75-7 決着の時
「うーん、かなり範囲が小さくなってきたなあ。
もう汚染地域は、殆どあの屋敷の回りくらいねー。
でも火元が無くならないから、これじゃキリがないわねえ」
それでも周りの住人は退避させたので、瘴気に飲まれて呪いの生体増幅器になる人はいない。
その御蔭で勢いが衰えてはいるのだが、魔界の鎧は健在なので瘴気が無くなる事も無い。
一言で言うならば、見事なまでの膠着状態であった。
「悪魔の鎧の最後の一個、なんて厄介なのかしら。
ああ園長先生、早く帰ってきてくれないかなあ」
時折、燃料やエリクサー希釈液を補充しながら、真理は旋回して哨戒飛行を続けるのだった。
そして三時間ほど飛んでいた頃だろうか。
ついにスマホに連絡が入ったのだ。
「どうした真理。
お前からエマージェンシーコールだなんて」
そう、この強者の御姉さんから緊急コールが入るなど、通常は考え辛いのだ。
「なあに、別に大した事は無いわよー。
ちょっと魔界の鎧が出ただけだから」
「なあんだ、魔界の鎧かー。
……何だとー‼」
「あ、いいリアクション来たな~」と内心ほくそ笑んでいる真理であった。
「今ねー、エリクサーを希釈して農業用ヘリで撒いているんだけど、事態は膠着しているわ。
瘴気が広がらないようには抑えられてはいるんだけど、瘴気の大元が断てないから困っているの。
さっさとあれを片付けてきてもらえないかしら。
でないとあたし、何時まで経っても下に降りられないわ。
エリクサーで強引に抑えていたのだけれど、そろそろエリクサーの在庫が無くなりそうだし」
「なにー!
あれだけ渡してあったエリクサーが無くなるだとー!」
「相手は魔界の鎧ですもの。
ただ今絶賛大暴走中みたいよ」
毎回毎回、あの化け物がよく暴れてくれるものだと半ば感心しながらの会話だ。
「場所はどこだ?」
「ベルンシュタイン帝国の帝都ベルン。
えっとねー、なんとベッケンハイム公爵邸よ」
少し悪戯っぽい感じで御知らせしてみた真理。
「うおおおお。
マジかー!
何故だ、何故そうなるー‼」
「知らないわ。
本人に聞いてみたら?
屋敷の中にいるはずだから。
あいつ、ゲルスと組んで帝国でクーデターを起こそうとしていたみたいよ」
「うわっは。
相変わらず碌な事をせん奴だなー」
「じゃ、宜しくねー。
あ、その前にエリクサーの補充をしてから行ってくれる?
対処が長引くとエリクサー切れで汚染が広がってしまうわ」
「わかった。今から転移魔法ですぐに行く」
◆◇◆◇◆
「真理―!」
俺は帝都に転移した後、フライでヘリに飛びついて乗り込んだ。
このお姉さん、ヘリパイ姿もよく似合うな。
自衛隊のポスターに使いたいくらいだ。
「じゃあこれ。
エリクサーを、とりあえず一億本な」
「さ、さすがに、そんなには要らないんじゃないかしら」
「そんな事、わかったもんじゃない。
今回だってまさか無くなるとは思っていなかったぞ」
伝説の代物が一千万本もあったんだ。
全部で、ざっと二千キロリットル見当はあったんじゃないか?
元々は真理のメンテ代わりにずっと先まで使う予定の品だったのに、こんな有り得ない使い方をする破目になろうとは。
「他のみんなは?」
俺は親指を下に向けて示した。
グスタフに抱っこされたファルが手を振っている。
俺はヘリから飛び降りて、みんなに合流した。
「よし、突入するぞ」
「ええっ、俺も一緒に行くの?」
「え? 聞いてませんよ」みたいな顔をして目を瞬かせた織原が間抜けに訊いてくる。
俺達は元魔界の鎧の持ち主ないしは聖なる力の持ち主なのだ。
しかも、元魔界の鎧の持ち主が勢揃いなんだから。
ファルに至っては神の子なのだからな。
更に、凄まじい魔力を消費しながら俺のパワーを込めたゴッド系聖魔法で周囲を浄化しつつ進むのだ。
だからこの面子くらいは、この瘴気の只中でもなんとか活動する事が可能なのだった。
「当たり前だ。
今日は能力を使ってもらうぞ。
大体、お前は魔界の鎧に耐性があるだろうが」
「無茶を言わんでください。
無いからこそ、あんな風になっていたんですから~」
「やかましい。
中に入ったら、お前の能力で速攻あの屋敷を封鎖しろ。
奴らを絶対に逃がしてはならん。
封鎖した後は気絶していていいぞ。
それ【解】」
俺は能力解除の呪文を簡略化していた。
大体、隠し称号を使えば済む話なので、本来ならあーたらこーたら言う必要はない。
「突撃だー」
俺は織原を脇に抱えたまま、ベッケンハイム邸のドアを強大なHP任せでぶち壊した。
「ひえー」
織原の情けない悲鳴が響く。
同じ稀人ではあるものの、こいつも魔力は豊富だが俺のように身体が強化されているわけではないのだ。
「やれ、織原。今だ」
「ザ、ザ・ロック」
俺達は、魔界の鎧を織原の特殊空間に閉じ込めた。
これで瘴気も漏れなくなるはずだ。
ざまあみやがれ、魔界の鎧め。
この間とは逆の立場になったな。
将棋のように、取った駒である織原で逆王手だ!
見事にブーメラン・ザマア完了だ。
こういうの、俺もニールセンにやられたけどな。
もう逃がさないぞ、最後の一個~。
俺は、ここから先は只の足手纏いになりそうな織原をポイっと捨てると、グスタフとファルを連れて屋敷の中を駆け抜けて鎧野郎と対峙した。
案の定、鎧の持ち主はベッケンハイムの馬鹿だった。
よく見ると、何か若い男が倒れている。
レーダーで見ると見事なまでに灰色の点になっており、おそらくそいつが元の魔界の鎧の持ち主だったのだろう。
やはり、元の子鎧からベッケンハイムへ移動してやがるのか。
子鎧は持ち主が死んだら大人しく消滅するんじゃなかったのかよ。
今まではそうでも、魔界の鎧全体が消滅しかかってきたら存在し続けるためにそうなったのかもしれない。
まったくもう。
それにしても、ベッケンハイムの野郎め。
なんてふざけた野郎だ。
本当に手をかけさせるな。
やっぱり前の時に仕留めておくべきだったか~。
しかしまあ、あの野郎もなんか豪い事になっているな。
目は焦点が合っていないどころか、見開かれた眼球が真っ黒な感じになっている。
全身から吹き上がるドス黒い瘴気に焼かれて、ほぼゾンビ状態だ。
目から蛆が這い出てきてないだけマシな状態だな。
これがあの瞬神のように曲がりなりにも鎧を扱える人間であるならば、こっちを攻撃してきたりもするのだが、こいつには無理な芸当だった。
魔界の鎧も暴走しているので、瘴気を猛烈に垂れ流しているだけだ。
最後の執念で近場にいた奴に憑りついたか。
やれやれ、おそらく鎧をコントロール出来ていただろう元の所有者が生きていたら物凄く厄介な事になったろうな。
この御馬鹿め、そういう意味においては大殊勲賞だ。
これを放っておけば、やがて全世界全ての人間の心の闇を食い尽くし、大地の全てを滅ぼし尽くすのだ。
だが、それも今日で終わる。
最早、鎧の意思も存在していないようだった。
この間の戦いで、聖騎士の力によって滅ぼされてしまったのだろう。
「グスタフ」
「ああ」
俺達はそれぞれ自分の祝福の鎧を展開し、翼を展開する。
ファルも霊翼をはためかせた。
まるで天使の軍勢だぜ。
光沢のある白雲のような、あるいは純白の雪のような霊気に輝く翼を煌かせ、俺達は最後の戦いへと挑む。
ベッケンハイムがこちらを向いた。
もはや脊髄反射のようなものだろうか。
そこに人の意識は感じられない。
いや鎧の意思さえも。
「グスタフ、やってくれ」
ファルが力を込めると、グスタフの体が仄かに暁の如く輝きだした。
俺もジェネレーターとしての役目を果たすとするか。
俺の気合と親鎧の輝度の上昇に伴い、グスタフの全身が更に聖光を帯びた。
普通の人間には眩しくて見ていられない光かもしれない。
魔力を供給する俺の親鎧も、子鎧からの影響で激しい聖光を放ち始める。
俺達のスキルは合わせ鏡のように、互いに相関関係にあるのだ。
「はっ」
グスタフが短めの気合と共に踏み込んでいく。
騎士としての鍛錬の果てに、決して常人が追いつけぬ領域へと足を踏み入れた希少な者達。
グスタフは紛れもなく、その内の一人だ。
最後の最後は、たったの一撃で決めた。
聖騎士の放つ一撃で四散する瘴気の集塊。
それは最早怨嗟も、己が悪鬼と成り果てた原因への悲憤もなく、ただただ静かに虚空へと散っていった。
長年、このアスベータの世界を苦しめた魔界の鎧。
その艱難辛苦は今、この世界から永久に去ったのだ。
後にはただ、間抜け面をしたベッケンハイムが大の字になったまま鼾をかいているだけだった。
やれやれ。
俺達はそいつを乱暴に蹴り起こして、まだ目の焦点が定まっていない馬鹿を捕縛してから織原の下へと戻り、この屋敷を包む空間の解除を命じた。
一旦出したザ・ロックの空間は、使った後で能力が封じられても、封印空間の解除だけは出来るようだ。
俺はゲートを繋ぎ、帝国宮殿へと奴をきりきりと引っ立てていって、ドランの前へと突き出した。
これでようやくスッキリするぜ。
俺も、とっくの昔に公爵殺しを飛び越えて皇子殺しの称号を得て久しい。
もう今更っていう感じなのだが、これでやっとクリフト侯爵と交わした公爵殺しの約束が果たせるな。
ブラウン伯爵も、さぞかしホッとする事だろう。
正式に謁見の間において開催される御白州なのだ。
ベッケンハイムのやった事は既に帝国全土知れ渡っており、今更こいつを担ぐ馬鹿もいまい。
最早言い逃れも命乞いも出来ない。
だが、そこで驚くべき結末が訪れた。
多くの帝国貴族が見守る中、ドランの厳かな声が響き渡る。
「ベッケンハイム公爵、地方修道院行きを命ずる。
蟄居せよ。
公爵の地位及び、財産屋敷その他は全て没収とする。
今後は二度と、この帝都の土を踏む事は許さん。
次に何かあらば遠慮なく極刑とする。
連れていけ」
天下に悪名を鳴り響かせた、さしもの元皇太子である極悪公爵も、もう喚く事さえなく僅かに震えながら騎士団に引き立てられていった。
野郎は田舎の地に封じられる事となり、地位も禄も財産も権力も、何もかもが全て取り上げられた。
「あれ、死刑判決でも良かったんじゃないか?
あの馬鹿、まだ何かやらかしそうなんだが」
だがドランは玉座の上から大きな溜め息を吐いて、俺を軽く睨んだ。
「いいか、アルフォンス。
公爵という者はな、簡単にどうにか出来るものではない。
いざとなったら、王の跡目を継がねばならん立場にある者なのだぞ。
それが例え、どんな愚か者であろうともな。
そういう奴が、お前のところにも一人いたろうが。
だからケチケチしないで、さっさと片付けておいてくれればよかったんだ。
このエセ公爵殺しめ」
「ちょっとー、それは酷い八つ当たりだぜ~」
そういや、うちの陛下もバイトンに対して最初は修道院行きを命じていたなあ。
どうせなら塔に幽閉とかでもいいのにな。
まあ簡単にぶっ殺すよりは、その方がいいのかもな。
それに、さすがに反皇帝派の人間とて、今回のゲルス兵と魔界の鎧を呼び込んだ事件の後では二度とあの馬鹿を担ぐ事は出来まい。
やれやれ。
本当にこういう政治的な話はめんどくさい。
神聖エリオン様は、仕事をなし終えた聖騎士の腕の中で、もう舟を漕いでいらっしゃる。
そういや、レミが熱を出していたんだった。
早くケモミミ園へ帰らなくっちゃ。
そっちの方が、よっぽど重大だわ。
「さあ帰ろうぜ、グスタフ。
ジェシカが待っているぞ」
「ああ、アルも御疲れさん」
「真理も大活躍だったな」
「そういう時って、大概は相当禄でもない事があった時よねえ」
グスタフからファルを受け取りながら、真理もそんな感慨を口にする。
昔の事を思い出しているのか、少し懐かしそうな表情だ。
「ああ、みんな本当によくやってくれたな。
感謝する」
皇帝ドランの、やや御疲れモードに入った労いの言葉を背に、俺達はそれぞれ待つ人のところへと帰還した。
去り際に、ドランの奴に向かって栄養ドリンクをワンカートンほど投げておいてやった。
「おかえり~」
ケモミミ園に帰った俺を、元気になったおチビ猫が飛びついて出迎えてくれた。
おー、よかったよかった。
御熱は下がったようだな。
もちろん、シルの笑顔もある。
二人に只今のキスをしてやり、帰還の挨拶をする。
「ああ、ただいま」
この世界、惑星アスベータは今日も平和だった。




