74-2 アルフォンス(鷹)池にて
ここは第三隔壁の内側となる、王都の中心にある王宮ゾーンだ。
今いるのは王宮の隣にある「消防水利」の大型池だった。
それは王都学園との間に小さな森を挟んだ位置にある。
森は只の目隠しだ。
そうしないと、だだっ広い王宮ゾーンから王族貴族の子女の通う学園が丸見えになっちゃうからな。
東西南北の門から王都を貫く四方の主要道路が、そのまま各隔壁を通過して、丁度この王宮前で交差するのだ。
北の道路だけは、親愛なるアニオン公爵の管轄である王宮裏から繋がる王族専用の通路なので、王宮前には繋がっていないが。
東西南の通路が交差するそのポイントこそが、この王都の中心座標であり、そこがピンポイントで王宮正面前となる。
その巨大宮殿の東側に総合庁舎があり、西側にあるのが王都学園だ。
通称アルフォンス池、いわゆる鷹池と呼ばれる物は象徴的な意味もあっての事か、王宮前広場からよく見える位置に作られている。
池は鷹の形を象っていて、ギザギザな形をしているので割と魚が棲みやすそうな感じはする。
昔は食料確保のための養殖池を兼ねていたそうなので魚は豊富にいる。
今では、ここでわざわざ釣りを嗜む貴族も少ないので魚もすれていないらしい。
「昔は武がよくここでサボっていたわ。
王妃様の御命令で奴を捕らえて連行するのは、私の任務だったわねえ」
真理が思い出深そうに言った。
でも、ここって王宮ゾーンを貫く主要通路から丸見えなんだよな。
もう王様が仕事をサボって釣りをしているのが一目瞭然じゃないか。
そのあたりが、いかにも武らしい丼さだよな。
「池の底は魚が住みやすくするために、形が色々と工夫されているみたいよ」
自分の趣味に関しては中々芸が細かいな、錬金魔王。
その点に関しては俺もあまり人の事が言えないのだが。
日本人って、そういう奴が多いからな。
この池は明らかに最初から魚釣り用に作ったんだな。
消防水利は只の言い訳か。
あいつが作った水系の現代魔法があるんだから、そんな物は要らないわな。
王宮には、ちゃんと魔法消防隊がいる。
敵の攻撃を受ける事も想定された施設だからな。
そして今日は王都学園のレクリエーションという事で、学園の生徒が総出で釣り竿を持っている。
小さい子は八歳とかの子もいるので、ギルマスに頼んで回してもらった冒険者達がついて一緒にやる事になった。
「んー、ルアーってなあに?」
「どうやって付けるのー?」
少年の部の子とか、ルアーを摘み上げてじっくり観察すると一生懸命竿につけているが、中々御勉強のようにはいかないようだ。
彼ら年少者には冒険者の御姉さんがついて優しく指導してくれる。
綺麗な御姉さんと一緒に遊んだ、少年時代の楽しい思い出にしてもらえるとありがたい。
文官を目指す平民の子達、冒険者を目指す者、貴族の子弟や王族などとバラエティに富むのが特徴のアルバ王都学園だが、遊ぶ時なんかは身分の区別はない。
貴族の子弟が我儘を言うと魔王に締め上げられるだけだし、シルのような在学中の王族に怒られるだけだ。
王女から公爵夫人の身分には下ったが、彼女自身が王族である事に違いはない。
大体が変な事を言うのは、ある程度歳を食ったような貴族の子弟が多い。
要はうちの執事に文句を付けていたような奴らだ。
連中は今日もサボリらしい。
奴らは俺から学園長に言って厳しい扱いにしてある。
留年なんか絶対にさせない。
単位が足りない時点で問答無用の退校処分だ。
小さい子達や平民だって必死になって頑張っているのだから、そんなの当たり前の事だ。
ここの生徒は、優秀な者・魔法の才があった者・貴族王族などが殆どだ。
貴族などでも、しっかりしている者は、やはり他の生徒の規範となるような者も多い。
一番要らないのは、怠け者の貴族の子弟と相場が決まっているのだ。
その癖、そういう奴らは卒業出来ないと面子がどうのと小煩い。
終いに親が出てくる事もよくある話だそうなので、今度からそういう時には臨時魔王講師の出番となるだろう。
小さい子同士だと、この国ではそう問題はない。
身分とかあまり関係無しで遊ぶ。
エリと王女連なんかもそうだったな。
帝国なんかだと小さい頃から選民意識が強いため、貴族には子供のうちから平民を見下すような人間も多いというが。
まあ、あのブラウン伯なんかはそういう事はないし、リヒターあたりも気にしない口だろう。
新しい風を欲していたような奴だし。
そもそも、あの現皇帝自体がそういうところもアバウトな奴なのだ。
奥さんも平民だった人なんだしな。
「そーれ、ひゃっほう~」
一番燥いでいるのは学園長先生だった。
武から受け継いだ魚好きの遺伝子が騒ぐのだろうか。
聞いてみたら、やっぱり武の子孫だったらしい。
この人も、若い頃は「マグロー」とか叫んで、金髪くるくる巻き毛を揺らしながら海を駆けたのだろうか。
ベル君も王宮を挟んで学園と反対側にある総合庁舎の方から呼ばれて参加している。
もっぱら大神官見習いであるフィアの御世係だ。
彼は器用で、ルアーの取り扱いや釣り方などをすぐにマスターしてしまった。
意外な才能だ。
当然の事ながら俺は坊主だ。
連れて来たおチビ猫にルアーは無理なので、レミは可愛い釣竿に餌をつけて垂らしている。
中々釣れないが、食い物が絡むと、この子も意外と辛抱強い。
超真剣な眼差しに思わずほっこりとさせられる。
食料確保に必死だった頃の記憶が疼くのだろうか。
それとも猫の本能なのか。
猫族は陸上での狩猟が本分だと思うがなあ。
猫族猛獣はワニを狩ったりする事もあるようだが。
尻尾で魚釣りをする子猫の映画を見た事がある。
日本映画の最高動員記録を立てた凄い映画だ。
あの記録は何年もの間、かなり長い事破られなかった。
やはり猫は正義だったのだ。
野生の猫が本当にそんな釣りみたいな事をやるのかどうかは知らないのだがね。
あの主人公だった子猫は、映画の撮影が終わる頃には御爺ちゃん猫になっていた。
ここは、うちの裏庭の渓谷とは違って魔物が出ないので安心して見ていられる。
そしてファルが、また何かに目覚めたようだった。
少しエリオンモードな表情になっている。
投げては獲物をリールで引き寄せ、確実に上げる。
そのリール捌きやスイングの鋭さは、とても一歳児のものとは思えぬ!
既にアルスの技を越えているようだ。
脇では、ミハルドが一心不乱にファルのために魚を捌いて焼いている。
ファルも最近は、地球産高級オリーブ油を使ったメニューにも関心があるようだ。
食べては釣り食べては釣りで、すっかり釣り娘になっている。
そのうちに池の魚が絶滅しそうな勢いだ。
今回のイベントが終了したら、しばらく魚が増えるまで禁漁にしておくか。
例の裏庭の渓谷であれば、俺の魔力を吸って勝手に湧いてくるのだが。
湧いてくるのは魔物魚だけど。
調理が一人で間に合わなさそうなので、本公爵邸からハモンドも呼んで手伝わせた。
すぐそこの見えるとこにいるんだしな。
神聖エリオンの御世話は、うちの執事共にとっては非常に大切な仕事だ。
そんな壮大な仕事を請け負っている王侯貴族家の執事も、この世界で他には一人もいないわけだが。
シルはベルベット嬢と一緒に、きゃあきゃあ言いながら楽しんでいた。
ビュンビュンとルアーを飛ばしている。
中々の釣果のようだ。
この世界には女の子だから魚に触れないという子は少ない。
むしろトドメを差さずにリリースする考えの方が理解し難いらしい。
どうやら、今夜は奥さんの手料理が食べられそうだ。
彼女も日本人が魚をよく食べるのを知っているので、釣る端からバサバサと生け〆にしていく。
ここの魚は日本人である武の好みで放流されているので、日本人の口によく合うはずだ。
何故かエバンス爺さんもやってきて釣り糸を垂れていた。
ルアーなどは邪道と言わんばかりに、立ったままのスタイルでじっくりと竿を手にしている。
格好が何か、いかにも日本の釣り人っぽい感じで一人だけ完全に浮いていた。
そもそもこれって学校行事なので、チビレミなら混ざっていてもおかしかないが、爺さんなんだしな。
だが、彼も時折当たりを引いて、キッチリと生け〆にしてはアイテムボックスに魚を放り込んでいく。
笑み一つ浮かべずにいるので、余人が近寄りがたいような雰囲気を放っているのだが、魚が上がった時だけは満足そうな表情を浮かべていた。
爺さん、相変わらず通だな。
アルスはバンバンと釣果を上げて、周りの学生達にも色々と教えている。
明るい彼は、いつもどこでも人気者だ。
いつか彼の国を取り戻したら、そこの王宮にもこんな感じの池を作ってやろうかな。
そういや、あそこの滅びてしまった王都はアルフォンスというのであった。
一応は、こっちが元祖アルフォンス池なのだが。




