66-9 迷宮の暴君
またオーク達に何か面倒な事があるといけないので、オークのところには駐留するゴーレム部隊を置く事にして、馬車の親子には護衛のゴーレムを付けてやった。
ゴーレム馬に乗った冒険者風の奴を二体だ。
この先の南方の街まで行くようだ。
ちゃんと送るよう彼らに申しつけて、俺達も出発する事にした。
そして俺達は二頭の魔物に跨り、再びオオカマキリ捜索の旅へと向かった。
本当に、いざ探すとなると必ず居ない奴らだな。
いっそ他所の国にまで足を伸ばすか。
もう残りは明日にするかな。
おチビ猫も、もう蝉は全て平らげ終わった頃だろう。
さて帰ろうかと、二人を促そうとした。
だがその時、空からやってきたモノがいた。
街道からではない、別の場所から飛んできたようだ。
レーダーに写っていたので警戒はしていた。
だがバサバサと羽音をさせて飛んでくるそいつこそは、紛れも無く広域指名手配犯であるオオカマキリだった。
いきなり来たな、オイ。
帰ろうとすると出てくるのかよ。
今更感が半端ないな。
出待ちか?
出待ちなのか?
慌てて魔物二頭の気配を消させると、じっと獲物が来るのを待った。
俺は自然魔力放射を抑える魔力隠蔽の魔法を展開してみる。
これは魔力の流れが不自然になるので、実際にはあまり良くない物なのだが、少しの間なら凌げるようだ。
そして奴は俺達の目の前に舞い降りて、きちんと獲物として見定めてくれた。
この個体は街道専門の凶悪な石畳迷彩ではない、緑色の御馴染みの奴だ。
だが体高六メートル、全長十メートルの超大型サイズだった。
これだけ大物なら、「もう一匹」の標本も獲れそうだ。
オオカマキリは威嚇するような、あの独特の金切声にも似た声を出したが、何かが違う事にすぐ気が付いた。
まず、俺達が奴を全く恐れてはいない事。
そして、か弱いはずの小さな者達が、爛々と眼を見開いて己を見つめている事に。
その激しく欲望を湛えた瞳に見据えられ、奴は後ずさった。
そう、それはいつも自分が獲物に向けているもの、そう狩人の目線だったから。
「今、自分は獲物である」
それを本能で理解した奴は、相手の見かけに惑わされる事無く間髪入れずにその場で遁走にかかろうとしたが、瞬時にして現れた肉球持ち二頭にあっさりと取り押さえられた。
大切な『標本素材』に傷を付けぬ様に、爪を立てずにやんわりと。
だが、それでいて抗う事のできぬ圧倒的な力量。
オオカマキリは全ての力を殺されてしまい身動きもならぬ状態に陥った。
それは通常であればオオカマキリ自身の必殺技であるはずの技で、見事なまでのブーメランであった。
所詮はCランクのオオカマキリなのだ。
元Aランクで今はSSランク相当にまで強化された超格上、しかも二頭を相手に最早どうする事も叶わなかった。
既に「優しく殺して」状態であった。
そして二頭の狩人が目で語った。
「「さあ、坊ちゃん達。今のうちに御存分に」」
二頭は既に己の体表へ、俺が与えた魔法のバリヤーを展開している。
そして二対の円らな瞳が期待を込めた眼差しで俺を見つめている。
俺は黙って頷いた。
二人は体をプルプルと震わせて、飛び上がらんばかりの勢いで叫んだ。
「「やあーっ」」
二人の腕輪から、可愛らしい気合と共に激しく迸る電撃。
哀れオオカマキリは、その全身に紫電を纏わせながら、その眼の輝きを永遠に失うことと相成った。
激しい電撃攻撃を食らって、「中の人」、いや中の魔物も一緒に御陀仏になったようだ。
二頭のワンニャンは褒めて褒めてオーラを一杯に振り撒きながら、千切れんばかりに尻尾を振っていた。
「エライぞ~、お前達ー」
「よしよし」
子供達には褒められて、低く落とした頭を撫でられたので二頭共かなり御満悦だ。
俺は、その間に最後の獲物の処理をしておく。
まず腹の中にいるハリガネムシを感知魔法で探り、それを元にしてアイテムボックスに回収した。
生きている時には出来ない芸当だが、こうなると回収も楽だ。
こいつは死ぬと、あっという間に素材が傷むので要注意だ。
オオカマキリも固まってしまう前に、きちんと形を整えておく。
標本にする時には羽根を広げるからな。
二人は標本箱を出し、色々な表示の準備を整えた。
しっかりと防腐魔法で防腐処理をして、腐らないように状態保存の魔法をかけてから、標本箱の中にミスリルのピンで留めて完成だ。
こいつの場合は、ピンで停める際に羽根を上手に広げるのが見栄えのコツかなあ。
隣にはカマキリから取り出した魔石を展示する。
そして、御楽しみのハリガネムシだ。
どんな形で標本にするのか。
こいつは死ぬと、すぐに解体しないと駄目になってしまう素材なので、きちんと防腐処理をしてやってから標本箱のプラスチック製の綿の上に載せてやった。
こいつは並べ方が比較的自在な獲物なので、二人で侃侃諤々に議論を戦わせている。
脇でお手伝いしているのは、新ワンニャン・コンビだ。
あの大きな手で、器用にハリガネムシの形を整えていく。
子供達が指示する内容を的確に理解出来ているようだし。
「さて、ミッションもコンプリートできた事だし、そろそろ帰ろうか」
「さんせーい」
「御腹空いたー」
楽しく遊べて? 御機嫌な二頭の背に乗ってケモミミ園への帰路についたが、二人は魔物の背中で、揺り籠のような乗り心地に抗する事が出来なかったようだ。
実に可愛らしい寝顔を御披露してくれていた。
ゴーレム達に愛情深く抱っこされながら。
やがてケモミミ園に着いたので、魔物達は二人を起こさないように、そっと身を下ろした。
もうじき御飯だから、それまで寝かせておくか。
「おかえり~」
嬉しそうにかけてくれた御馴染みの声に、俺は思わず頬を緩ませて振り返ったが、その場で全身を硬直させた。
そこには、大きな「虫籠」を手にした、おチビ猫が満面の笑顔を浮かべて立っていたのだ。
虫籠一杯の蝉を見せ付けるようにして凄いドヤ顔を貼り付けていた。
そういや斉藤ちゃんめ、後から転移で合流してきていたな。
もう既に、たっぷりと蝉を獲っていたのか~。
こういう時ってイコマの野郎はいつも黙っているんだよな。
人生にはエッセンスが必要だとか思っていやがるんだろうか。
俺は思わず後ずさった。
にじり寄るネコミミ幼女。
ずりっずりっと摺り足で間合いを計る攻防。
SSSランク冒険者に最強の敵現る!
そして、どんっと背中に当たる柔らかい感触。
それはフェルドの鼻面だった。
眼が「諦めろ」と言っているかのようだ。
ちょっ、おまっ。
「わー、おっきい。
あたらしいワンちゃんなの?」
「お、おう。
ニャンコもいるよ」
そう言いながらも、俺の目は虫籠の中身に吸い寄せられていて、そのまま釘付けだった。
よし!
この際だからワンコで誤魔化すか、などと思った瞬間。
「おいちゃん、ああん」
ジージーと鳴きながら激しく抵抗する蝉を手掴みで勧めてくれる、愛しのおチビ猫がそこにいた。
「本当は他の人には絶対に譲れない大事な物なんだけれど、今日は大量ゲットだからおいちゃんにも是非御裾分けを」とでも言いたそうなキラキラとした瞳。
そんな気持ちはとても……そう、とても嬉しいのだけれど、これはちょっとな~。
だが俺が嫌そうにしているので、おチビは悲しそうな顔をしてこちらを見ている。
「おいちゃん、レミちゃんのセミは、たべられない?」
う、うっわ~~。
そして、いつのまにかメルもやってきて、二頭が鼻面で俺を背中からぐいぐいと押した。
わかった、わかりましたよ。
案外と主に手厳しいな、お前ら。
俺は新鮮な蝉(生きているので当たり前なのだが)を受け取り、バタバタしているそれを、観念して口に放り込んだ。
うっわ。
口の中で暴れないで。
こ、この舌触り、そして香り。
こ、香ばしいかな。
うん、確かに虫の味だ。
歯応えのあるキチン質系の。
バリバリというか、パリパリというか。
また食っている最中にも口の中で断末魔の足掻きで、猛烈に動くのはなんとも表現しがたい。
お前らってカマキリに捕まって生きたまま頭から齧られている時とかって、死を覚悟して観念したものか結構大人しいよね。
昔、庭で暗くなってから一回見かけてドン引きした覚えがある。
家の庭に植えられていた南天の木の中で夜に何かがポツンと赤く光っていた。
「ん? 赤い実が光っているのか? そんな馬鹿な」
それで近くへ寄って懐中電灯で照らしてみたら、御食事中のカマキリの赤い目玉が光っていたのだ。
あるいは暴れさせないだけの技量を、生まれながらの狩人であるカマキリが持っているものか。
動画サイトなんかでカマキリの狩りを見ると、暴れる芋虫相手に結構苦戦していたりするのだが。
蝉なんて日本だと普通は、茹でて筋肉のところだけを食べるんじゃなかったか。
まるで海老のような食べ方だが、本日は踊り食いのメニューだったらしい。
三河湾の民宿なんかで食べる車海老って、生のまだ生きている奴の頭を千切って食べる料理もあるが、あれも掴むと海老が食われたくなくて物凄く暴れて凄まじいので俺はまだ一度も御賞味した事がない。
女の子が軒並み悲鳴をあげて自力では食べられないという、三河湾名物ホラー料理だわ。
三河湾で獲れた奴が甘みがあって最高らしいのだが、俺は天麩羅でいいや。
自分で生きて暴れている海老の頭を千切るのは勘弁だなあ。
俺は子供の頃も、真っ赤で巨大なアメリカザリガニを釣る餌にするための普通のザリガニの頭が千切れなかった。
うーむ、これも幸せの味?
正直に言って幸せ過ぎて泣きたい気分だ。
後ろで二頭が優しい瞳で慈しむように、そんな俺達の様子を生暖かく見守ってくれていた。
おチビ猫は幸せそうな顔を浮かべて、こう言ってくれた
「もうひとつ、いかが?」
おう、こんな事も言えるようになったのか。
この子の成長は喜びつつも、俺がピンチなのに何ら変わりはない。
「い、いや。
も、もうすぐ御飯だからね」
「そっか、じゃあまたあしたねー」
えーーっ!!
明日もどこかへ狩りに行くか~。
いや帰ってきたら、きっと待ってくれているよね。
頭を抱えていると後ろから俺の肩を叩く奴がいた。
「おかえり~」
「た、ただいま」
俺の半分泣きそうな顔を見て、肩に寄りかかって笑いを堪えている奥さんがいた。
「それにしても、今日は一杯拾ってきたわねえ」
「お、おう。
何か知らんけど、いっぱい懐いちゃって」
二頭は公爵夫人に向かって鼻面で御挨拶した。
「宜しくね。えーと名前は?」
シルが新しいペットの鼻面を撫でながら訊いてくる。
「犬がフェルディナント、フェルドだ。
猫がキャラメル、メルだ」
「犬はともかく、猫は微妙かな。
なんか猫の部分が少なくない?」
「何を言うか。
ちゃんと立派な肉球持ちだぞ。
それが猫以外のなんだというのか」
シルは少し呆れたような顔をしたが、もふもふ成分が増えた事に関しては、そう文句は無いようだった。
「さて、ちょっと竜どもの様子でも見にいくか」
離宮の裏手へゲートを繋ぎ、犬猫を連れていったら、ファルが床に寝そべった番竜どもに得意のよしよしをしてやっているところだった。
蕩けそうな顔をしているドラゴン達を見て、御伴の二頭も早速、いそいそと撫でてもらいにいく。
「あ、おいちゃん。
お帰り~。
この子達、可愛いねえ」
「あ、ああ。
しかし、どうして急に迷宮魔物がこんなに懐いてくるのか。
自分の意思がないんじゃなかったのか?」
俺は素直に困惑をぶつけてみた。
この子は魔物とよく話す。
「あー、それなんだけどね。
高等魔物は、そうばっかりでもないみたいよ。
なんかさあ、最近あの管理者が来てから散々なんだってさ。
好き放題にやられて迷宮も住みにくくなったから、御引越ししたかったらしいの。
ダンジョン生まれなんだけど、特にダンジョン暮らしに拘る事もないからって」
なんじゃ、そりゃあ~。
結局そういう絡みなのかい!
こんなところにも、あのアドミンの被害者がいたらしい。




