66-3 魔物採集
しかし、やはりオオカマキリは現れない。
丁度いい機会だから「迷宮実習」を実施するか。
子供達の進路調査を何度も実施してきたが、冒険者志向がかなりに上る。
男の子では半数以上がそうだ。
アドロスの広場などで腹一杯食っていたのが、皆冒険者だったのを見ていたのだ。
彼らにしてみれば、それは一体どれだけ羨ましかった事だろうか。
当時、彼ら年長組が面倒を見ていた他のチビ達もその中にいる。
冒険者の街なので冒険者の羽振りがいいのは当たり前なのだが、その憧憬はわからなくもない。
子供の頃に受けた貧困と飢えの記憶はそう簡単に消える事はない。
たとえ後に大富豪になったとて消えはしない魂の傷跡なのだ。
子供達のために、いつかはやらなければならないだろう「冒険者実習」。
冒険者稼業は危険が段違いだ。
そういう仕事をしなくて済むように、あれこれと勉強が出来るシステムを作ったのだが、子供達それぞれに適性とか希望とかが色々ある。
常々、進路適性などの資料も作ってはきたものの、案外と冒険者向きの奴が多いのは獣人の定めだろうか。
あと、やはり腕一本で稼げるのは魅力なのだろう。
なにしろ、この園長先生たる俺自身の軌跡がなあ。
その辺の事に関しては、学園の先生方や冒険者ギルドの連中とも話し合った。
いくら可愛くても、ずっと手元にはおいておけない。
雛はいつか成長し巣立っていくのだから。
おそらくは多くの者が迷宮や荒野へと向かう事だろう。
手元にいる間に出来るだけの事はやっておきたい。
だが、うちのおチビな連中には、まだ冒険者修行は早すぎる。
とはいえ、それでも安全を確保した体験学習はあっても悪くない。
王侯貴族が通う王都学園における少々過激な課外授業なども行っているくらいなのだから。
そういう考えはずっと持っていた。
これまでに必要な議論はしてきたつもりだ。
こういう自然な成り行きに任せて、少しずつ具合を見ていくのもよかろう。
「どうだ、二人とも。
アドロスの迷宮で昆虫採集をしないか?」
俺の提案に、ミミ付きの雛どもは即決で乗った。
「「行くーっ」」
まず二人を王都の店に連れていって、色々と試していった。
武器・防具・装備などを。
付き添いはエドだ。
彼が行なっていたチーム運営の手腕には、俺は甚く感心している。
俺は彼に著書を出す事を勧め、アルバ冒険者ギルドと同商業ギルドの協賛、そしてグランバースト公爵家の後援で出版を予定している。
出来上がった本は各地の冒険者ギルドへも配布する予定だ。
もう実質的に冒険者は引退したに等しい彼である。
執筆に必要な時間は取らせよう。
警備関係はロイスもいるのだし、なんとかなるだろう。
必要なら冒険者ギルドから応援を貰えばいい。
もう印刷機はあるんだしな。
俺が新スキルを用いて作成したのだ。
この世界には状態保存の魔法があるから、紙の本でもかなり長持ちするだろう。
色々な店を回り、御狐二人組はドキドキしながらあれこれを試着していった。
それらの様子や店員の助言、エドの講評などは記録に収め、冒険者ギルドにおける新人教育資料に使おうと考えている。
ギルマス・アーモンからも、稀人目線によるそういう資料作りを頼まれているのだ。
最終的に連れていったゴブソンの店の親父は、二人の様子に目を細め、そして自ら選び抜いた武器を見せてくれた。
色々と指導も熱心にしてくれ、ついに異世界小学生冒険者(格好だけ)が完成した。
それでも大興奮のケモミミ冒険者気分なのだった。
子供用に調整された軽装の革鎧(強化済みウサギ皮)、それとケモミミ対応可能なタイプの瘤付きヘルム。
そして可愛らしいベルトとブーツ。
デザインの可愛い鉄の剣(子供用)。
貴族の子供のパワーレベリング用にそういう物も販売しているらしい。
全体的になんとなく、もふもふ感が増している。
可愛いぜ!
背嚢は地球デザインの冒険者風リュックで、その中身は御弁当とおやつだ。
アドロスのダンジョンには久しぶりに来たような気がする。
あ、そんな事ないわ。
裏迷宮探索には来ていた。
とはいえ、こうやってダンジョンで普通に魔物狩りをやるという事自体が今となっては非常に新鮮だ。
今はもう領主として管理する側に回っているのだ。
もちろん子供達には、ちゃんとバリヤーを張ってあるし、他の冒険者さんに会ったら元気に御挨拶させる。
「「ちーす」」
最初は何事かと思った冒険者達も、なんとなく理解してくれたようで、見守るような生暖かい笑顔が返ってくる。
彼らの脳裏には、新人時代の己の姿が浮かび上がってきたのではないだろうか。
二階の終わりにはスライムが降ってきたので、あっさりと避けながら二人とも大騒ぎする。
「エディ!
そっちに一匹いるよ」
「トーヤ、後ろにもう一匹~」
そういや、俺もやったなあ。
しかし俊敏な獣人の子は、俺みたいに間抜けに食いつかれたりなどしていなかった。
この辺りは狭い洞窟だ。
縦横共に三~四メートル幅くらいだろうか。
たいして高さのないゾーンなので、そこでスライム雨が降るから非常に性質がよくない。
ガツンガツンガツンと、落ちてきたスライムのコアを可愛い剣で叩いて、二人でやっつけてしまった。
二人とも実に要領がいい。
俺みたいにバリヤーの上から食いつかれてしまうような事すらない。
その楽しそうな様子があまりに可愛いので、俺は写真撮影に専念した。
こういうものは、主に御父さんのために必要なのだ。
いつか、この可愛い雛達も巣立ちの時を迎えるのだから。
一~三階には昆虫系魔物はいないので適当にあしらう。
そして四階の蜂ゾーンへとやってきた。
ここは蜂が飛び交うので高さ五メートルくらいはある。
本来なら子供なんかは危なくて絶対に連れてこられない場所なのだ。
エリの奴め、人族の女の子がよくこんな危険なところで仕事をしていやがったもんだな。
当時はまだ十歳だったのに。
まあ終いにはスライムには食われていたわけだが。
ははは、あの頃が懐かしいぜ。
今では立派な大師様だ。
子供達は、アイテムボックスから取り出した昆虫採集用の網で必死に蜂を追い回す。
蜂も本能的にその危険さを理解しているようで、騒々しく逃げ回っているようだ。
通常なら逆なんだが、まあいいか。
大きめの網なので大型の蜂もスッポリと入ってしまったりするが、蜂は力が強くて二人がかりでも引っ張り回されたり、ちょっと体が浮いてしまったりしている。
いいな、あれは楽しそうだ。
「エディ、早く早く。
電撃スイッチ押して!」
そう、これは魔物昆虫採集用に作った、強力電撃殺虫網だ。
アルフォンス商会で販売してもいいかもしれないな。
他の冒険者が見たら呆れ返るような代物だが、バリヤーで守ってさえおけば、子供でも楽しく殺人蜂の採集が出来る。
網全体に激しく紫電が走り、蜂は丸まって息絶えた。
二人はいそいそと、また標本作りに励んだ。
魔物溢れる迷宮の中で、でかい標本箱とPCセットを広げているのは、ちょっと異様な風景だ。
通りすがりに思わず振り返る冒険者もいる。
ミスリルのナイフを突き立てて、上手に魔石を抜いて横に並べて標本にしてある。
これは冒険者ギルドに展示してもいいほどの出来栄えだった。
どうせなら複数狩っておくかな。
この蜂も集団で襲ってくるため、駆け出しの初心者にとっては非常に手強い相手なのだ。
スライムレインと並んで、上層において初心者には少々厳しめの相手だった。
とてもじゃないが、ソロ討伐では解毒用のポーションと命が幾らあっても足りない。
冒険者ギルドのロビーにもこいつの標本を展示し、対応策を表示しておくのも悪くない。
次は七階の「蜘蛛」だ。
すぐに全長一メートルほどの標準サイズが見つかった。
蜘蛛は昆虫ではないのだが、まあ標本にするにはいい感じだ。
なんというかこう、理科室に飾っておくと大変見栄えが良い感じだ。
子供達は体表面に張られたバリヤーに守られて、獲物に向かってにじり寄っていく。
蜘蛛も本能的に恐怖を感じたものか、じりじりと下がっていく。
そして後ろの壁にぶつかって止まり、ハッとする蜘蛛。
その隙を御稲荷ブラザーズは見逃さなかった。
二本の網を頭に被せられて電光を浴び、魔物蜘蛛は息絶えた。
さらに続けて狩っておく。
続く道中では、子供達が蛇やトカゲを獲りたがったが、今回の趣旨とは外れるので今日は見学だけだ。
俺が蛇やトカゲをキュッと締めて行くのを、うずうずしながら見ている。
なんか、鶏の締め方の講習みたいだ。
この世界の子供にとって敵対してくる魔物は倒さねばならないものなのであって、哀れみをかけたりはしない。
プリティドッグなんかはまた別の話だ。
俺は日本では鶏すら絞めた事も無い。
まあ大概の日本人がそうだよな。
心ならずも金魚やカブトムシは毎回全滅させてしまったがなあ。
いつの間にか飼わなくなったし。
八階では、二人が大網を振り回しながら蝙蝠を追いかけて、もう夢中だ。
逃げ回るでかい魔物蝙蝠を、子供が網を持って追い回す風景は異様だ。
ここでも彼らは冒険者からの注目を浴びてしまった。
だから、それは昆虫じゃないってば。
遺伝子的には比較的人間とも共通項が多いと言われる哺乳類だぞ。
一見してそうは見えないけど、一応は「おっぱい」がある生き物なんだからな。
まあ、いいけどな。
昆虫採集というよりも、もう魔物採集になってきた。
あまり歩かせると二人の電池が切れるので、ところどころ転移しながらショートカットしていく。
九階では、でかい蠍が二匹出た。
ここからはEランクのゾーンだ。
並の剣で倒すのがやや困難なもの、あるいはFランクと比べて少々厄介なものがEランクに指定されている。
九階では、わさわさと蠍が沸いてこられるように、幅十メートルくらいと横に広めな設定になっている。
うっかりと、こいつらに囲まれて雪隠攻めにされたら悲惨以外の何物でもない。
ルーキーは絶対に、こんなところへいきなり来てはいけないのだが、それでも来てしまう奴っていうのはいるもんだ。
そして今がまさにその時だ!
「おーたーすーけー!!」
そんな叫び声が聞こえてきた。




