73-6 伝説の冒険者
肝心の目玉を突かれたキメラ猫は、ファルに頭を撫でられて大層御機嫌な様子だった。
先ほどの一件はもう忘れたらしい。
猫っていう奴はホントに。
やっぱり所詮は畜生だな。
その場に、ちゃっかりと稀猫のショーが混ざっている。
こいつは本当に要領がいい。
尻尾をやられていたジョニーはといえば、鼻歌が出そうな按配で土方の周りをうろうろしていた。
他の犬共も一緒に襲撃の機会を伺っている。
わざと見えるような状態でうろうろしているのだ。
土方もそれを横目で睨んで、目に見えない鍔迫り合いを繰り広げていた。
彫刻の下敷きにされていたブラウンゴブリンのラドルは、腕組みをして新しい作品の構想に入っているようだ。
他のゴブリン達も特に気にした様子はない。
彼らにとっては、先ほどの災難も些事に過ぎなかったという事か。
あの審判の時代の最中ですら、世界を荒れ狂っていた災厄にも負けずに芸術に邁進していたくらいだらな。
彼らにとっては芸術に関する事が最優先なものらしい。
シェルミナさんは、ミシンを使って少女が着るような可愛い服を作っていた。
なんでも昨今の、この国の貴族の女性の間ではミシンくらい扱えなくてはアルバトロス王国の一員とは言えないという風潮なのらしい。
新しい“娘”のために鼻歌交じりで、彼女も実に楽しそうだ。
このアルバトロス王国は稀人国王が打ち立てた国なのだから、そこの婦女子が稀人の国で作られた機械であるミシンくらい扱えなくてどうするのか! という話であるものらしい。
御蔭様でミシンの売り上げは頗る順調だ。
元々嗜みとして、貴婦人方は服飾関係をやるようだったし。
特にシェルミナさんは、このグランバースト公爵家が王家にミシンを献上したのがそのミシンブームの始まりであるというのを大変誇らしく思っているようだ。
元祖ミシニストの葵ちゃんに師事して、これ以上ないほど張り切っていた。
俺は少し気になった事があったので、王都の冒険者ギルドへ行ってみた。
最近はコピー機のおかげで、依頼も印刷物で壁に張り出せるようになった。
字が読めない田舎から出て来たばかりのような新米の年少冒険者のために、親切にも音声ガイド付なのだ。
ギルド職員が音声で依頼内容を吹き込んであるのだ。
もちろん、それは俺が作ったシステムだ。
こんな冒険者ギルドも他にないな。
地球の美術館か!
早速、ギルマスの所へ顔を出した。
「お、園長先生。どうした?」
相変わらず書類と格闘しながらギルマスが訊いてくれる。
「いやさ、フィアっていう小娘を知っているかい?
まだ十一歳なんだけど、Bランク冒険者だっていうんだが」
それを聞いたギルマスがピタっと動きを止めて、錆び付いた何かが動く音を立てるかのような、ぎこちない動きでこちらを向いた。
あれまあ。
「そ、そいつがどうかしたのか」
あ、かなり焦っている。
予想通り、ここで何かやらかしたんだな。
「いやな、そいつがアルバ大神殿の次期大神官候補なんだ」
「なんだと!」
「そうか、やっぱりここでBランク試験をやったのか。
あいつも、この国の子だからな。
それで、どんな按配だったんだ?」
「う。
な、なんというかな。
何もかもを巻き添えにして、しっちゃかめっちゃかだった。
全ての試験参加者が逃げ出していったよ。
史上最低のBランク試験と言われ、あれは今でも語り草だ。
教官にも被害続出だ。
最初の犠牲者はアンドレだったか?
可哀想に運悪くアイツが教官として相手をさせられたんだ。
もう死屍累々の有様だった」
この由緒正しい冒険者ギルド発祥の地であるアルバ冒険者ギルドともあろうものが、またなんという為体だ。
とんでもねえ話だな。
あいつって当時は幾つだったんだ?
俺の試験以前の話だろうから、最低でも二年近く前だよな。
たぶん、アーモンがギルマスになってすぐくらいの時期なんじゃないのか。
そいつはまた災難だったなあ。
もしかして、史上最年少のBランク冒険者じゃないのか?
俺はきっと最年長クラスなんだろうなあ。
「あいつには二度と試験に来て欲しくないんで、俺の権限でBランクをくれてやった。
今でも伝説として語り継がれる試験だった。
あれと比べたらお前の時なんかまだマシな方だ。
お前には喜んでBランクくらいくれてやったよ。
まあ、フィアも実績的には問題ないし。
Aランクのギガンテスを一撃で仕留めたそうだからな。
なんというか股間に一撃だったそうでなあ。
みんな、魔物に同情していたよ」
うわあ、色々と洒落になってねえなあ。
それで、あれだけ狼藉があった俺のBランク資格も、あっさりと許可が下りたのか。
上には上がいるな。
俺以上の問題児だぜ!
「なんて、とんでもない餓鬼なんだろう。
よかったよ、奴の問題が解決して」
「ん? どういう事だ」
ギルマスも不思議そうな顔をしている。
「いや、あれはただ眼鏡をすればよかっただけらしい。
だがギルドから出た筈の褒賞金は皆大神殿に吸い上げられていたので眼鏡が買えなかったんだと」
「なんだと?
そんな事で、あのとんでもない騒動だったのか。
ば、馬鹿馬鹿しい。
なんてこった!
あれだけあった報奨金が!?」
「ああ、うちも散々だったよ。
同じく離宮が死屍累々で被害者続出だったわ」
「伝説のBランク冒険者、【霊光のフィア】は健在なりか。
またの名を【玉潰しのフィア】だ」
やれやれ、そんな二つ名まであったとは。
特に後の方は、本人が聞いたら思いっきり悶えるんじゃねえ?
だが、さすがに称号にはなっていなかったものらしい。
どっちかというと失笑物の内容だからなあ。
霊光のフィアの方は称号化していてもいいくらいの二つ名だと思うのだが。
まあ、まだ若輩者だしな。
それどころか、完全に子供だわ。
それから冒険者稼業はやっていないにも関わらず『伝説の冒険者』扱いになっているようだし。
ああ、頭が痛い。
うちの場合は目玉潰しだったけどな。
メルは女の子だから玉なんて無いし。
ギルマスと御互い笑い話にして俺は執務室を御暇した。
そうこうしているうちに二人が帰ってきた。
もうフィアがベル君にべったりだ。
フィアの眼鏡は、プラスチック製で可愛いフレームの丸い感じの眼鏡にしたようだ。
色柄素材の物も各種デザインを揃えてあるのだ。
「この子は、少々そそっかしいみたいでしたので、落としても大丈夫そうなプラスチック製の物にしました」
既に、この世界ではプラスチックやゴムという言葉が当たり前になりつつある。
うち以外には絶対に作れない物だがな。
マイクロプラスチックの問題もあるので、あまり大量に出してもなんなのだが。
初期の天然素材的な物なら、この世界でも製作可能だろうか。
ゴムの木があれば天然ゴムも生産可能なのだが、あれはまだ発見されていない。
ゴムの用途は、もっぱらパンツとかのゴムだ。
これがこの世界においては馬鹿にならない発明ではあるのだが。
ゴミになる事も考慮して、作る物には制限を加えてある。
特にプラスチックに関しては回収方法の問題もあるのだが、まだ流通量は少ないのでなんとかなっている。
「ちょっと、眼鏡を貸してみろ」
俺は何個かコピーしてやり、フィアに渡しておいた。
こいつの事だ。
どうせ、すぐ傷だらけにするだろうから。
元本は俺が大事に持っていよう。
「おまえ、もう神殿に帰るか?」
「えーと、もうちょっとだけ、ここにいてもいいですか?」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます~」
御母さんみたいに優しくしてくれるシェルミナさんと、もう少しの間一緒にいたいのだろう。
ついでに、いくらか躾をしておいてもらおう。
頃合を見て神殿へ帰すとするか。
「おい、神殿に戻ってからも好きな時にここへ遊びに来ていいからな」
「本当ですかー」
「これをやろう。
スマホという遠くにいる人と連絡を取れる魔導具だ。
連絡をくれれば迎えを寄越してやろう。
使い方はな……」
一応こいつのケアを頼みたいので、ベル君の番号も入ったスマホを渡しておいた。
フィアは粗忽者だから、スマホにも強化は念入りにかけておく。
やれやれ。
それにしても、久々の大物登場だったな。
ジェシカも当分の間は苦労する事だろう。
まあ、それも含めてすべてが幸せの味さ。
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