83-2 アニオン公爵の愁情
一通り、西の公爵邸に務める他の使用人の人達にも挨拶をしてから、俺は北のアニオン公爵の館へと向かった。
さて。
少し難しい話をしにきたので、この比較的親しい関係の公爵家において、俺もいつもほど気楽にという訳にはいかない。
門というか、門は顔パスで通過し公爵邸の方へ直接顔を出した。
「さて、アニオン公爵は御在宅かな~」
「いるよー」
玄関前でノックする前に独り言を言ってみたら、いきなり玄関の横手から声がかかった。
「うわ、ビックリした。
アニオン公爵、そんなところで一体何をやっているんですか」
予想外な感じで出てこられると思わずビクっとするな。
アニオン公爵は農民が着るツナギみたいな服を着込み、頭には麦藁帽子を被って、手には野菜を入れた籠を持っている。
全部うちの商品だったわ。
アニオン公爵は、結構あれこれと買ってくれる御得意様なのだ。
「いや、何。
ちょっと家庭菜園をね」
「そうですか」
いや家庭菜園って。
このでかい公爵邸で、当主自らそんな事をやっていたのか。
そういや武の奴も、国王のくせに王宮ゾーンで大根なんかを育てていた事があったような。
まあ日本でも金持ちの御隠居さんなんかが別荘暮らしで家庭菜園をやっていたりするよな。
「おや、もしかしたら例のお話なのかい。
彼は、とうとうやり遂げたのだしな」
「え、ええ。
まあ向こうも色々と大変でしょうし、早めに発表だけでもしておけば落ち着くかと思いましてね。
国民も安心出来るし、おかしな事を考える奴らの跳梁跋扈も防げるだろうと」
「そうか……。
まあ中に入りたまえ。
私も着替えてこよう」
アニオン公爵は少し寂しそうな顔をした。
ああ、無理もないな。
だが、これは今しなければならない話だから。
こういう話は早い方がいいと思い、俺も少々急ぐ感じに来てみたのだ。
俺は中に入ると、顔馴染みの使用人によって、こぢんまりとした応接間の方へ通された。
そこは公爵家にしてはあまりにも狭い部屋で、特別にプライベートな客しか通されない場所なのだ。
日本の首相官邸にも、そういう首相専用の特別な応接間があるよな。
しばらく待った後に彼は現れた。
愛娘を伴って。
少し時間がかかったのは、しばし親子で話をしていたのだろう。
ソファに座ってから、彼は徐に話を切り出した。
「それで、うちの娘でいいのかね?」
「はい。
後は唯一の王女であるハミル王女以外となると、権利を他国へ譲る形となります。
ただ、まだ幼いハミル王女では、いきなりあの再興国家の王妃を務めるのは少し厳しい。
あの子の性格的にもどうかなと。
大国アルバトロスの現王家に唯一残っている王女である彼女には、この先またよい縁談もあるでしょう。
今回は我がアルバトロス王国に優先権がありますので、ここは公女たるベルベットに薦めたい。
これは決して悪い御話ではありません」
少し茶を啜ってから、彼にしては言葉少なに切り出した。
「わかった」
俺も彼の気持ちを慮り、少し間をおいてから続ける。
その絶妙な呼吸のやりとりから、向こうもしっかりと言外に気持ちを受け取ってくれているのだろう。
「こういう事は、さっと決めてしまった方がよいでしょう。
今より全部白紙に戻して、最初の段階から相手を選定するというのなら、また話は別ですが」
「以前に君から打診を受けていたので、うちの娘も承知している。
よろしく頼むよ。
あのしっかりした若者であれば安心して娘を任せられるからね」
「彼は立派にやり遂げたわ。
私としても異存はありません」
本人であるベルベット嬢も快く快諾してくれた。
以前、彼女にアルスの花嫁にならないかという話をした時に、「彼が無事に国を取り戻したら、その時に考えます」と言われていたのだ。
その要求にアルスは見事に応えてみせた。
アニオン公爵令嬢ベルベット・フォン・ハリマオ・アニオンは、由緒正しき千年王国アル・グランド王国の新たな祖たる王妃となるべく、あの国へ嫁ぐのだ。
それは王妃という栄光の座でもあると共に、貧しく、これから復興を始めるあの国においては茨の道でもある。
若干十四歳になったばかりの彼女には、本来なら辛い人生でもあるやもしれぬが、家名にハリマオの武功称号を持つ少女の瞳は凛として揺ぎなかった。
「まだ成人前の可愛い娘を手元に置いておきたい。
父親としてそんな気持ちも大きいのだが、この先こんな立派な縁談を与えてやれるかどうかもわからない。
通常であれば、どこぞの有力な国の王女とかが納まるポジションなのだ。
ここは気持ちよくこの子を送り出してやるのが、父親としての私の務めであろう」
そう語りながらも寂しさを隠し切れない表情のハリマオ将軍を、俺はなんとも言えない顔をして見守った。
俺にも、いつかこんな顔をする日がやってくるのだろうか。
だが、しばしの沈黙のあと、彼は思いがけない事を言ってきた。
「それから、グランバースト公爵よ。
この件に関しては、もう一人紹介する人物がいる。
ベルベット、あの子を連れてきなさい」
「はい、御父さま」
「はあ?」
はて。
そんな話は特に聞いていないのだが。
まあ、傑物であるアニオン公爵がこんな風に言われるのだからなあ。
俺が首を捻って思案しているので、アニオン公爵は笑って言った。
「何、公もよく知っている人物だよ」
は?
俺はちょっと間抜けな顔をした。
俺が知っている人物で、この件に関係があるだと?
だが、そこに連れられてきた人物とは!
「アワアワアワ。
お、御久し振りです。
ウランバートル公爵、じゃなくて、えーとえーと」
おい、ジェニュイン。
なんだ、その地球風というか中央アジア風の名前は。
俺はモンゴル人じゃないんだぜ?
確かに日本人も、イエロースキンなモンゴロイドの一員ではあるのだがな。
そういや、こっちの文字に翻訳した地球儀をくれてやったので、二人で楽しそうに地球の地名当てゲームとかをしていたな。
そしてベルベット嬢は悪戯っぽい笑みを浮べながら、こう宣言した。
「園長先生。
この子も、私と一緒にアル・グランドへ御嫁に行くのよ!」
「はあっ!?」
唐突な事態の成り行きをよく理解出来ない俺の間抜け面に少し満足そうなアニオン公爵が説明してくれた。
「グランバースト公。
この子はな、実はアル・グランドの血筋で、しかも王位継承権を持つ人間なのだ。
昔は違ったのだが、多くの王族がゲルス元宰相に討ち取られてしまってね。
今ではアルス陛下に次ぐ、第二位の王位継承権を持つ人間なのだ。
我が家で保護したのは、殆ど偶然であったのだがな」
「うそっ」
だがアニオン公爵は素晴らしい笑顔で、その事実を揺ぎなく肯定した。
なんてこった。
うちの大神官見習いのフィアと並ぶような、この希代の粗忽者が?
こ、これはまた面倒な。
なんという事だ!
「うちの息子達が王国騎士団にいるのは知っているだろう。
長い間執拗に追われ、ゲルスの追撃を受けて、あの子をアルバトロス王国の国内でずっと保護していたアル・グランドの関係者がとうとう殺されてしまってね。
たまたま、それが表沙汰になってちょっとした事件になったので、王国騎士団が調査に赴いたのだ。
結局そのゲルスの刺客連中と、うちの息子を含む王国騎士団のメンバーが戦って、その子を保護したのだ。
事情を知って、国王陛下に相談の上、うちで預かる事にしたものなのだよ。
いずれゲルスとはやりあう形になるかと思っていたのだしね。
アルス王子が生きていると聞いた時には、この二人を結婚させて、アルバトロス王国内にて亡命政府を打ち立てるという考えもなくはなかったのだよ」
それはびっくり。
なんでそんな重要な話を肝心の俺が聞いていないのだろうな~。
だが、確かにあのゲルス委員長も他の王位継承者について言及していたっけ。
「では、それならその子だけアルグランドに送ればいいのでは?」
すると父娘二人が間髪入れず一斉に俺を見た。
『『何を無謀な』』
眼でそう言っていた。
当のジェニュインは、ただアワアワ言っているだけだった。
こ、これはアカン。
「す、すみません……愚問でしたね」




