89-2 遠足気分
若い冒険者達の列に混じって、俺達は盛況なダンジョンの中に入る手続きの列に並んだ。
だが、ちょっと周囲から浮いている感じがする。
まず一際注目を浴びているのがファルだった。
何しろ、見かけは只の小さな幼児だしなあ。
本当に可愛らしいな。
しかし正体は、ほぼアムール虎並みのサイズなのだが。
そして真理。
どこからどう見ても可憐な美少女にしか見えない。
おまけに、「ちょっと御散歩にいってきますわ」みたいな格好と雰囲気なのだ。
この子がアドロスダンジョンの女王だなんて、ここにいる冒険者達の誰が思うだろうか。
更にベル君もいるし。
こいつも見かけは只の青瓢箪にしか見えないのだが、実はダンジョン研究の国家的なスペシャリストだ。
俺とグスタフはなんとか合格か。
だが俺は痩せっぽっちだし背も高くない。
そしてグスタフは、ガッチリとした体格に加えて高貴な雰囲気を纏っている美青年だ。
元々グスタフも生まれは貴族家の出身で、実際に今では正式な伯爵家当主なのだった。
どう見てもこれ、ダンジョン探索パーティには見えんだろうな。
「あのお……」
後ろにいた冒険者の女の子が、妙に遠慮がちに声をかけてきた。
「なあに?」
真理がファルを抱っこしたまま笑顔で振り向いた。
「そんな小さなお子さんを連れて、そのー……今からダンジョンに潜られますので?」
通常ならば、少々の事があっても他者に不要な干渉をしたりしないのが冒険者の嗜みというものなのだが、これはまあ無理もないな。
実にもっともな御意見だ。
若い女の子だから余計に気になるんだろう。
「あっはっは、そうよー。
私、魔法を使えるから大丈夫よ~」
嘘を吐け。
魔法どころか、腕っ節一本でいけるくせに。
こいつって測定したら、はたして一体何馬力のパワーがあるものなのか。
きっと二千馬力の重戦車よりもパワーがあるのに違いない。
もしかしたら出力十万馬力越えであるジェット戦闘機並みのパワーがあるとか?
まあ魔法のスペシャリストなのは認めるが。
というか、体自体が魔法の塊なんじゃないかよ。
あの力自慢で大柄なロイスを片手一本で軽く持ち上げちまうんだからな。
それどころか、全長五十メートルもあるドラゴンのゴン太さえ持ち上げかねない。
間違いなく、あの親方相手にガチンコ勝負が出来る逸材なのだ。
「それに、この子は私の子供じゃないわよー」
ああ、強いて言うなら『神の子』かな?
あ、違うわ。
レインの子供だった。
この間のロスの一件があるんで、つい。
「そ、そうですか。
しかし、そんな格好とは……」
ああ、うん。
紺色の細め横ストライプのタンクトップとクリーム色の短めなハーフパンツの上から真っ黄色のパーカーを羽織って、足元は御洒落なピンクの素材をあしらった白系のスニーカーだ。
まあ彼女の見かけ通りの高校生くらいなら、これで十分デートでもOKだよな。
ダンジョン探索に向いたファッションかどうかはよくわからないのだが。
「あははは。
まあ気にしない、気にしない」
「おやつ食べる?」
ファルが、チョコバーを女の子に手渡した。
「あ、ありがとう」
女の子は礼を言って受け取ると、ごく当たり前に包みから取り出して食べ始めた。
こいつもアルフォンス商会で発売されている商品なので、この世界の人も食べ方は知っているのだ。
栄養補給食品としてダンジョンに持っていく冒険者も多い。
消耗の激しい戦闘中に気軽に齧る事さえ可能な物だからな。
包装は通常ならば消えずに残ってしまうプラスチックゴミになるが、ダンジョンでは何故かちゃんと吸収してもらえる。
ダンジョンコアの奴も、なかなかの気配りだな。
ゴミ捨て場代わりにされていなけりゃあいいんだが。
いくらなんでも、そんな事になっていたらダンジョンコアだって怒るだろう。
『宝箱』という形での返品があるかもな。
宝箱を見つけて大喜びして、勇んで開けたらプラスチックゴミの山だったとか。
俺なら、そのプラスチックゴミが愛しくて持って帰らずにはいられなくなるような魅了のトラップもオマケするぜ。
ようやく順番が来て俺達は中に入ったはいいのだが、中も混んでいるので冒険者がゾロゾロといて、ちっとも裏ダンジョン探索の気分が出ないな。
「なんか遠足気分ね」
真理が欠伸しながら片手で軽く伸びをする。
酸素なんて微塵も要らないくせに、なんて人間臭い仕様なのだ。
まあそんな事は今更なのだが。
「この新発売のグミ美味しいね」
「あれ? そんなのあったっけ。
ファル、俺にも一個ちょうだい」
あ、これマスカット系か。
マスカットに似た異世界果実の果汁入りだ。
これは地球みたいな合成香料じゃなくて、ごく普通に果汁を入れて作ってある。
御菓子なんか、最近は普通に現地開発もされているので、俺が確認をサボっているとアルフォンス商会から俺の知らない物も出ているのだ。
そこまで職務怠慢でも、ちゃんと金が入ってくるっていいよな。
「おいアル、ダンジョンレーダーは?」
「いけねえ、俺まで遠足気分だぜ」
グスタフから指摘を受けて、俺は慌ててダンジョンレーダーのスイッチを入れた。
「諸君! 時は来たれりっ!」
「またその台詞かよ」
「今回こそ、今回こそ悲願の裏ダンジョンを攻略できる!
……ような気がする」
「気がするだけなのかよっ!」
「だが、大詰めに入りつつあるのは確かだ。
今までの経験やデータなどには配慮しよう。
さあ諸君、いざ進め~。
タラララ~」
それからこの小煩い機械は、調子っぱずれの歌を歌いっぱなしだった。
まあ『悲願達成?』なのだから機嫌がいいのも無理もないのだが。
「うるせえぞ!
こんなところで下手な歌なんか歌いやがって。
聞いているとイライラするわ」
「すまん、黙らせるわ」
ああ、とうとう苦情が来たじゃないか。
ごつい革鎧を着込んだ冒険者が鋭い目付きでこっちを睨んでいた。
確かに、公園でデイキャンプやバーベキューをしているところで下手糞な詩吟を大声でやって悦に入っているような迷惑爺さんと一緒だからな。
あれも本人はいい気分なんだろうが、周囲の人間には迷惑そのもの以外の何物でもない。
仕方がないのでサイレントを張っておいた。
賑やかなダンジョンっていうのも困りものだな。
まだ冒険者もよく見かけるゾーンなので魔物もあまり見かけない。
魔物が出現すると、他の冒険者が駆けつけてきて獲物の争奪戦をしている。
俺達はダンジョンレーダーの針に従って歩いていた。
ファルのおやつを齧る音と、AI武の聞くに耐えないような歌声だけがサイレントの結界の中で響く。
そして時折AI武がこういう事を言ってくる。
「むむっ、この辺りは何か怪しい!
壁を調べろ」
針はしっかりとそこを指していたが、最近はこいつも小煩い指示を出してくるようになった。
かつて裏ダンジョンに挑戦して断念せざるを得なかった武本人の無念が、この機械には宿っているのだろうか。
次のダンジョンへの扉は無事に開かれた。
俺は念のため、全員を魔力糸で結んでおいた。
こいつも只の気休めだ。
本当にマズイ時、アドミンがバラけさせたいという時にはこんな物は引き千切られてしまうのは経験済みだ。
まるでこちらの準備が整ったのを見透かしたかのようなタイミングで、裏ダンジョンへの扉は無事に開かれた。
「じゃあ再び探検の始まりだ。
みんな、心の準備はいいか。
行くぞ」
俺は一応、掛け声をかけておいた。
何しろ通常の危険はないはずなのだ。
精神を痛めつけるタイプのトラップに要警戒なのだった。
そして俺はまた裏ダンジョンへと足を踏み入れた。
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