86-1 オッドアイの秘密
何か知らないが、いきなりミハエルが呼び出しをかけてきた。
俺は御膝の上に抱っこして一緒にじゃんけん遊びに興じていたおチビ猫を膝から降ろすと、スマホを取った。
おチビが一生懸命にスマホを取ろうとしているので、それを片手でじゃらしながら通話ボタンを押した。
「はい、もしもし。
アルフォンスだ。
ああ、ミハエルか。
どうかしたのか?」
「ああ、今いいか?
ちょっと話がある。
ゲルス戦が終わり、草原の王者が国王補佐として行ってくれたのでアル・グランドの方も一区切りついて落ち着いただろうから、丁度いい頃合だろう」
何かまた勿体をつけた感じの言い回しだな。
彼がこういう話し方をする時は、大概の場合只事ではない。
また禄でもない話をされなければいいのだが。
俺はさっそく転移魔法でミハエルの執務室に御邪魔したが、彼は既にソファに腰掛けて待っていた。
またなんだか知らないが少し改まったような感じで、何かこう嫌だな。
「おい、魔王。
何を飲む?」
「なんだなんだ。
またいきなりだな。
素面では出来ないような話なのか?」
「ああ、お前がな」
「なんだと!?」
ますますもって胡乱な物言いだな。
俺はミハエルを、向こうを向いている人さえ飛び上がって振り向かせるほどの魔王の眼力で軽く睨んだが、彼の涼やかな瞳は揺らぐ事もなく受け止めた。
「じゃあ、ウイスキーで」
「わかった」
それを聞いて、後ろで控えていたミハエルの部下がすかさず動く。
ミハエルも一々部下に指示なんてしない。
本当にここの連中はきびきびと動くな。
王国騎士団から回ってくる奴も多いと聞く。
「何か話を聞くのが物凄く嫌なんですけど……」
「それでも、お前が絶対に聞かねばならない話なのだ。
諦めろ」
「むう~」
俺は、すぐに運ばれてきた酒を軽く会釈してから受け取った。
既に俺の好みの濃さで水割りが作られている。
氷は丸い球形に作られている。
これは圧搾融解成型して球形氷を作る金属製の器具を俺が作成した物だ。
地球でも普通に売られているタイプの物だ。
俺は一口啜ってから徐に聞いた。
「じゃあ、話せよ」
「ケモミミハイム王国、あの国の王族の事は知っているか?」
「いや? そういえば全く知らないな」
俺が知っているのは、あのタヌキミミ公爵大使までだ。
「あの国は代々、人口の多い猫族が王家を務めていてな。
大概は賢いリーダー気質の狐獣人が宰相だな。
そして王族の姫にはある特徴があるのだという」
なるほど。
あの国じゃあ、イヌ科であられるタヌキ公爵様は王族である猫族とは血縁ではなさそうだから、この国とは違って王族とは言えないのだろうな。
「へえ?」
それが何か俺に関係があるというのか?
何故かミハエルは、少しゆっくりと話を切り出した。
というか、この男にしては珍しく逡巡するというか躊躇いがあるように感じた。
「あの国の王女にはオッドアイという特徴があるのだ」
「へえ、うちの子にもオッドアイの子なら一人いるぜ」
そういう猫って福を呼ぶんじゃなかったかな。
ありゃあ金目銀目だったかな。
うちの子は片っ方が色違いだな、残念。
だが、充分に福はあると思う。
主に俺の心にね!
「そう。
右が青で左が緑のオッドアイ。
それが、あそこの姫君の特徴だ」
「あっはは。
あの子は、うちの王女様だからな~。
お前の妹の元王女様も可愛がってくれているよ。
それで、それがどうかしたのか?」
だがミハエルは深く溜め息を吐いてこう続けた。
「あの国の王女は、代々銀髪で、右が青で左が緑のオッドアイだ。
更に、その組み合わせは王家以外に存在しないのだ。
その意味がお前にわかるか?」
な、なんだと?
よく理解出来なかったんで、もう一度言ってくれ。
俺のそんな言葉にならない言葉が顔に書いてあったのを読んだミハエルは、かいつまんで説明してくれた。
「要するに、お前のところにいるレミという娘のような猫族獣人は、ケモミミハイム王国の王家以外には存在しないという事だ」
ちょっと待て。
ねえ、本当にちょっと。
「じゃ、じゃあ聞くがな。
そんな血筋の者が何故アドロスのような街で浮浪児のように彷徨っていたんだ。
あの子の親はどうしたんだ!」
やや気色ばんだ俺の問いに、ミハエルも首を振りつつ応えを返す。
「それはわからない。
だが、ケモミミハイム王国から姿を消した王女が一人いる。
そして未だにその消息は知れぬ。
だが、その子供らしき者は見つかった。
そういう事のようだな」
俺は突然舞い降りた意外過ぎる宣告にどう答えたらいいのかわからず、長めの沈黙で答えを返した。
「あのエルム公爵がお前を訪ねたのは、その確認という意味もあった。
そして、お前が子供達を連れてケモミミハイムの祭に行った時、ケモミミハイム国王も直接それを確認した」
俺は油が切れた機械のように顔面を軋ませながら、ミハエルへと顔を向けながら言った。
「じゃあ、どうすると言うんだ!」
くそ!
それ以上言わせねえぞ。
「あの子を引き取りたい。
それが先方からの正式な申し入れだ。
今まではゲルスの件があったからな。
先方は辛抱強く待ってくれていた」
畜生!
言われちまった。
俺は堪らずに、後ろに控えていたミハエルの部下が持つ盆からウイスキーの瓶の方を取って蓋を捻り、そのまま呷った。
俺は少し咽て、まるで親方のように酒瓶を片手にしながら、縁の下の疾風様に文句を付けた。
「じょ、冗談じゃねえ。
あの子はケモミミ園の子だ。
誰にも渡すものか!
大体、今まで放っておいたくせに、いきなりなんだよ。
何故すぐに探さなかった!」
俺の魂の叫びを耳にして、ミハエルも歯切れが悪そうに切り出した。
「その辺も色々と事情があってな。
一概には彼らの事を非難出来ない。
行方不明の王女は駆け落ちしていた。
そして、ついには王国から勘当されていたのだ」
「そ、それは」
「まあ、身分違いの恋という奴でな。
国内の有力者と婚姻を結ぶはずだった王女は、下働きの男と恋に落ち、あの子を身篭ったらしい。
それから王宮より消息は途絶えたのだが、追っ手がかかっていたのでな。
彼らはロス大陸まで逃げ延びたらしい」
勘当されていたのに、それでも追われているのか。
あれかな。
姫としての資格は剥奪されたが、それでも国の外に出せないような事情が何かあるとか?
「なんてこった……」
俺はウイスキー瓶を握り締めながら呆然とした。
あの子は他国の王族が残した娘なのか。
相手が平民なのだし、いわゆる落胤とでもいうのだろうか。
いや、あれって既婚男性の王侯貴族が遺した婚外子を言うのだったっけかな。
いわゆる父親から認知された庶子という奴の部類に入るのだろうか。
でも男性の方が平民で女性の方が王族という場合はどうなるんだ⁇
駆け落ち夫婦なんだから認知もへったくれもない、只の正式な子供なのだし。
わ、わからん。
「まあ、よく考えておけ。
これはケモミミハイム王国から我がアルバトロス王国への正式な申し入れだ。
絶対に御茶を濁すわけにはいかん。
一応、お前の味方はしてやるつもりだが、何分にも外交問題が絡んでいる。
どのような結果になろうとも、きっちりと白黒は付けてくれ。
頼んだぞ」
「わかった……」
力なく立ち上がった俺の肩をミハエルは掴んで軽く揺すった。
「そんな顔をするな。
あの子が必ず行ってしまうと限ったわけでもないだろう。
要は、お前がしっかりしていればいいんだ」
「ああ、園に帰ってシルや他のみんなとも相談してみる」
「そうしろ」
身内に関する理不尽に降りかかった災難のような出来事に、優しく手短な声掛けをしてから、なんとも言えない表情で見送ってくれるミハエルに、俺も手を上げて挨拶して御暇する事にした。
転移魔法すら項垂れて力ないように感じるぜ。
レミ!
ああっ。




