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82-1 アルスの決意

 アルスから「折り入って話がある」と言われて、俺はエルフ新町へと向かった。

 なんだろうなと思い、転移魔法でいつもの場所まで跳んだ。


 目の前にあるヘレンの店の暖簾を潜ると、いつになく真剣な面持ちで出迎えるアルスがいた。

 板前の格好ではない、正装に近い感じの冒険者装束だ。

 いわば王族の前に出向くような時に着るようなものだな。


 これは……。


「アルス、話というのは何だい?」


 俺は務めて穏やかな声で話しかけた。

 店に板前の姿はなく、ヘレンが黙って煮物をことこと煮る音だけが響いていた。

 彼は少し躊躇っていたが、やがて徐に語りだした。


「この前のダンジョンに行った時の事、覚えている?

 心を抉るような映像を見せられた時の事をさ」


 覚えているも何も、俺にとっては殆どトラウマ物だったわ。

 あ。

 アルス、まさか。


「あの時、僕も昔の夢を見ていた。

 いや、あれは現実そのものだった。

 僕の記憶の無いところまで、しっかりと見せてくれたよ。

 父の、母の名を叫びながら、ただ一人爺やに連れられて王宮を離れていった、あの日の事を」


 はあ。

 まったくアドミンの奴め。

 まあ、タイミングはバッチリだしなあ。

 すべては神の知ろしめすままに、ってか?


 まさか、『これ』もダンジョン攻略のための課外授業(心根試験)だというんじゃあるまいな。

 まあそうだとしても、俺がやる事は何も変わらないがね。


「それでアルス殿下としては、どうする心づもりなんだい?」

「国を取り戻す」


 静かで簡潔な答えが間髪入れずに帰ってきた。


「そうか」


 俺もシンプルな答えを放ち、静かに応えを待った。

 ヘレンが煮物を煮る音だけをBGMに、しばしの沈黙の後に彼は言った。


「園長先生、いやグランバースト公爵閣下。

 御願いだ、僕に力を貸してくれないか」


 それに対する俺の応えも間髪入れぬものであった。


「ああ、いいよ。

 お前がそう言いだすのを俺はずっと待っていたんだから」


 アルスは、その言葉を噛み締めるようにして少し俯いていた。

 またしても静かな時が流れ、その中をヘレンが短めな包丁の音を淡々と響かせた。


「ありがとう」


 それからゆっくりと面を上げた彼は、いつもの陽気な青年ではなく、決意を秘めた人間の眸子(ぼうし)を俺に向けた。


「また急に決断したんだな」


「前からずっと思っていたんだけどね。

 園長先生がメルス大陸から帰ってきた頃から心を決めていた。

 でも今の僕には、それだけの力が無いから」


「あの二人は誘うのか?」


 そう、かつてアル・グランドの騎士、そして国民だった者達を。


「彼らは……ついてきてくれるだろうか。

 この何も持っていない亡国の王子に」


「だったら、直接本人達に訊いてみちゃあどうだい?」


「そうだね。

 そうするよ」


「ヘレンは……」


「いいのよ、園長先生。

 この子が決めた事なのだから。

 それより、この子の事を御願いします」


 ヘレンは厨房から出てきて、割烹着のまま深く深く御辞儀をした。

 エルフ達は、そのファンタジーなほど美しい姿とは裏腹に、こういう日本人的な所作がよく似合う。


「じゃあ、アルス。

 今から彼らのところへ行ってみよう」



 俺達はメルス大陸、マリノ王国の冒険者ギルドへと転移魔法で向かった。

 しばらく来ていなかったが、それなりに活気はあるようだ。

 この国にはアルフォンス商会の商品も大量に卸してある。


 十三か国連合のうち、最初に裏でこちら側についた二か国には、うちからも色々と優遇措置が取られているのだ。

 それは当然の恩恵である。


 ふふ、そういう腹黒い連中は好きだぜ。

 こっちも似たようなもんだからな。

 綺麗事で世の中を渡っていこうなんていう甘ちゃんの考えは俺にも奴らにも全く縁がない。


 俺は辺りを見回したが、肝心の捜していた人物は見当たらなかった。

 もしかすると仕事で出かけているかな。

 いつ来ても、のんびりと酒を飲んでいるような印象しかなかったのだが。

 まあ腐ってもAランク冒険者なのだから、仕事なら引く手数多だろう。


 Aランク冒険者は、この大陸においては数が少ないため、ロス大陸におけるSランク並みの優遇を受けられるはずだ。

 あの男ならば、それくらいの実力はあるのではないか。


 俺達はカウンターに出向くと、年季の入った酒場の親父みたいな雰囲気を出している渋い中年のギルド職員に申し出た。


「ギルマスのベンソンはいるかい?」


「ああ、執務室にいますよ。

 何か御用ですか?」


「ああ、大変重要な用件で来た。

 俺は……」


「アルバトロス王国の魔王公爵様ですね。

 その首に下げたSSSランクのランクプレートの意味を知らぬ冒険者ギルドの職員など只の一人もおりませぬよ。

 御取次ぎいたします。

 おいマーサ、カウンターを替わってくれ。

 さ、こちらへどうぞ」


 ああ、今日はわざわざプレートをぶらさげてきたんだった。

 元は、只のSランク以上を表す既製規格品のプレートだったのだが、ゴドワルフ製品(ブラウンゴブリン・ドワーフ・エルフ共同制作)として特注した俺の専用品なのだ。


 普段はこいつを首に下げていると子供に取られるので付けていないんだ。

 それから俺達は言われるままに彼の後をついていった。


「そういえば、ジョニーの奴はどうしたい?

 奴にも用があったんだが」


「ああ、彼ならロス大陸へ行きましたよ。

 今頃は海の上なんじゃないでしょうかね」


「なんだと!?」


「あの我が国がゲルスと連合した一件以来、彼も少し思い悩んでいたようでしてね。

 ギルマスとも話して、向こうの様子を見にいったようです。

 彼の出身は御存知ですよね」


 だから、ここに御出でになったのでしょう? と言わんばかりだ。

 見た目は地味な感じでも、中々仕事が出来るタイプの人だな。

 こういうタイプの人間は日本でもよく見た。


 先に立って案内してくれた彼は、ギルマス執務室の前でノックをした。


「ギルマス、アルバトロス王国のグランバースト公爵が御見えです」

「そうか、入ってもらえ」


 俺は案内してくれた彼に会釈して、アルスと共に扉をくぐった。


「おや、今日はどうなさいましたかな、魔王様」

「こちらにいるアルスが、あなたに話があると」


 俺は、脇にいるアルスを親指で指し示すと、そのまま後ろに下がった。


「アルス?」


 その記憶の彼方にある名前に対して、彼の反応はごく鈍いものだった。

 それほどアルスという名は、この世界でとてもありふれた名前であったのだ。


 そしてアルスは一歩進み出て、こう言った。


「僕はアルス。

 アルス・グラヴィス・プリマス・アル・グランデ。

 かつてのアル・グランド王国の王子です。

 あなたに御願いがあって、ロス大陸からやってきました」


 元アル・グランド王国の騎士は立ち上がり、呆然と口を開けて目の前にいるかつての主君の忘れ形見を、ただただ見つめた。


「アル……ス殿下?」

「はい」


 よろよろとした足取りでアルスの足元に辿り着いた男は、その野趣溢れる容貌に似合わない涙を両目に溢れさせた。


「おお、おお。

 し、信じられぬ。

 だが、だが。

 その面差しは、在りし日の国王陛下にそっくりだ。

 おお、生きていてくださったのか。

 そうか。

 殿下、殿下」


 ギルマス・ベンソンは涙ながらに足元に縋り、ブーツの先に口付けをせんばかりだった。


「僕は名ばかりの王子、只の亡国の王子だ。

 だが今もあの国の国民は苦しんでいる。

 そう、僕は自分の兵もない、何の力もない一介の冒険者に過ぎない。

 でも、どうか一緒に来てくれないだろうか、騎士ベンソン」


「おお、おお。

 殿下。

 では、ではゲルスと?

 ついに御立ちになられるのだと?」


 アルスは頷くと膝を付き、ベンソンの手を取った。


「もう決めたんだ。

 そして僕には一緒に戦ってくれるアル・グランドの仲間が必要なんだ」


「喜んで。

 命をかけて御仕えいたします。

 あの日、私は生き恥を晒してしまった。

 あなたの元へと馳せ参じる事もままならずに。

 生き残る事だけで精一杯だった。


 自分の騎士としての誇りは死んだと思っておりました。

 もう二度と騎士と呼ばれる事はないのだと。

 自分は死んだ人間だ、そう思って今日まで」


 その厳つい髭の男は、溢れる涙を留める事が出来ずに、ただ嗚咽を繰り返した。

 俺はそれを見ながら、ついに始まるのだなと気が引き締まる思いで彼らを見守っていた。


「ブルードラゴンの日常」 本日第3話公開 のんびりやらせていただいております。

https://ncode.syosetu.com/n9104ei/


 おっさんリメイク2巻 あと4日ほどで店頭に並ぶ頃でしょうか。


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