82-33 大団円2
「あー、おほん」
やっぱり、少しは俺が御節介しないと駄目だったかね。
まあ特に世話なんか焼かなくてもいいようなものだと思うのだが。
「二人とも、ちょっと御客さんがいるんだけれど、いいかな」
「え? 今日は息子と名残りを惜しみたかったので、店を開けないつもりだったんですけど」
少し戸惑い気味のヘレンが言ったが、俺は笑って取り合わない。
「まあ、いいからいいから」
なおも首を捻るヘレンを俺は宥めた。
そして、ほどなくして俺にスマホで呼ばれた客がやってきた。
「今晩は~」
まず最初に入ってきたのは、うちの奥さんだ。
「あ、あら。
いらっしゃい、シル」
なぜかヘレンは怪訝そうな顔をする。
そりゃまあ、しょっちゅう店に遊びに来ていて愛称で呼び捨てにしているくらい親しい、只の常連客なんだからな。
特別な御客さんって言われても、さすがになんだろう。
まあ、そんな顔をしなさんなよ。
うちのカミさんだって立派な常連客の一人だろ?
「今日はね、たまには親孝行をと思ってさ」
シルも少し悪戯っぽい笑顔を浮べている。
うちの奥さんも年齢的に、こういう顔はまだよく似合う。
「は? はあ」
はははは、お次の選手の入場だな。
「やあ、ちょっと御邪魔させてもらうよ」
というわけで、いきなり国王陛下の御成りだ。
それを見て、少し顔の引き攣ってきたヘレン。
「あ、いやいや。
今日は御忍びだから、そう構えないでおくれ」
そう言って軽く手をヒラヒラさせる陛下は、俺がプレゼントしたポロシャツとスラックスの格好だ。
相変わらず威厳のある髭もじゃ姿だけどね。
「あら、素敵な店じゃないの。
今日でもう閉店だなんて残念だわ」
「閉店……」
またもやヘレンの顔が引き攣る。
相変わらずだな、この王妃様ってば。
いきなりストレートパンチじゃねえか。
もうちょいソフトにね、と言っておいたのに。
まあ今更この方にそのような事を言ってもしょうがないけどなあ。
それから、今度は俺の『弟』の出番だ。
「お、魔王。
今回もまた御疲れだったな。
いや、あの国が魔界の鎧を何度も送り付けてきていたから、うちも諸国からの風当たりが強くて閉口した。
まあ無事に終わってホッとした。
とにかく助かったよ」
「園長先生、御疲れ様。
あ、グスタフも御苦労様ね」
そして騎士の礼で、皇帝夫妻を迎えた帝国伯爵のグスタフ。
こいつは俺の相棒枠なので最初から居るのだ。
むろん、それは上司を呼んであるからなのだが。
御忍びとはいえ、他国の皇帝に一応護衛の一人くらいはいないとなあ。
ここに来るまでは『エルフの里』から店の前までゴーレムがついてきている。
なぜかアルバにいたはずのジェシカもベルンシュタイン帝国皇帝夫妻と一緒だ。
これはフランチェスカさんが気を利かせてアルバ大神殿に立ち寄ってくれたんだろう。
「あ、あの。
えーと?」
ヘレンが若干戸惑い気味だ。
「あ、息子さん、戴冠おめでとうございます」
王妃様もすかさず畳み掛けにいく。
「ほんにめでたい、めでたいのう。
あ、これは手土産じゃ」
そう言いながらアルスに大きな鯛を手渡す国王陛下。
本当に鯛ネタが好きだな。
でも俺は知っている、あれが武の持ちネタだっていう事を。
あいつは、そのためだけに異世界で大海原まで釣りに行っていたらしい。
マグロは海の上を走っていって手掴みにするくせにな。
まあ、鯛は表層・中層性魚類であるマグロと違って基本的に深い場所にいるからな。
だから天然物の鯛は日焼けをせず、あんなに綺麗な色をしているのだ。
昔はあんなに煌びやかな色合いの食材は珍しかっただろうから鯛は重用されたんだろうなあ。
「アル・グランドへ御引越しなんですってね。
向こうでも頑張ってください」
我らがシャルロット王妃の強引さにヘレンが戸惑っているようだ。
「え、ええっ?」
「だって、いきなり向こうへ一人で行ったら息子さんが大変でしょう?
あの荒れ果てた国で国王となるのだから」
「そうじゃとも。
地域の平和と安定のためにもな」
「え‼」
「「なあ、王母様よ!」」
なんて強引な人達なんだろう。
相変わらずだな。
まあ二人とも、あの武の子孫なんだから仕方が無いよな。
「という事に、『セブンフラッグの会議』で決まったそうだから。
あ、引越しは手伝うからさ」
「ちょっと園長先生」
ヘレンは呆れ返って、ジト目でこっちを見ている。
「ああ、こっちの店はマイケルさんが継いでくれるんだろう?
暖簾分け、暖簾分け」
ヘレンが厨房の入り口に眼をやると、新しく入った板前のマイケルさんが軽く会釈をしてくれる。
もう彼にも話は通してあるのだ。
「え、でも。
彼はまだ修行を始めて日が浅いし……」
「大丈夫だよ、こっちにはヘレンの師匠であるエバンス爺さんがいるんだから。
和食の大家たる山本さんもいるしさ。
手が足りなければ、ゴーレム・シェフもヘルプに入れるよ」
そもそも、この街って俺が領主なのだ。
この店だって、カウンターに『御領主様優先席』なる物まで契約金を払って用意してあるくらいなのだから。
無論、奥さんの分もな。
「そうだった……。
あの爺さん、今こっちにいるんだった」
千年も生きていると、割とその辺の記憶が曖昧になるらしい。
抱えている記憶の量が半端じゃないからな。
「でも私なんかがいたら、アルスの……」
「邪魔にはなりませんよ!」
颯爽と赤ん坊を抱いて現れたのは葵ちゃんだ。
「ヘレンさんがアルスちゃんを助けた物語は既に作成済みでしたので、アル・グランド王国全域へ配布済みです。
国民の皆さんは、アルス国王陛下の御母様であられるヘレンさんがいらっしゃるのを心待ちにして待ち望んでおられます。
この敏腕プロデューサー葵に抜かりはありませんよ~」
瑠衣も嬉しそうな母親を見上げながら笑っている。
傍らには、赤ん坊用品を入れたバッグを両腕に抱えた山本さんが笑顔で帯同している。
「そ、そう。
決まっちゃったのね……」
「はい、会議で。
セブンフラッグ関係国の満場一致で決定いたしました!」
少し嬉しそうなフランチェスカさんが宣言する。
恋物語ではないが、こういう情の深い物語もまた、この世界では好まれたりする。
思いっきり命の安い世界なんでなあ。
そういう御楽しみも必要なものらしい。
ハイドのメリーヌ王妃も大変乗り気だった。
今日は来られなくて残念だと言っていたが。
「すでに吟遊詩人の間にも歌詞と楽曲は配布済みだぜ」
「テレビ用のソフトも発売済みですよ~」
俺と葵ちゃんで更に畳み掛ける。
「わかった、わかったわよ。
もう降参。
まったく、人族は本当に強引な人が多いわねえ」
「何、お前とアルスの物語はエルフの里でも評判だぞ。
はい、これ御祝い」
そう言って花束を渡す、ヘレンの幼馴染であるハイエルフのジェイミー。
あんた、いつからいたんだよ。
き、気が付かなかった。
特に連絡はしていなかったのだが。
油断も隙もねえな、ハイエルフ。
そういや『エルフの里』からも客を呼んであったんだった。
たぶん、リヒターが気を利かせたんだろう。
あいつって、エルフの里や常駐しているうちのゴーレムとも懇意にしているからな。
相変わらず仕事の出来る奴め。
エルフ連中も以前のエルフに手厳しい皇帝時代の奴らとは異なる、新しい風という考えを露わにするリヒターのような人間と仲良くするのは吝かではないらしい。
「ああ、ありがとう。
うわあ、懐かしいわ。
これ、里の花畑で取れた奴ね」
「まあ今は帝国の宮殿に居坐っている居候の里だがな~。
さあ、今日は飲むぞー。
まだ日本の酒で飲んでいない奴がいっぱいあるんだ」
「おい、ジェイミー。
明日は酔い潰れても、ここには介抱してくれる人なんて誰もいないからな」
「うるさいな、魔王!
大丈夫だよ。
た、多分」
ジェイミーの御付きの精霊達が「あんた本当に大丈夫か?」みたいな感じに胡乱な目で見ているようだった。
今までに何度もやらかしているようだな。
そして、そんなやりとりの中、足元にはいつの間にやら一家でやってきている功労者がいた。
「ジョニー、お前も今回はよくやってくれたな。
本当にありがとう」
プリティドッグのジョニー一家のために、アル・グランド新国王は自ら作り上げた極上犬御飯を差し出しながら労った。
「なあに、いい暇潰しくらいにはなったぜ。
それにあんな奴らをのさばらせておいたなら、俺の家族だって危ないかもしれないんだからな」
そう言って自分の家族を暖かく見守る可愛いプリティドッグがいた。
それを見てフランチェスカさんが、だいぶうずうずしているようだった。
もちろんシャルロット犬王妃様はそれ以上だったけど。
後で王妃と皇后でワンコ達の争奪戦かな?
「さあ、せっかくいい鯛を頂いたんだ。
早く刺身にして、みんなで頂きましょうか」
鉢巻をした鯔背な板前姿の若き国王は、切れ味鋭いオリハルコン製包丁を片手に存分にその腕を奮っていた。
夜も深けつつあったが、この親子がエルフ新町に別れを告げる行事は賑やかに、また華やかに続いていくのだった。




