89-3 アルフォンスの一番長い日
「ここは第九のダンジョンか」
俺はダンジョンレーダーの指示に従い歩いていくが、ここはやけに複雑な地形だ。
広い通路を歩いていくと、何か騙し絵のようになっていて、そこでつっかえてしまうとか。
ちゃんと迂回路は用意されていて、そちらへ行くと『やーい、引っ掛かった~』とか、いちいち張り紙がしてある。
アドミン、手前は小学生か!
かなり待ちぼうけを食わせてやったので、俺達に来てもらえて、よほど嬉しいとみえるな。
何かこう弾けてやがる。
それから、なんかのケーブ(洞窟)探検のように、膝まで水に浸かって隙間を通り抜けるイベントが始まった。
俺はこういうのが凄く嫌いなんだよ!
なんか息が詰まるような気がする。
鼻が詰まり加減なのも、それに一役買っている。
きっと俺への嫌がらせなのに違いない。
また野郎に俺の記憶を読まれているな。
俺はどっちかというとダンジョンなら塔に登る方が好きなのに、この世界にはそのタイプは一つもないらしい。
こうなったら俺がアトラクションランドとしてタワー・ダンジョンを作ってみてもいいかもしれんな。
見事に制覇した奴には豪華賞品を用意するぜ。
まあアトラクションなんで死なないように留意はしておくがな。
狭い洞窟の中でガタイのいいグスタフの野郎がつっかえないか心配だったのだが、奴は案外と体が柔らかくて俺よりもあっさりとクリヤしている。
痩せているくせに、俺は何故かあちこちでつっかえてしまった。
俺って若い頃から結構体が固いんだよね。
だから再生をかけても、こんなものなのさ。
「ムキー!
アドミンの野郎、捕まえたら絶対にしばき倒す」
なんか全員ドロドロになって惨憺たる有様だが、俺以外は案外と楽しそうだ。
ファルなんかは完全に御遊びとして大喜びしているし。
とりあえずザブっと水で洗い流した後で浄化の魔法をかけてから先へ進んだが、これがまた中々行き着かない。
「長いな、ここのダンジョン。
中々通過出来ないぞ」
「普通はダンジョン丸ごとの行程だから、こんなものよ」
「まあ、それはそうなんだけどさ。
今までは、そのダンジョンのツボに上手く当たれば、割と早かったような気がするんだけどなあ」
だが、やがて針は出口を指し示した。
しかし、ダンジョンレーダーが叫ぶ。
「止まれ、諸君!」
だが張り切っていて勢いのついたファルがそのまま駆け抜けていってしまった。
グニャア。
そう表現するのが適切であるかのように世界が歪んだ。
『スタート地点』
そこには、そう書かれた立て札が立っていた。
そしてAI武が文句を垂れた。
「だから言ったのに。
ここは変化するトラップのダンジョンだ。
このダンジョンは、いわばそこにいる真理のように魔法で組まれているのだ。
出口を見つけて喜び勇んで駆け寄ると、こんな事になる。
真面に攻略して抜けられるようなゾーンではない。
ここは、私は一回休みとしよう。
真理」
「OK。
じゃあ、みんな。
私の歩く後をついてきて。
魔法制御により、ダンジョンの構造そのものが変化しているのよ。
ミスるとまったく別のダンジョンに変わってしまう。
最後まで行ききるには、まるで細い一本道のような蟻の門渡りのような道しかないようよ。
さっきファルちゃんが行って変化した時に確認したわ」
ここは真理の独壇場だった。
千年前は、出番が来る前というか、真理が誕生する以前に探索終了となっていたのだ。
全身の魔法の歯車というのか、そのシステムが回る回る。
ダンジョンに同調し、その変化を見切っている。
なんというかカチンカチンと噛み合うような感じだ。
まるで、そこにしかない一本の糸のように細い通路を、完全に見切って進んでいるかのようだった。
彼女に全員を魔法糸のロープで結んでついていき、パズルを解くようにダンジョンをきちんと順路に沿って攻略していく。
人間にはついていけない激しい解析の嵐に、ついに真理の体が唸りをあげた。
「おいおい、これ大丈夫なのか?」
だが、AI武は絶賛する。
「心配ない。
それは強く負荷をかけたパソコンの冷却系のシステムが唸りを上げるようなものだよ。
真理の演算能力がこれほどまで効率的に稼動しているとは。
以前に真理の複製を作られた時に、管理者に性能を把握されているみたいだね。
燃えているね、真理ちゃん。
さすがは俺の天使!」
妹フェチが少し煩かったが、事態は少し進展していった。
「まるでゲーム感覚だな。
こっちに真理がいるのを見越して、この難題をクリヤしてみせろってか」
仲間の団結を試す試練とでもいうのかな。
これはまた面倒な。
ヤバイ。
ここで一番足を引っ張りそうなのが不器用な俺だわ。
この俺が、いわゆる『穴』になっているわ。
そして、それこそが奴の狙いなのに決まっている!
俺達は真理の先導で歩く。
一見すると何の変哲も無い、トラップの欠片も無さそうな感じの只の普通のダンジョンなのだが、真理は両手でバランスを取るような「おっとっと」という感じで進んでいた。
ベル君も目を皿のようにして真理の足元を見ていた。
一本道といっても決して真っ直ぐではない。
しかも細くて、真理がくねくね歩いていたりする。
ファルはグスタフが肩車していた。
俺は集中していないとヤバイ。
そしてゴール……いや、スタートに戻った。
これでもう何度目のトライになるのだろうか。
「真理、さっきのコースで踏んだのは誰?」
「三千六百七十二歩目でベルグリットね」
「す、すみません。
ちゃんと見ていたはずなんですが……」
ベル君が消え入りそうな声だ。
「仕方がないわ。
あそこは『一番の難所』だったもの。
次々と高度なステップが続いて、次に気が緩んだところで、いきなりの鋭角ターンだったのよ。
あいつのやる典型的な手の込んだ嫌がらせだから気にしなくていいわ。
ついでに言っておくと、そのベルグリットで終了する前に園長先生も思いっきり外していたし。
本当なら園長先生が外してしまった瞬間にこの回は終了していなくてはいけなくて、続きなんかあるはずがないのにね。
なんて出鱈目なダンジョンなのかしら。
それと、ここまでに園長先生だけが五十七回も外してしまっていたわ。
凄く難しい緩急のついたターンの連続だったのよ。
みんなにとってはいい練習になったと思うけど、園長先生にとってはどうかしら」
「な、なんだと~!」
ふざけやがって。
なまじ単調なダンジョンだから、集中力が途切れ易い。
短気な俺には不向きなダンジョンだわ。
なんて悪辣な。
「これって伝言ゲームだよな。
殿が一番外しやすいわけだ。
あっはっは」
「面白ーい」
グスタフとファルは、まるで面白がっているかのようだ。
お前ら余裕だな、オイ。
確かに騎士としての素晴らしい所作を持つグスタフにとっては児戯に等しいのかもしれない。
神の子たるファルなんかはヒナダムの時のように素晴らしい能力を発揮しているのだろう。
だが、メインプレーヤーは俺なのだ。
このなんとも言いようのない絶望感はどうしてくれようか。
ぬ、ぬう。
でも不器用な俺が前に行くと、もっと駄目じゃん。
だから、殿を俺が務めているんだからな。
「今回はもう駄目なのはわかっていたけれど、みんなには練習してもらわないといけないからね。
無駄と知りつつも、そのまま続けていたのよ。
何故か知らないけど、この回はなかなか終わらなかったし」
うぐ。
なんか今までで一番キツイ気がするな、これ。
畜生、アドミンの奴め。
俺の外しっぷりを楽しみにしていやがったのか。
「さあ、みんな。
気を取り直していくわよ」
さすがはロボ子の名を欲しいままにした奴だけの事はある。
全くへこたれる気配もない。
いや千年も生きてきたらこうなるのか?
俺はもうゲンナリしていたのだが、これをやりきらないと次へは進めない。
俺は諦めて真理の後について、そのままノロノロと付き従った。
御気楽なファルだけは、楽しそうに『景色が切り替わるダンジョン』を堪能していた。
「ムキー、またかよー!」
これでもう十回目の切り替えだ。
紫水晶の苛々するような点滅光の中、俺は第一歩目から見事なまでに踏み外した。
そして変わる景色。
さっきは一回のプロセスで十分に俺の無様さを堪能したので、今度はこうやって次々と俺の失敗により一瞬にして終わらせて楽しんでいるものらしい。
真理もその俺の様を見て笑ってしまって、こう宣告した。
「今日はもう休みましょうか。
園長先生、はい」
そう言って彼女が投げ渡してきたものは缶ビールだった。
真理が夕食の仕度をして、グスタフがキャンプの設営係で、俺はビールを飲む係だ。
ここ裏ダンジョンでは基本的に魔物が出ないので、表のダンジョンのように火を焚いちゃいけないとか言われないからな。
ファルは楽しそうに紫水晶の欠片を拾い集めていた。
ケモミミ園のみんなへの御土産なんだろう。
あと魔物軍団も光物は割と好きな奴が多い。
「ふう。ギブアップだ。
こいつはまた、ひでえ試練だな」
俺はバーベキューの串に齧り付いて、缶ビールを煽りながらボヤいた。
「えー、楽しいよお」
両手に串を持ちながら、笑顔満面の神聖エリオン様がのたもうた。
「あははは。園長先生。
そんな顔をしていると、アドミンの奴に楽しまれまくりよ~」
「う゛。
そ、そうだった」
俺はやれやれといった感じで力を抜いて肩を下げると、もう諦めてキャンプ飯を楽しむ事にした。
普通のダンジョンじゃ、こんなに気楽なキャンプは楽しめないしなあ。
このダンジョンの階層は、足を引っ張っているのが俺だけというのなら一発でクリヤする方法はないでもないのだ。
しかし、俺にだってプライドというものがある。
それにアレをやると、アドミンを究極に楽しませる事になるだろう。
いや、あの野郎の事だから、きっと俺に『アレ』をやらせたいばっかりに、こんなに性根の腐ったダンジョンを作りやがったのに違いない。




