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89-4 おっぱいという物の用途について考えた日

「ふっふっふ。

 うふふふふふ」


 また俺のおかしな笑いが口の端から漏れ出ていた。

 そう、これで二日目の朝から『三十回目』のトライだった。

 その悉(ことごと)くをこの俺だけが足を踏み外したのだ。


「ねえ園長先生、今日はもう休む?」


 俺の不気味な笑いを耳にした真理が、ちょっと心配そうに訊いてくる。


「馬鹿を言え、まだ昼だろうが。

 それに、そろそろ進まないと、また裏ダンジョンの周期の方がな」


 ここって普通のダンジョンとは違ってタイムオーバー制だから本当に困るのだ。


「でも、もう御昼だし。

 御弁当にしましょうよ」


 散々俺が足を引っ張っているのにも関わらず、屈託の無い笑顔を向けてくれるベル君。

 騎士団における地獄の特訓は彼を急成長させたらしい。

 だが本日ばかりは、その笑顔がこの魔王の胸に痛いぜ。


「そういう事だな、アル。

 まあ焦ったってどうにもならないさ」


 いつもの通りに、グスタフも飄々とした感じで言ってくれる。

 ファルは、俺が外してばっかりでまるで進展がないせいで探索に飽きてしまったのか、グスタフの逞しい腕の中で鼻提灯を生産していた。


「トホホホ」


 俺は、そこに広がる御花畑のど真ん中に大き目のピクニックシートを引いて、その上へ、へたりこむようにして座り込んだ。


「はい、御茶」

「ありがとう」


 真理に貰った御茶を啜って、少し気持ちが落ち着いた。


 ファルは食い物の匂いに釣られて起き上がってきて、両手にオニギリを持ってパクついた。

 俺もファルを見習う事にして愛妻弁当の小さめオニギリに齧り付いた。


 グスタフもまた、ついにジェシカがレシピを見事にものにしたらしい、ハイオネル家特製の巨大で平たい愛妻丸パン弁当を取り出した。

 そいつばかりは、いつ見ても胸焼けがするサイズだぜ。


「ねえ、園長先生。

 これから本当にどうしようか」


 横座りで上品に御茶を啜りながら、可愛らしく小首を傾げて俺を見上げる感じの副園長先生に訊かれて、ついに俺も腹を決めた。


「アレを決行する。

 どうせアドミンの野郎はアレを見ない限りは、俺達をここから出さないつもりなのに違いない」


 俺の苦渋の決断を下した憂苦の表情に、皆が怪訝そうな顔をする。


「とりあえず、飯だ、飯。

 この後も次のダンジョンが待ち構えているんだぜ!」


 まるで、最早このダンジョンはクリヤしたも同然とでも言うような俺の発言に、皆は顔を見合わせたのだが、食事の続きをする事には異存はなかったらしく、もそもそと食べ始めた。


 軽く食休みをした後に、少し怪訝そうな顔をした真理が首を捻りながら言った。


「変ねえ。

 このダンジョンは休憩してしまったから、もうアウトのはずなんだけど。

 まだいける感じよ?

 一体どうなっているのかしら」


 そりゃあ、さっきの俺のギブアップ宣言をアドミンの野郎が聞いていたからだよ。

 それを待っていたから全然リセットされていないのだ。

 本来ならば俺が足を踏み外した段階でリセットされているはずだ。


 畜生め。

 あの野郎、やっぱり『アレ』を楽しみにしていやがったな。

 さて仕方がない。

 大人しく年貢を納めるとするか。


「真理。御姫様抱っこして」


 一瞬、目が点といった感じになった真理だったが、次の瞬間ツボに入ったらしい。

 思いっきり大爆笑されてしまった。

 くそ、そこまで笑わなくてもいいのに。


「アーハッハッハッハ。

 その手があったわねえ。

 そうか、そうか。

 それはあのアドミンも見たいわよね。

 お待ちかねっていう奴なのね」


 グスタフの奴も大爆笑だ。


「いいな。

 よし、せっかくなんだから記念写真を撮ろうぜ」


「キャハハハ」


 何かよくわかっていないらしいが、ファルも釣られて大爆笑だ。

 ベル君だけは掌で顔を覆ってしまって首を振っている。


「あ、でも抱っこは真理も足元が見えなくなっちゃうから、おんぶね」


 そして、世界で只一人のSSSランク冒険者である俺は、異世界でダンジョンを踏破するため女の子(ロボ子)に背負われてしまう羽目になった。


 アドミンの野郎が床をバンバン叩いて、まるでプリティドッグのように大笑いをしていやがるのが目に浮かぶようだ。


 く、悔しい~。


 真理はもう馬鹿馬鹿しいと思ったものか、正規の蟻の門渡りコースは無視してずんずんと歩いていったが何故か終了せず、しかも地形がどんどんと険しくなってくる。

 おのれ、アドミン。


 何故か急に障害物とかが現れて、俺を背負った体勢の真理がふらつく。

 ここでうっかりと俺が落ちてしまうと、この回は多分次の瞬間にスタート時点に戻ってしまうのだろう。

 俺は落ちまいとして、ついそれを掴んでしまった。

 真理のツンと上向きな形のいい豊かな双丘を。


「あ、ちょっと園長先生。

 変なところ触らないで」


「ご、ご免」


 そんな間抜けな会話をしながら俺達は進んでいった。

 きっとアドミンが足をバタバタさせて笑い転げているに違いない。


 情けない。

 あー、情けないわ。

 この大魔王とも謳われた男が!


 だが、このダンジョンは延々と続く。

 しかも不必要に険しい道程だった。

 急に地形が変化するので、真理さえも体を安定させていられない。

 ちょっとした地震みたいなものだ。


 俺が真理のおっぱいを五回目に掴んでしまった時、ついに真理が諦めて言ってきた。


「園長先生。

 もういいから、『それ』を掴んでいてちょうだい。

 飛ばすわよ」


 嬉しいような、悲しいような。

 真理もちょっと頭にきたようでガンガン飛ばしていく。

 華麗なステップで、次々と現れる障害物の頭を蹴って跳躍していく。

 当然、俺におっぱいを掴まれたままの態勢だ。


 俺は背中に背負われたまま、真理の高機動によって揺れるおっぱいごと振り回されている。

 この姿だけは奥さんに見られたくない。

 目を吊り上げるというより、情けないと思われる有様だろう。

 あるいは彼女ならば笑い転げるのかもしれないが。


 ふと後ろを見たら、グスタフが驚異的な脚力で付いてきている。

 素の化け物だな、こいつも。


 ファルとベル君はグスタフが両脇に抱えていた。

 ベル君の限りなく無表情に近い、達観した表情が実に印象的だ。


 そして真理は、ついに辿り着いたゴールを蹴破って次のダンジョンへと飛び込んだ。


「コングラッチレーション!」


 アドミンの奴の、いかにも可笑しいといった感じの声が聞こえたような気がした。


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