82-2 騎士の誓い
「デュークをここへ」
ギルマス・ベンソンは、秘書へ手短に言いつけてサブマスのデュークを呼んだ。
しばらくして、さっきのカウンターにいた男性がやってきた。
「お呼びですか、ギルマス」
そう尋ねた彼であったが、そこにいる人々の表情と場の空気から全てを悟ったようだった。
「ベンソン、ついに時が来たのですね」
「ああ、そいつが本当に在るとは思わなかった。
それは俺が生きる目的にするためだけの、そのためだけの方便のようなものだった。
だが、もしかしたらアルス殿下が生きているかもしれないという希望だけが、からくも俺をここまで生き延びさせた。
だから準備だけは、しっかりとしておいたのだ」
何かこう、うちの真理に通じるような雰囲気があるな。
長い長い時を、ただそれだけのために。
叶うかどうかもわからない大切な願い、誓いの為だけに生きる。
俺には絶対に出来ない生き方だ。
そうすると考えただけで心が折れちまうよ。
人の短い寿命でそうするという事の意味を想えば、まさに無情という他はない。
いや、短かいからこそ救いがあるというものか。
真理なんか、俺と出会わずに寿命が来たまま終わっていたら、想いが結ぶ事さえなく一人寂しくダンジョンの底で虚しく活動停止しちまっていた事だろう。
「言われた通りにギルドのための人材は手配出来ております。
どうか御武運を、騎士ベンソン」
「ありがとう。
いきなりで済まんな。
後の事はすべてお前に任せた」
慈しむような、愛おしいような、優しいような、色々な物を綯い交ぜた視線を自分の後任者に向け、そしてすぐにそれら全てを断ち切るように彼はこちらへ向き直った。
「グランバースト公爵、これから宜しく御願い申し上げます」
「ああ。
アルス、彼の身分は?」
「新生アル・グランド王国騎士団長という事で。
そして当座はジェネラルを兼任してもらう」
それを聞き、ベンソンはアルスの前に跪く。
「今は約束だけで何もしてあげられないけど、引き受けてくれるかい?
只の貧乏クジかもしれないよ」
だがベンソンは瞳に力を漲らせ、須臾の間に応えを返した。
「真にありがたき御言葉。
貧乏クジだろうが極貧クジだろうが、我が魂の祖国アル・グランドの為とあらば、何でも来いですわ。
わっはっは」
そして主従は朗らかに笑いあった後、徐にベンソンは自分の剣を抜き跪くと、刃を自らに向けて捧げ持った。
主君に対して騎士の誓いを立てる際の作法だ。
それはこの世界でもこんな感じの物であるらしい。
「栄えあるアル・グランド王国騎士たる我が命、我が剣を、主君と国家に捧げん。
この命は貴方様、アルス殿下に捧げたるもの。
永遠の誓いを持ってアル・グランドの騎士として勤めを果たさん事を、今この場で宣誓いたします」
その誓いは碌に立会人もおらず、簡素なやりとりで、それに相応しい場所でもなかっただろう。
だが場所など関係ない。
それは俺が今までこの世界で見た中で、一番厳かな儀式だった。
「アルバトロス王国、白虎将軍アルフォンス・フォン・グランバースト公爵は、その誓いが正当な物である事を確かに見届けた」
カメラポッドを出して映像資料に残しながら、俺もそのように正式に身分を添えて宣誓した。
しばし、その格好のままでいたベンソンは、ゆっくりと立ち上がると剣を収め、まだ黒々とした口髭を弄りながら訊いてくる。
「さて、これから如何なされますかな、魔王公爵殿」
「とりあえず、どっかでぶらぶらしてサボっている平の騎士団員を捕縛しに行こうぜ。
あいつも本当に間の悪いやっちゃな」
マリノ王国王都冒険者ギルドのギルマス執務室に軽い笑いが捲き起こった。
それから、次の儀式が始まった。
「では後は任せたぞ、デューク」
「いってらっしゃい、ギルマス」
「もうギルマスはお前だ」
「それでも私にとってギルマスというものは、永遠に貴方様だけがそうなのですよ」
「ありがとう。
では行ってくる」
ベンソンは長年苦楽を共にした仲間に短く別れを告げ、その場で俺達はゲートの魔法でロス大陸へと向かった。
初の転移系空間魔法体験にも、強者たるベンソンは揺ぎ無い。
いったんアドロスの郊外に出て、それから皆と協議をした。
「いい冒険者ギルドだな」
「ああ、最高の仲間でしたよ。
御蔭で、何の憂いもなく旅立てます」
その満足そうな横顔を、アルスはしばし黙って真摯に見つめていた。
自分のために差し出させてしまった彼の人生の、その全てを。
それから彼は、いつものように心をスパっと切り替えて事態の進展を図った。
「さて園長先生、じゃないや、グランバースト公爵閣下」
「はは、気にするなよ。
今更あんまり他人行儀にされても困るわ。
ちったあ肩の力を抜けよ。
とりあえず、うちへ行こうぜ。
しばらく、あそこを仮の本陣にしよう」
だが、アルスは少し気兼ねしたような感じで言ってきた。
「でも園長先生。
僕らのせいで、ケモミミ園が攻撃目標になったら」
「お前、一体何を言っているんだ。
俺がいるんだから、どっち道あそこが敵の最大攻撃目標なのは、帝国とやりあっていた昔から何も変わらん。
織原が来た時の事を忘れたのか?」
「あはは。
そうかもしれないね。
帝国の時もそうなんだった。
だから僕がケモミミ園にいたんだものね。
じゃあ、遠慮なく御邪魔するよ」
「ああ、そうしろ」
昔は、こいつに園の警護を頼った事もあったのだった。
あれからケモミミ園や離宮のセキュリティも大幅に向上させてある。
俺は苦労して、ついに例の感知無効のスキルを見破る魔道具まで完成させたのだ。
もっとも、あれは門外不出の品なのだがね。
だって、そんな物を世に出してしまったら、この俺が感知されてしまうじゃないか!
「ブルードラゴンの日常」 脳みそ軽めで連載しております。
当社比でマイナス50%くらいでしょうか。
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