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70―1 突然の危機

 そいつは突然に現れた。

 その日、王都アルバの大神殿は朝からVIPな訪問者を迎える予定となっており、ばたばたと慌ただしかった。


「ミレー、あれはどこにいったかなあ。

 神殿本部から用意された、特別仕様の神官服」


「姫様。

 それなら、昨日お手入れから戻ってきてクローゼットの中ですわ。

 へえ、あれをお使いに?」


 少しキョトンっとした表情でミレーが訊き返した。

 あれは滅多に使うようなものではないのだ。

 最近では、ハイドの王国結婚式に使用したくらいだろうか。

 それくらい使用頻度の低い代物なのだ。

 滅多に口を利いたりしないミレーも、今日は主がおめかしとあって少し饒舌になった。


「ええ、ちょっと今日の御客様は特別賓客だからね。

 それくらいしてもいいの」


 そう聞くなり、いそいそと神官服を取りに行く精霊が……倒れた。


「ミ、ミレー?」


 驚いた大神官は、従順で幼気な精霊の元へ……辿りつけなかった。

 恐怖に足が竦んでしまったのだ。


「そいつ」は、にやーっという感じに、まるで年を経た妖怪のような笑顔でジェシカを見やったのだ。

 いきなり空中から現れたかのようだった。


(転移魔法?)


 周りでそれを使う人がたくさんいるので、すぐそれに思い当たったが、こんな怖いものだという認識はなかった。


 なんだろう、これは。

 彼女はピクリとも動けなかった。

 微動だにする事も許されなかった。

 彫像のように凍りついた彼女に向かって、『妖怪』が語りかけた。


「大神官、この国の王に伝えておけ。

 復讐の時は来た。

 この国は恐怖と戦慄、悲鳴と苦鳴に満ちる。

 そして世界は再び絶望の阿鼻叫喚に塗れるだろうとな」


 そして次の瞬間、奴は煙と化したかのようにかき消えた。

 息も満足に出来ずに、震えながら取り残された彼女に出来る事は、スマホの緊急コールボタンを押す事だけだった。


        ◆◇◆◇◆


「どうした、ジェシカ!」


 転移先の大神殿で呆然と立ち尽くす大神官の少女に向けて俺は声を投げかけた。


「ア、アルさん。

 ミレーが、ミレーが……」


 溢れる涙を拭うことも出来ずに、少女は声を絞り出した。

 俺はすかさず、倒れた旧知の精霊に駆け寄ったが、思わず眉をせり上げた。


(これは!)


「ペドロ!

 後を頼む。

 召還、ジョリー」


 ポーンっといきなり呼びつけたのでポカンっとしていたが、いつもの事なので奴はすぐに再起動した。


「御館様、どうなさいました?」


「【魔界の鎧】が現れた。

 ジェシカのフォローを」


 目を皿のように丸く見開いて固まるジョリーを置き去りにして、俺はゲートでケモミミ園に繋ぎファルを呼び寄せた。


「ファル!

 今すぐ祝福の聖歌を。

 お前を慕う精霊達のために」


 いきなり言われて、ファルは玩具のバスを握り締めたまま目を真ん丸にしていたが、倒れ伏したミレーの状態に気が付くなり、その場で歌いだした。


 俺は即座に魔法映像で、神聖エリオンの祝福の聖歌を大神殿全域に送り込んだ。

 以前にエルフの里で使った方法で、更に精霊の鎧をアンプ代わりに出来ないか試したが、これまた効果覿面だった。

 みるみるうちにミレーは回復していって目を覚ました。


「大丈夫か?」


「ありがとう、アルフォンス様。

 よく覚えてないのですが、とにかく怖かった。

 本当に怖かった。

 精霊にとって、こんなに怖いものがあるなんて!」


 簡単に状況を聞いたが、奴はいきなり目の前に現れたという。

 結界を越え、転移魔法のような能力で。

 この分じゃ、あちこちの大神殿がやられているだろう。


 精霊の加護をもたらす大神殿にダメージを与えると、ファルスがやられるほどではなくても、そこの精霊達にダメージは出る。


 ちっ。

 奴の最終の狙いは「精霊の森」か?

 俺はその場でMAPを検索して、瞬時に全世界のロス大神殿を表示する。


 そこには攻撃を受けたと思しき痕跡が見てとれた。

 そういう表示を可能とするようにMAPを魔改造しておいたのだ。


 それからファルと変則二重奏を繰り返し、MAP照準で祝福を各地の神殿へ送り届けた。


 トゥルルルル……。

 俺はさる人物にスマホをかけた。


「はい、レインです。

 アルさん?」


「よく聞いてくれ、レイン。

 魔界の鎧が現れた。

 アルバのロス大神殿が急襲されたんだ。

 もしかすると世界中のロス大神殿が襲撃されたのではないか。

 ミレーの話だと、敵は転移能力持ちだ。


 おそらく……最終目標はレイン、お前とファルの抹殺だろう。

 用心してくれ。

 世界中から腕利きの精霊を集めろ。

 ただでさえ、お前は力を失っているんだ」


「なんて事!

 御願いよ、アルさん。

 あの子の事を守ってね」


「ああ、任せておけ。

 だが油断は出来ない。

 奴は世界を怨み抜いている。


 まず帝国が危ないな。

 ちょっと帝国の様子を見てくる。

 くれぐれも気を付けてくれ。

 じゃあな」


 電話を切ると、俺はアルスを呼び出した。


「アルス、非常事態だ。

 すぐ来てくれ」


「どうしたの? 園長先生。

 何か緊迫したムードを感じるけれど。

 なぜか、空中庭園の時を思い出す。

 あ、まさか……」


「さすがアルス、いい勘してるな。

 そのまさかだ。

 あちこちのロス大神殿が、魔界の鎧保持者に襲撃された。

 厄介な事に、そいつは転移魔法持ちだそうだ。


 おそらく最終目標はレインボーファルスの抹殺だろう。

 今回の件は単なる宣戦布告だな。

 俺は今から帝国へ行ってくる。

 グスタフと一緒にしばらくファルの護衛についてくれ」


「りょ、了解」


 さすがにアルスもいつもの軽い乗りが影を潜めて、顔色が青ざめているのが電話を通してさえ感じられた。


「頼んだぜ」


 短く言葉を置き去って、俺は帝国へ向かって跳んだ。


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