86-2 家族会議
「そういう訳で今現在、我がケモミミ園は史上始まって以来の大ピンチを迎えている。
この危機を打開すべく会議を開きたいと思う」
というわけで、今から「家族会議」を開くわけで、俺達は離宮にあるコの字型の壁に囲まれた中庭にいる。
壁にはブラウンゴブリン謹製の勇壮な壁画が飾られていて、この会議を見守ってくれている。
なんでこんなところで開催しているかというと、大型魔物達も参加出来るようにとの配慮からだ。
みんな、俺の家族なんだからな。
少し離れた場所にゴン太やゴン美にドラ子、そしてメルやフェルドもいる。
皆一様に沈痛な表情だ。
今日は、いつもは知らん顔をしているような猫のショーもちゃんと参加してくれていた。
「まず、ロドス。
家宰として、お前の意見を聞いてみたい」
前に進み出て片膝を着いた慇懃な姿勢で、ロドスも重々しく口を開いた。
「では僭越ながら。
ここは本来ならばケモミミハイム王国の顔を立てて、レミ様を御返しするのが筋ではありまするが……」
「却下だっ、次!」
だが、そうはいかなかった。
「あいたたた」
俺はシルに耳を抓り上げられて、大して痛くもないのに、ついそう言ってしまった。
「もう、あなた。
意見を訊いたんだから、ちゃんと最後まで聞きなさい。
家宰として何かいい事を言ってくれるところだったでしょうに。
ごめんなさいね、ロドス」
「いえ、奥様。
旦那様、御館様の御気持ちを考えますれば、ああ言われるのは当然の事でございましょう。
しかして、あくまで家宰として意見を求められたのであれば言わねばなりませぬので。
事は国同士の外交問題にまで発展しかねませぬからな」
「そう言われてしまえば、この主たる俺とてぐうの音も出んのだが。
それで?」
「は。
それが筋ではありまするが、ここは交渉のしどころ。
あくまで家としてはという観点からの意見でございますが、圧力をかければ当主の意見を簡単に曲げてホイホイと相手の言いなりになると思われれば、後々までも渦を残しまする。
ここは交渉のしどころではないかと。
そして、何よりも」
そう言って言葉を区切り、ロドスは片膝を着いたまま、その髭面で俺の顔をじっと見上げた。
そうだった。
こいつは、あの阿呆のバイトンにさえ、これ以上はない忠義を尽くした男だった。
俺の意に染まぬ事を強要するような事はしない、したくはないだろう。
「わかった、ありがとう。
シェルミナさんは、どう思う?」
「そうでございますね。
王国に長らく勤めさせていただいた身といたしましては、これは大変に難しい問題であると思っております。
早急な結論を出すのではなく、色々な観点から御検討くださいませ」
うん。
感情のみに走って、この公爵家にミソをつけてはなりませんよ、という話だな。
でも、このシェルミナさんも、甘えん坊なおチビの事をとても可愛がってくれているのだ。
あの子がいなくなったら、とても寂しがるだろう。
「エドは外野から見てどうだろう」
「そうですね。
一冒険者の立場としては、あまりにも御話が重過ぎるので出来ればノータッチといきたいところですが、ここは敢えて言わせていただきましょう。
あくまであなたの友人の一人としての私個人の意見としてではありますが、あの子はここに残される事を強く御勧めいたしますね」
エドは思慮深そうな感じで答えてくれる。
「それは何故だい?」
「だって、それはここにいる全員が、皆あの子がここに残る事を切に願っているからですよ、園長先生」
エドはわざと園長先生という言い方をしてくれた。
そうだよな、そうなんだよな。
そうしたいんだよ。
だから、こんな会議を開いているんだ。
ありがとう、エド。
我が友よ。
「そう出来るかな?」
「それは、やり方次第だと思いますよ。
あなたの力量なら不可能ではないかと」
そう言って、彼は真っ直ぐに俺を見つめた。
王都へ、そして俺がこのアドロスへやってきて以来ずっと俺に力を貸し、また見守ってくれていた真摯な瞳で。
「シル。君の意見はどうなんだい?」
「もう。
そんな事、わざわざ聞くの?」
俺は思わずシルをギュっと抱き締めた。
メルやフェルドも、のそのそと近寄ってきて鼻面を寄せてくれている。
ドラゴン達も肯定するかのように、軽く唸り声を上げた。
「決まりですね。
あの子はここに残留する。
そういう前提で、事態の打開策を考えましょうよ」
エリーンがその綺麗なグリーンの瞳を輝かせて、最初から結論の出ている会議を締めてくれた。
「わかった。
ありがとう、もう迷いはない。
そうしよう」
俺は、こんなに素敵なファミリーや友人達を作る事が出来て、本当によかったと思っている。
そして物陰から様子を伺っていた子供達が一斉に飛び出してきた。
「レミちゃん、よそにいったりしないの?」
「いままでどおり、いっしょだよね」
「わあい」
ミヤがレミを抱いて愛おしそうに頬ずりした。
レミはよくわかっていないようで、んーっという感じで片目を瞑っている。
その一方で、俺は物陰からこっそりとこちらの様子を伺っている人物に気が付いていた。
エリーンやエドもチラっと目線を走らせてくる。
感覚の鋭敏な魔物達も気付いているようだが、唸る事さえせずにスルーの方向のようだ。
みんな、俺を信頼してくれているのだろう。
「じゃあ、家族会議はここまでだな。
俺はちょいと『用事』が出来たので、この場を外すね」
エド達には軽く目配せをしておいた。
『対応』は俺がやるというわけだ。
俺はレミのところへ行って頭を撫でてやってから、すっと消えた。
別に転移したわけではない。
インビジブルで姿を見えなくしただけだ。
そしてスキルで気配を消し、おそらくはケモミミハイムの密偵と思われる男のところへ忍び寄った。
「やあ、君。
いい御天気ですね」
後ろから声をかけられた、立派なケモミミを生やした三十歳くらいに見える彼は、別段驚くでもなしに笑顔で振り向くと、目の前でインビジブルを解いた俺に向かってこう言った。
「御機嫌よう、グランバースト公爵。
よい御天気ですね。
よろしければ、そこの茶店で私と少し御話でもいかがですか。
申し遅れましたが、私はケモミミハイム王国で諜報活動の責任者をしておりますアルンストと申します。
レミの叔父に当たる、あの国の第二王子です。
いつも姪が御世話になっております」
い、いきなり、そう来ましたか。
俺はちょっと固まり加減のぎこちない笑顔を返して、その一筋縄ではいきそうもない『笑顔の強面』に対して返事に代えた。




