジョンか。
しかし、なんだかここは一本道みたいな感じだな。
ダンジョン内でこんな場所があるとは初耳なのだが」
ずっと見渡す限り、ただまっすぐに道が続いているだけなのだ。
ダンジョンらしくない感じの整然とした、人工的な臭いの強い、まさに通路と呼ぶのが相応しい道だ。
岩肌を切り取ったように見えるそれは、まるで岩色のコンクリートの表面を、つるつるに仕上げたかのようだった。
継ぎ目のない、加工石材仕上げといった方がいいのかもしれない。
まるで地球の工業などで使用する特殊な工具で、大掛かりにスパーンと打ち抜いたかのような。
これはおそらく道中ではなくて、行き着いた先に何かの試練があるという事だろうか。
「とにかく行ってみよう」
俺達は歩いた。
歩いた、歩いた。
歩きまくった。
何しろ、真っ直ぐな道なので何の変化もない。
ファルが真っ先に飽きてしまい、人間揺り籠であるグスタフの腕の中で鼻提灯製作係に就任した。
「むう、こいつは一体どこまで続いているんだ?」
鼻提灯の運搬係がそのように尋ねてきたが、誰もわかる人がいないようだ。
ダンジョンレーダーも引き続き沈黙を守っている。
どうせ一本道なんだしなあ。
「さあ。
さっきみたいな魔法空間じゃないから、あたしにもよくわからないわね」
「一つだけ言えるのは、ここならさすがに俺みたいな筋金入りの方向音痴でも絶対に迷わないっていう事だよな」
それでも俺の場合は、いつの間にか何かの拍子に反対向きへ向かって歩いていかねんが。
だがベル君は歩きながら、器用にタブレットに記録を取っていた。
「これはもしかして……」
「おや、何か思い当たる事があるのかい?」
「いえ、まだなんとも言えません。
とにかく先へ行ってみましょう」
ベル君が何か知っているらしいが、まあ先へ行ってみるか。
それから、どれだけ歩いたのか。
ここには時間の概念さえもない空間なのかもしれない。
不思議と喉も渇かないし、また腹も減らない。
何故か息さえも切れない。
もしかして何らかの形で生体へ干渉してきているのか?
これが裏ダンジョンではなく通常のダンジョンであるならば少々慌てるところだ。
ダンジョンという名の魔物に直接心臓を掴まれてしまっているようなものだからな。
これでまだ周囲が天然洞窟のように趣があるというのなら辛抱も効くが、まるで人工通路のようにツルリっとしていて、おまけに色合いのムラさえない。
非常に落ち着かない感じだ。
やがて変化してきた壁の色も、只のくすんだような感じの白だ。
これで床も壁も完全に真っ白な、色の存在しない世界だったら自分を保てなくて発狂するかもしれない。
まだ一人ではないからいいようなものの。
まるで一本道の八甲田山であるかのようだ。
そんなんだったら、もうどこを歩いているのかすら、まったくわからなくなる。
霧の中へ入り込んでしまったヘリパイロットのように、上下前後左右が不覚となる空間失調症を起こしかねない。
そうなったら、しばし心を落ち着けてから壁を伝って歩くしかない。
自分自身を保つかのように。
まるで一本道の迷路だ。
道中に保護色系の魔物でも出てきたら豪い事だ。
一角雪ウサギとか、白色系山岳山羊とか、あるいはスーパー雪豹みたいな魔物を空想して、何もない場所において緊張感により心の安定を図る。
「なあ、もしかしてこれって幻覚で、俺達はスタート地点でただボーっとしているだけとか?」
あのアドミンならば、それくらいの事はやりそうだ。
「いえ、それは無いと思います。
さっきからタブレットの時計は動いておりますから。
それに、以前にこんなケースが報告された事があるのです。
しかし……」
そう言っているベル君本人も、なんだか半信半疑のようだった。
この目で見るまではとても確信できないとでもいうような感じだ。
それからまた歩き始めた。
歩く。
ただ歩く。
当然のように真っ先に、辛抱弱い性格である俺が焦れてしまった。
「なあ、ベル君さあ。
本当にこのままでいいの?」
「ええ」
専門家にあっさりと肯定されてしまった。
俺はちょっとしょげた。
体は疲れなくても心は参ってしまうのだ。
それが、この魔王最大の弱点なのかもしれないな。
そして真理が笑って諭してきた。
「もう園長先生ったら。
少しは辛抱する事を覚えなさいよ。
エリちゃんが聞いたら笑うわよ」
「あんな辛抱の塊みたいな奴と一緒にしないでくれ」
あいつは何かあると、すかさず「御兄ちゃん、人間は辛抱だよ」と御説教をしてくる義理の妹分なのであった。
そうこうするうちに、やがて通路は光に包まれた。
それは御日様のような温かみのある柔らかい光ではない。
明らかに人工的なものだったが、別に目を刺すような刺々しい物ではない。
かといって蛍光灯のような無機質な光でもない。
不思議な光だ。
なんというか、SF映画によく登場するような感じの不思議光のような感じだろうか。
宇宙人やUFO、あるいは神様的な存在と遭遇するような場面の特殊効果みたいな奴だな。
「なんだ、この光は」
このような事態は、百戦錬磨の冒険者であったグスタフも経験した事がないようだった。
「やはり、これは。
いやはや、なんという経験だ」
どうやらこの事態に関する事情を察しているらしいベル君は、少し興奮しているようだ。
いつも、どちらかというと理知的で少し醒めたような部分のある、この美少年風の青年はいつになく目をきらきらと輝かせていた。
う、その濁りの無い若者らしさが、人生に激しく疲れ切った体験さえある真っ黒な親父には眩しいぜ。
「行きましょう、アルさん!」
そう言って、彼は子供のように走り出した。
そして彼は迷いなく未知の眩い光の中へと飛び込んでいった。
子供が夢を掴もうと大空へ手を伸ばすが如くに。
年寄りはその大胆さに驚きつつ、おたおたと若者の後を追うしかなかった。
その空間は、全体が光輝く結晶のように光っている感じの部屋のような場所だった。
柱や壁も平坦な物ではなく滑らかに曲線を描く感じで、まるで何かの昆虫が美しく創り上げたかのような造形だ。
そこには同じく水晶様の、前衛的で幾何学的な形をした煌めきの台座が盛り上がっていて、そこに何か神秘的に耀く球体のような物体が鎮座ましましていた。
それ自身は水晶のような物体ではない。
透けるような光の塊が命を象ったような、という表現が正しいのか。
それは我々が知るそれとは異なるものの、明らかに命ある存在のようであった。
そいつは何か光る美しい糸の集まりなのか、あるいは薄い膜なのか、半ばそういった物で覆われるような感じで台座と繋がっていた。
そしてベル君は笑顔でその前に立ち、あのロドスの甥であるシュワルツがそうする時のように、手をクルっと大きく回して大仰なポーズを取りながら恭しく、まるでテレビのショー番組に出演するスターを紹介するTV司会者のような感じに言った。
「ようこそ、ダンジョンコアの間へ。
僕達はここへ招かれました!」




