76-1 荒地のダンジョン
何か要らないモノが攻めてきていたので、ダンジョンの話をするのを忘れてしまった。
俺は熱を出していたおチビ猫を真理に任せて、早速ダンジョンの下見に行ったのだ。
あの子達に日本のデパ地下スイーツを御土産に買って帰れる日は何時になるだろう。
何時の日か、食通のエバンス爺さんをデパート催事場の北海道物産展とかに放り込んでみたらどうなるのか!
近隣に行った事のある場所が無かったので、小型飛行機で出かけていった。
いや自分で飛んでいけば済むのだが、まあ趣味という事で。
他の連中も一緒だしな。
帝国は概ねベルン辺りにしか行かないので、転移出来るポイントが殆どない。
そこは只の草原地帯というか、只の草ぼうぼうの荒地だった。
そして強引に魔力で荒れ地を均して着陸した。
なんというか、グライダーなんかが離着陸するための草地の小型飛行場みたいなもんだ。
映画の中でしか見た事のない昔の正規の飛行場なんかも、きっとこんなものだったのだろう。
俺が日本に住んでいた街なんかだと、今でも皆で河川敷の草を刈って整地して、頑張ってグライダー用の飛行場を整備して趣味のグライダー・フライトに勤しんでいた。
それもみんな、爺ちゃん達の冒険心を満足させてくれる老後の御楽しみなのだ。
やっぱ、ああいう事をしていると「生きている」っていう感じがするよな。
そこはなんというか、最初にダンジョンを発見した冒険者がこんなところへ一体何をしにきたのかと思うような寂しい場所だった。
それくらい不毛な感じの場所なのであった。
何か特別な採集品でも探しに来たのだろうか。
まあ、見つけてくれてありがとうくらいは言っておくとするか。
ここのダンジョンは、人間一人がやっと入れるかというような狭い入り口だ。
中が四畳半くらいのスペースしかなくても驚きはしない。
ベル君が見つけてきてくれたダンジョンは非常に小さかった。
まだ管理する人間もいないようだ。
大した魔物も出てこないらしいので、利益の出なさそうなダンジョンには金が全くかけられていない。
みすぼらしいロープが一本、ポツンと張られているだけで番人一人いやしねえ。
帝国の地方下っ端役人が渋々やってきて、一応はロープを張っておきましたみたいな感じだろうか。
だが、中に入ったら入り口のホールが意外と大きくてビックリした。
高さが十メートル以上はあるか。
幅もそれ以上にある。
最大で二十メートルはあるな。
四畳半どころか、最高級スイートルーム並みのスペースが広がっていた。
「これは元のダンジョンの経験値が高いために起きる現象ですね。
新しく作ったので見掛けは小さいですが、中身は以前のレベルを保っているんです。
だから発見されれば、すぐ転生ダンジョンだと判別がつくんですよ」
「大した魔物が出ないんじゃなかったのか」
「珍しいケースなので、地方役人の担当がよくわかっていないのではないですかね。
滅多にあるものではないですから。
ダンジョンコアが危機を感じるレベルの事が起きないと、普通は御引越しなんてしませんので」
だよなあ。
いわば、自ら“赤ちゃん転生”するようなものだからな。
以前に報告されたダンジョンもそうだという。
「気になるようでしたら、帝国の皇帝陛下に頼んで番人を置いてもらってはどうでしょう?」
「じゃあ、後で頼んでおくかな」
余計な騒動は御免だ。
ここには、また来ないといけないだろうしな。
今回転移ポイントを作ったので、番人をやる人間は皇宮に常駐しているゴーレムが送迎可能だ。
一応何かあるといけないのでゴーレムも駐留させておくか。
中へ入ってみると、そこは表でも裏でもない不思議なゾーンだった。
まだフォーマットされていないとでもいうのだろうか。
アドミンの管理区画であるにもかかわらず、まだアドミンの手が入っていない区域とでもいうか。
誰も管理していないというか手を入れていないというか。
ただの野良ダンジョンだ。
以前はちゃんと飼われていたのだが、管理人が怠慢なので逃げ出して野良のままになっているという感じだろうか。
ダンジョンの転生にはかなり時間がかかるため、そういう現象が起こるらしい。
そこは表から裏への移動がなく、入ればそのまま裏の性質を持っているダンジョンだった。
魔法が使えないので、すぐそうだとわかった。
色々な性質は裏ダンジョンそのままだった。
「こういう現象は珍しいですね。
というか、今までに聞いた事がないです。
元々、あの管理者に管理されていた裏ダンジョンの性質を持つダンジョンだったからでしょうか?」
またしても専門家が首を捻っている。
きっと、ちゃんと再生してくれるのを待っていたのだが、アドミンが全然仕事をしないのでダンジョンが家出したな。
千年前に、もう崩れていたのだから。
あの野郎め、仕事はちゃんとしておけよ。
御蔭で俺が要らん苦労をしたじゃないか。
これが無事に次のダンジョンへ繋がってくれているといいんだが。
ダンジョンレーダーは機能している。
次のダンジョンを指し示しているのだ。
ただし、ちゃんと入り口が存在するとは限らない。
しかし俺は織原に期待している。
何故なら、元々このダンジョンは次のダンジョンへと通じていたはずだ。
それがダンジョンの崩落と引越し転生により「通路がロックされている」だけならば、織原の能力で解除すれば通路が出現するはずなのだ。
いわばスキップゾーンで、そこからならいつでも裏ダンジョンへと通じる入り口となりうる。
場合によっては、そのようなボーナスダンジョンになり得るかもしれない。
織原が上手い具合に繋いでくれさえすればの話だが。
ベル君にその辺の話を訊いてみたのだが、彼も心許ないようだ。
「何せ、これは僕も初めて目にするものですから、なんとも。
次の裏ダンジョンへ行く通路は、おそらくスタートとなるダンジョンから空間で繋がれた関係でしょうから、勇人の能力で通路を開く事も不可能ではないとは思うのですが、そればっかりは実際にやってみないとなんとも言えません」
「まあいいや。
その辺はダンジョンレーダーで探索してみてからにしようぜ。
グスタフ、そいつらの御守りは頼んだぜ」
「ああ、任せろ。
みんな、俺から離れるな」
ささっとグスタフに近寄る二人。
なまじグスタフが逞しい感じの色男で、残りが乙男っぽい奴らなんで、これはその趣味の奴らが見たら楽しい構図なのかもしれんなあ。
やはり、この二人はもう少し鍛えよう。
ベル君はともかく、織原にはゲルス戦の時は従軍してもらわないといけないかもしれない。
あまり未成年をそういう事に巻き込みたくはないのだが、今の時点では何とも言えない。
それほどの不気味さがゲルスにはある。
その時アントニオは王太子殿下の守りに入るだろうし、アルス自身は本陣になるはずだから、やっぱりグスタフを借りておこう。
こいつだってゲルスの問題が片付かないと、また何かやられるかもしれないと思っているだろうし。
グスタフも、この間は愛しの奥さんの本拠地へ真面に攻め込まれてしまったんだからな。
まあ、あれが切っ掛けで二人がくっついたのだが。
ダンジョンレーダーを起動させると、例によって武のハイテンションな声が響き渡る。
「ハーイ、これはまたおかしなダンジョンに入り込んでいるねえ。
でも心配ないよ~。
ダンジョンレーダーに全て御任せだ~。
針の指し示す方角に進んでちょうだい!」
どうも、このダンジョンレーダーにはAIのような物が組まれていて、状況に合わせた解説を入れてくれるようだ。
いわば、擬似的な初代国王のような存在なのだ。
しばらく進んだところで、いきなり魔物の襲撃を食らった。
裏ダンジョンだからそんな物はいないと思っていたのに、いきなりBランクのリザードマンドラゴと出くわしてしまった。
ここはもしかすると、表裏両方の性質を持っていると言うか、はっきりと区分されていないのかもしれない。
時間が経過すれば、そのうちダンジョンも寝惚けたような状態から元の正常な状態に戻るのかもしれないが。
こいつリザードマンドラゴは、いわゆるトカゲ人間なのだが、ただのリザードマンではなくてドラゴン擬きでもある。
鱗はドラゴン擬きと言えるだけの硬度を誇り、鋼鉄剣など歯牙にもかけないし、魔法も簡単に通さない。
とてもじゃないが素人の手に負えるような相手ではない。
図体はBランクの中では小さめではあるものの、Aランクに近いほどの厄介者だ。
そしてFランクの魔物が湧くような細い通路にでも出てこれてしまうという凶悪さだ。
それでも大きな羆並みの図体はある。
逃げ場の無いような空間で突然出くわすと、かなり心臓に悪いだろう。
ダンジョンレーダーばかり見ていたので、出会い頭にドタマを思いっきりどつかれて、俺は顔から地面に落とされてしまった。
俺にしては珍しい構図だ。
「いってえ」
思わず叫んでしまったが、実のところはどうっていう事もない。
まあ、つい条件反射で言ってしまうもんだけれど。
他の奴だったら絶対に無事では済まないところだがな。
とりあえず、蜥蜴野郎を思いっきりどつき返しておいた。
ダンジョンの床にめり込んだリザードマンドラゴを置き去りにして、俺達は先へと進んでいった。




