80-3 スーパーベビー再び
超マッハで一直線に迷いなく飛び立った彼らの行き先は、オルストン領にある「御花畑」であった。
そこはレオンの御気に入りの場所で、彼はここでルイと一緒に遊びたかったのだ。
ここは彼の両親も好きな場所で、レオンもよく連れてきてもらっていたはずだ。
他の赤ちゃんは普通過ぎて、異常な赤ん坊であるレオンとは満足に遊べない。
レオンと同年代の子は、今頃ようやく歩き出すあたりなのだ。
だから、ここでルイと一緒に遊びたかったのだろう。
何しろ相手は普通ではない、レオン曰く「この子凄いね」な子なのだから。
きっとタンゴ大会の頃(当時瑠衣は胎児)からずっと、幼馴染にしようと思って目を付けていたのに違いない。
俺とアントニオは仕方がないので、そのまま見守っていたが、レオンがある事を始めだしたので俺はちょっと慌てた。
「はい、あーん」
「レオン、ちょっと待った~」
「あれえ、アルおじちゃん。
いたんだ。
なあに?」
「蜜には毒が入っている可能性があるから、赤ちゃんに飲ませちゃ駄目だ」
「何っ、それは本当か、アル!」
何故かアントニオは顔色を変えた。
「なんていうかな。
蜂蜜が駄目だと言われる。
中にボツリヌス菌という奴が入っている場合があるからな。
赤ん坊は内臓が未発達で、こいつにやられて死んでしまう事がある。
だから俺達稀人の国では、赤ん坊のうちは蜂蜜を与えてはいけない事になっている。
国の基準では一年、蜂蜜業者の協会の基準では万全を期して一年半だ」
それを聞いて、アントニオの顔がみるみる青ざめる。
あれ?
もしかしてレオンに蜜を与えたのはこいつか。
「なんていうんだ。
ボツリヌス菌は土壌中にいる細菌、ああ、小さな魔物のような物だ。
それは強烈な症状を引き起こす毒素を出すような、目に見えないサイズの微小な魔物の仲間だと思ってくれ。
そいつはどこからでも入るが、一般的な被害は蜂蜜から入るのが普通だな。
こいつは堅い殻に護られていて、火を通しても簡単に死なない。
蜂がどこかの土の上なんかから足にでもつけてくるんじゃないか?
専門家じゃないから詳しい事は俺も知らない。
だが、この世界にもそいつがいる事は俺も確認済みだ。
なんたって俺は幼稚園の園長先生なんだからな。
そういう事は厳しくチェックを入れているよ」
「な、なんて事だ」
アントニオは崩れ落ちんばかりによろめいている。
この超絶色男がそんな格好をしていると、まるでコントにしか見えんな。
本人は、それはもう真剣なんだが。
「落ち着け。
レオンは、もう離乳食も卒業しているじゃないか。
そんな奴の胃腸がボツリヌス菌なんかに負けるか。
むしろ不節制で、食い物の消費期限を守らなかったり、保存方法を間違えていたりするような大人が危ないのだ。
つまり、それは昔の俺みたいな奴の事だな」
俺って地球にいた頃はそんな感じだったな~。
「そ、そうか。
安心したぞ、アル」
冷汗を拭いながら瞬時に立ち直る親馬鹿がいた。
子供に美味しい物を食べさせたかったんだろうな。
「とにかくレオン。
お前は鼻の蜜を食べてもいいが、その子には蜜をやらないようにな」
「はーい」
何しろ、今の姿の時はいいけれど、元の赤ん坊形体に戻った時にどうなるかよくわからないのだ。
こんな赤ん坊は世界に二人といないはずなので、そいつは俺にもよくわからない。
念のため、葵ちゃんと山本さんにはエリクサーでも渡しておくか。
「お次は~」
いけねえ。
油断していたら、いきなり二人は飛び立った。
「おーい、待て、待てー。
待てというのに~」
幼稚園の園長先生たる俺は子供が一直線だというのは身をもって知っているが、こいつの場合は行動力が半端ではない。
アントニオも子供の頃は、これくらいヤンチャだったのかなあ。
男の子って、そういうところは親父に似そう。
長兄のアンディさんもそれで苦労した口かな。
なんかアントニオの事を自分の子供みたいに物凄く可愛がっていたみたいだし。
その後も俺達は付き添ったが、レオンが向かった先は、なんと「ガラスの園」だった。
そしてレオンが魔道鎧をグイっと強化して「遊び」出した。
だがルイは、それを見て一瞬にして「魔道鎧」を見取ってしまった。
俺は、自分の時を思い出して超慌てたが、すぐに思い直した。
これは俺と同じ能力だった。
多分、問題はなかろう。
しかも今は人間形態ではないのだ。
この子は俺と同じで見取りのスキル持ちなのだろう。
この見取りという能力はセブンスセンスたるイコマ由来の物だ。
俺のアイテムボックスによる最新製造スキルも同じ由来なのだ。
やはり、この子は!
「ルイ、ちょっとお話しようか」
俺は静かに語りかけた。
『この子』は赤ん坊ではない。
「なあに?」
「とりあえず、今の状態の君をなんと呼べばいい?」
「そうね、【あの子】の事を漢字の瑠衣、私の事をカタカナのルイではどう?」
「音が一緒だな。
君の事はルイーダと呼んでもいいかな?
略せばルイだ」
「それでいいわ、園長先生。
あなたにも『いる』のよね」
「ああ」
こうして、俺は「彼女」と会話できた。
沢山与えられた加護を通して精霊達とシンクロして存在する、もう一人の瑠衣。
そう、それが白い少女ルイ、ルイーダの正体だった。
イコマのようなインナーアイというか、むしろアウターアイとでも呼ぶべき存在なのだが。
「あなたも瑠衣と同じねー。
いや、あなたの方の格が上なのかな。
でも、あなたが持っているのは後天的な力なのね。
運命が導いたというか。
でも、“彼”も生まれた時からいてくれたのでしょう?
あーあ、彼と直接お話出来なくて残念だわ」
「ははは。
あんまり喋られても困るものさ。
何しろ、あいつは煩くて敵わん。
俺が“彼”と知り合って間もなくの頃は結構煩かったものだ」
それは頭の中に、あの初代国王がいるようなもんだからな。
それだけは勘弁だ。
イコマの奴なんか、風呂に入っている時にいきなり頭の中で、前触れもなくバシンっと脳天にスパークをかましてくれたりしたもんだ。
「わかったー、昼間よくわからなかった件はこういう話だった~」だと。
その時は脳天に電撃を食ったかのような強烈な一撃を食らって風呂の中に沈んだよ。
しかも、それがまた大した用件でもないときたもんだ。
本人の拘りとか、そういう物を基準にしているだけで。
インアーアイなんていう奴らは禄な連中ではないのだ。
車の運転中でなかっただけマシってもんだ。
知り合いで運転中に脳内出血とか起こした人とかもいたし。
当然のように意識がぶっとんでクラッシュしたけれど、幸いにして奇跡的な事に車が廃車になっただけで、他人を巻き添えにするような重大事故もなく本人も命に別状はなかったという。
むしろ車の運転中に何かあった場合は逆に助けてくれそうだ。
「君はどうするんだ?」
もちろん、それはルイーダに尋ねている。
彼女はアウターアイ、「外にいる私」とでもいうべきものなのか。
こういうものもセブンスセンスと呼んで差し支えないものなのか、少し首を捻りながら。
いや、やっぱりあれは違う。
能力というか存在そのものは似ていても、その由来がまったく違うものなのだ。
「私?
本来は守護霊的な存在なのよねー。
あなたの時もそうだったのでしょう?」
俺は軽く頷いた。
「とりあえず大人しくしているわよ。
魔道鎧なんかの特殊な能力も私が管理しているのだし。
精霊の加護も使えるから安心な一生が送れそうね。
でも当面レオンと遊ぶ時は私が相手をするわ。
瑠衣は普通に育てた方がいいと、あなたも思うのでしょう?」
白い少女は、花畑に座ったまま両手を前に遊ばせながら、クスクスと笑うような感じで答えてくれた。
「ああ、その通りだ。
あの子の両親もそれを願うだろう。
もし日本へ行けたらの話なのだが、日本で問題なく暮せるくらいには普通に育てたい。
どちらの世界で生きていくのかは、その時に瑠衣が自分で選べばいいさ」
「そうね。
あなたなら、きっとそう言うと思ったわ」
白い少女はそう言うと、少しはにかんだ。
「ねえ、ねえ。
お話は、もう終わり?」
期待に満ちた、艶々の顔でこちらを見上げている元祖スーパーベビーが待ちきれない御様子だった。
「ああ、もう遊んでいいぞ。
ただし、このガラスの園からは出るなよ。
それと、これからルイーダと一緒に遊びに行く時は、きちんと彼女の両親から許可をもらう事。
わかったね」
「はーい」
この子も返事はいいんだけどな。
その中身は、うちの子達とどっこいだぜ。
「じゃあ、レオン。
今度は何して遊ぼうか」
ルイーダは、親戚の幼児の相手をする高校生の御姉さんの如くにしゃがみこんで、にこにことレオンに話しかけた。
レオンはキラキラと瞳に星を浮かべると、力いっぱいに叫んだ。
「じゃあね、じゃあね!
あの雲まで競争だよ!」
「よーし、負けないぞ~」
一瞬にして大空に飛び立った二人を見送って、アントニオがいつものボケをかます。
「アル!
やっぱり、うちの子は天才だ!」
やれやれ。
こいつも相変わらず平常運転だなあ。
それから俺は、事の顛末を瑠衣の両親に知らせるべく懐からスマホを取り出すのだった。
「むしろ車の運転中に何かあった場合は逆に助けてくれそうだ」
執筆当時こんな事を書いていましたが、割と最近(2023年くらい? コロナが沈静化してきて普通に御出掛けが出来るようになってきた頃)イコマの奴が本当に助けてくれた事がありましたね。
本当に危機一髪の状況で、あれは中の人がいない普通の人には絶対に回避出来ないような凄まじい体験でした。
ちょっと運転で無理をしていて、それが原因で恐ろしい状況に陥っていたのです。
あの時は本当にヤバい状況だったので、後で血の気が引きました。
通常なら間違いなく完全にクラッシュして大事故になっていたはずです。
自分もあの時死んでいたかも。
ありがたや、セブンスセンス。
それ以来運転は絶対に無理をしないよう気を付けるようにしています。
もうそれなりに歳ですからね。




