62-6 悠久の田植え
ファルが御腹いっぱいにおやつを詰め込んだ頃、俺達は出発する事にした。
四十一階は、なんと田植えの真っ最中だった。
なんでだよと思ったが、何故か日本の農家の人から大きな箱に入った苗をどっさりと渡されてしまった。
「はい、これ兄ちゃん達のノルマねえ」
仕方がないので、俺達は田植えを体験する事になった。
ここって、どうやら課題をクリヤしないと次に行けないらしい。
真理が嫌そうな顔で、昔聞いた話からそう推察してくれた。
ファルは大喜びで植えて回っていた。
これは俺宛の嫌がらせか?
膝や腰に来るから、この手の座り仕事は苦手なんだよね。
俺はバイク事故のせいで膝が悪かったのだ。
特に座ったままで少しずつ移動するようなパターンが一番駄目だ。
工場の定常でない仕事で、そういう物があって思いっきり閉口したもんだ。
またしても俺の頭の中から嫌がらせのネタを見つけて来たものらしい。
田植えは初体験だな。
日本に居た頃だって、こんな田植えなんてやった事はないっていうのに。
今時は、「両隣の家まで六百メートルから一キロメートルはある」まるで秘境みたいな場所にある親父の在所の田んぼだって田植え機を使っているわい。
愛知県はド田舎だから、そういう場所もザラにある。
足助街道沿いなんて、もっと酷いんじゃないか?
西尾なんかも昔は田んぼばっかりだったから、そういうところも多かったんじゃないか?
あそこは矢作川があって、また海抜三メートルとかの平べったい土地が延々と広がっていたから稲作にはぴったりだったしな。
十分な工業用水があり、また平坦地が多かったせいなのか今ではトヨタグループ系の会社の工場が多くあるから、田んぼと同じくらい家だらけになっているが、ネットの地図で写真をよく見ると全ての道が元は「田んぼの区画」になっているのがよくわかる。
よかったなあ。
あんなところを全部田植えするんじゃなくて。
箱一杯の苗を植え終えてノルマを終え、俺は立ち上がって腰をトントンしていると、その先にまた別の農家のおばちゃん達が立ちはだかって、素晴らしい笑顔で新しい苗の入った箱を渡してくれる。
そういう事か。
これこそアドミンの本領発揮だな。
ファルはもう飽きてしまったらしく、トンボさんを追っかけていた。
あれはオニヤンマか?
俺も子供の頃は、よく捕虫網を持って追いかけていた奴だな。
あの目が綺麗で、また体も大きかったので、小学生だった頃の俺の大の御気に入りだった。
親父の在所には小川も有って、トンボなんて大量に飛んでいたので捕まえ放題だった。
ファルさんや、せっかくの田んぼなんだ。
メダカさんやゲンゴロウさんなんかもおりまするぞ。
最近は現実の日本ではメダカもほぼ絶滅したみたいだが。
あんなものは、俺達が子供時分には田んぼに山ほどいて誰も見向きもしなかったがなあ。
昔は田んぼをたくさん持っていた親父の在所で色々と遊んだもんだが。
お、でっかい蛙の卵を発見。
たぶんトノサマガエルか何かだな。
こんな物、久しぶりに見たわ。
小学生の頃は学校の裏山あたりの田んぼでも、よく見かけたもんだ。
長い、本当に長い間、悠久の時を田んぼで田植えして過ごした俺達は、四十二階へ行く前にキャンプを張る事にした。
もう、こんな時間かよ!
どれだけ植えたんだ……。
出来れば、ちゃんと収穫期にも呼んでくれよ。
これもタイムアウト狙いのトラップなのか?
日本の農村っぽい風景が夕焼けで真っ赤になり、とても懐かしい気持ちが湧き上がってくる。
シルにもこの風景を見せてやりたかったな。
さすがに、こんなダンジョンへ彼女を連れてくるわけにはいかんのだが、まあ見るのなら本物の日本で一緒に。
とりあえず映像だけは撮っておいた。
ベル君は、もうバテバテだ。
へたりこんでキャンプ用のローチェアーに座り込んでいる。
いい感じのブートキャンプになっているようだ。
まあ、この先の事を考えれば、これも悪くはない経験なのかもしれないな。
「おい、大丈夫か。
今から飯の仕度をするから、よく食っておけよ」
「うーす」
何気に返事も体育会系になりつつあるな。
ゴーレム達が、あちこちでBBQコンロに火を入れ出した。
こいつらは俺とは違い炭の並べ方も完璧だ。
日頃から結構嗜んでいるらしい。
特に訓練をやらなくても、さっさと準備してくれる。
まあ一人が何かやっていれば、情報をリンクして全員が出来てしまう連中なのだが。
先に、火を起こした焚き火台で炙ったハムとかを持ってきてくれる。
ファルが、がっつりと熱々の厚切りハムに齧り付くのを横目で睨みながら、俺はビールを頂いた。
どうせ今回も一筋縄ではいかないのだ。
ドンと構える事にした。
ベル君は、へたりこんだまま斉藤ちゃんに「あーん」をしてもらっている。
なんか皿の上に異様に野菜が多い気がするな。
肉を食え、肉を。
神聖エリオン様を見習えや。
ファルは、串にぶっ刺さった大盛りの肉に夢中で齧りついている。
人化した状態だと、その成長具合がよくわからないのだが、本体はそれなりに大きくなっているんじゃないか?
最初は本当にちっさかったのにな。
タマゴから生まれた時は、合わせた両の掌に余裕で乗ってしまうほどだった。
今日は真理も楽しむ事にしたようで、ちゃんと御飯を食べていた。
今回は強化をかけたコテージを使う事にした。
何気に布一枚のテントなんかは、この怪物がはびこるような異世界では心理的に使いづらい。
地球でもテントの周りを熊がうろうろするような事があるらしい。
食い物を外に出しっぱなしにしちゃあいかんよな。
熊以外の野生動物も残飯とか漁りに来るし。
まるでオーストラリアで、巨大な怪獣サイズのクロコダイルの生息地にてキャンプするかの如くの心境さ。
ここは魔法も使えないのが更に心許ない。
夏休みに実施する予定の臨海学校か林間学校ではテントを使おうかな。
そして全員が無事に朝を迎えられた。
ゴーレムが一人ずついなくなるような展開もなかったし、「ダンジョンの怪談」的な何かも起きたりはしなかった。
というか魔物一匹いやしねえしな。
もしかしたら、アレか?
他人には死ぬほど警戒させておきながら、本人は夜しっかりと休む主義とか。
あの野郎なら充分に有り得るな。
そして翌日のアドロス裏ダンジョン四十二階。
なんとそこはあるのは、普通にダンジョンというか洞窟というかそういうものだった。
こういう時に、チームエドのデニスなんかだと何かわかるものなのか?
今度、裏ダンジョンへ彼も誘ってみるかな。
プロのシーフによる見解も聞いてみたいもんだ。
疑心暗鬼な気分で一歩一歩用心して進んだが、そのまま普通に四十三階へ着いてしまった。
やられた。
これって、嵌まると一番楽しいパターンじゃね。
あいつの性格が滲み出ているよな。
えーい、忌々しい。
俺は肩を怒らせて歩き出した。
そして、うっかりとそれを踏んでしまった。
足元でカチっとスイッチを押したような音がした。
「あ」
しまった。
間抜けにも擬態トラップに引っかかってしまったようだ。
もう、ちょっと気を抜くとこれだもんな。
このトラップを仕掛けるために、さっきの階層ではここで油断させるよう何もなかったのだろう。
というわけで、ただいま俺達は絶賛奈落の底へ落下中だ。
足元が一気に崩れ去ったのだ。
物凄い勢いで崩れ、下方へ押し流されるような風が猛威を奮った。
それはもう遥か下まで徹底的に崩れていったようだ。
「悪い。今トラップを踏んだの俺だわ」
「そ、それはいいんですけど、上から瓦礫の山がああ」
下向きのまま落下していく風圧で凄い顔をして叫ぶベル君。
エア噴射で減速しながらもフリーフォールの真っ最中だ。
顔が下を向いたまま落ちているから、かなり迫力のあるアトラクションになっているようだ。
いきなりズドンっと落ちたので、勢いがついていて猛烈な風にも吹き飛ばされた。
エア噴射による減速が追いついていないようだ。
俺は眼前に迫ってくる巨大な岩を、空気を足場に踏ん張って殴り飛ばした。
ゴーレム達は、崩れ去る足場を蹴って次々と岩などを乗り換えて空中サーカスを楽しんでいた。
真理はファルを抱っこしながら、余裕の落下中ダンスの最中だ。
なかなか軽やかなステップだなと観察するだけの余禄は俺にもあった。
そんな物は欠片もないベル君が俺の担当だ。
「まあ、茶でも一杯どう?」
俺はペットボトルのお茶を差し出してみた。
「遠慮しておきまーす。
うわあ、底が見えた~。
もうお終いだあ」
「下へまいりまーす」
いよいよ書籍が明日発売です。もう書店様に並んでいるところもあるかもしれませんね。
トラックさんが今一生懸命運んでくれているところかもしれません。
小説になろうでトラックと書くと、【トラック転生】を思い浮かべてしまう私は、ちょっと毒されているのかもしれません。
(この文は7/7以前に書かれています)
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