80-2 大脱走
その子の引き起こす現象は、それだけに留まらなかった。
それは、ある事がきっかけになった。
あの子がやってきてしまったのだ。
そう、それはもちろんレオンの事である。
「アル、ちょっとそちらへ行きたいのだが」
「おや、珍しいな。
お前が前触れなしだなんて」
「いや、そう大した用件じゃないんだ」
確かに最近アントニオがやってくるのは、そう大した用件の時ではない。
大体が親馬鹿自慢に来るか、レオンの作るオルストンエッグの納品に父兄同伴で付き合うかのどっちかだろう。
俺と一緒にAランク試験をやっていた、あいつが尖がっていたあの頃に比べたら、また随分と平和な事だ。
あの頃はこいつも一介の冒険者の立場だったくせに国家を代表して帝国の手先と殺し合いをしていたくらいだしなあ。
まあ付き添いであった筈の俺の方が大勢敵を殺していたのは御愛嬌だ。
「よお。レオンも一緒か」
「いや、レオンが来たがったんだよ」
え、それは何か嫌な予感がするんだけど。
「この子は、ちょっと凄すぎて同年代の子とは一緒に遊べないからな」
「そ、それは確かにそうだよな」
こんなとんでもない赤ん坊と自分の赤ん坊を同列に並べられたら、相手の親の方が困ってしまうだろう。
しかも、そういう相手って大概は家臣とか領民の子供だろうしなあ。
何しろ魔道鎧を展開して自由に立ち回り、超音速のスーパースピードで飛び回り、数々の騒動を巻き起こすのだから。
ちなみにレオンは帰りが遅くなりそうなら、必ずスマホで連絡を寄越す。
「パパー、ちょっと遅くなるから~」
そういう事を言う時は、奴め、大概は碌な事をしていない。
野生のドラゴンの観察日記をつけていたり、いろいろと魔物採集を試みていたり。
アントニオの家には、レオンが集めてきた希少魔物とかがゴロゴロしている。
同年代の一緒に遊べそうな友達がいないので、その代わりという事らしい。
みんな大人しくて、よく人慣れした奴ばっかりだ。
わざわざ、あのミハエルが足を運んでそいつらの調査に赴いたくらいだから。
あいつもレオンには不安を感じているらしい。
「おい、アル。
あの赤ん坊、本当に大丈夫なのか?」
「心配ないんじゃないか?
まだチビの赤ん坊だから、おイタは激しいかもしれんが」
「不安だ。
まるで、お前がもう一人いるみたいじゃないか」
失礼な!
俺が赤ん坊並みだとでも言いたいのか?
そして、今また一人ミハエルの頭痛のネタが誕生したようだ。
安心しろ、ミハエル。
そのうちに、そんな赤ん坊をうんとこさ増やしてやるぜ。
しかも最強の魔王ジュニアをな。
何しろ、それこそがお前らアルバトロス王家の望みなんだから!
「うわあ、赤ちゃん可愛いなあ。
抱っこしてもいい?」
「いいわよお~」
葵ちゃんは可愛らしいレオンを見て、ニコニコしながら瑠衣を手渡した。
「よーし、そーれー」
次の瞬間に瑠衣は例のスーパーベビー化を果たした。
全員ポカンとした顔をしてそれを見ていたが、俺は我に返ってレオンに尋ねた。
「おい、レオン。今何をしたんだい?」
「んーとね、このままだと一緒に遊べないから【出てきて】もらったの」
うわあ、早速やらかしましたか。
一体何をやったんだ。
俺にだってそんな真似は出来ないのだが。
「あ、あのな、レオン。
そいつは本来なら【中の人】なのであって、お外に出してはいけない者なのだよ」
だがレオンにとって、そんな大人の意見は右の耳から入ってそのまま左に突き抜けていったものらしい。
「遊ぼう、ルイちゃん」
「ふぎゃあー」
あ、無理矢理に引っ張り出したせいか、赤ん坊の意識のままだな。
「よっこらしょ」
そしてルイが、およそ赤ん坊らしくない声を上げた。
なんだか、うちの副園長先生のようにババくさいぞ。
まだフレッシュな生まれたての赤ん坊であるはずなのに。
「ふわあ。
だあれ、私を起こすのは。
私は本来なら外に出てはいけない存在なのよ?」
「はーい、それは僕でーす」
レオンが元気に手を上げた。
ああ、中の人はよくわかっているんだなあ。
何しろ、こいつはおそらく……。
「ねえ、この子って凄いんだよ!」
レオンは何故か自慢げに叫ぶ。
ああ、知っている。
それは正しくは赤ん坊ではないからな。
俺にもそういう奴がいたよ、赤ん坊の頃からね。
かつてイコマは俺にこう言った。
「お前が生まれた時からいる」と。
あの頃から奴、いや「あいつ」は全知の存在だったろう。
「なあレオン。その子はね」
だが、新しい御友達と遊びたくてしょうがないレオンは人の話なんか聞いちゃいなかった。
「行こう!」
レオンは突然ルイの手を取ると、魔導鎧を展開して飛行体勢で飛び上がった。
そんな事には普通の人間ならば絶対に耐えられない。
だが『ルイ』はまったく平気だったようだ。
レオンもそれはよくわかっている上での狼藉なのだ。
なんて賢い子なのだろう。
そして開けられていた窓から二人は飛び出していった。
「あ、こら待て!」
だが精霊の加護により霊的展開を済ませている「御姉さんルイ」は、レオンと一緒に蒼穹へ飛び立った。
俺とアントニオは慌てて二人を追いかけた。
「山本さん、葵ちゃん。
心配ないから。
二人はすぐに連れ戻す!」
ルイの両親には心配しないよう言い置いた。
取り残された二人は、いきなり脱走した我が子(生まれたての赤ん坊)を呆然と見送る事しかできなかった。




