57-8 シルベスター騎兵団
「ふう、やれやれ」
転移魔法でこそこそと自室に戻ったミハエルが息を吐いた。
こっちまで思わずこそこそして息を溜めてしまったじゃないか。
こんなにこそこそしたのは、この世界に初めて来た頃以来じゃないか?
「一体、なんでまたこんなに、こそこそとせにゃあならんのだ?」
「まあな。
別にこそこそしなくても、いいっちゃあいいんだが。
いや、王宮には小煩い連中もいるのさ。
またこれが厄介な連中で、敵に回すと仕事がやりにくくて敵わない」
疾風の王子様はコーヒーを啜りながら渋い顔で話し始めた。
「具体的に言うと?」
「まず、東と南の公爵家だな。
別に彼らがバイトンみたいに悪党なわけじゃないが、王家にも口煩い事を言ってくる。
そういう風にさせたのが初代国王なのだから、これは仕方がないのだがな。
ちなみに北の公爵家だけはそんな事はない。
当主がベルベットの親父さんだからな。
あの人はそんな事でぐちぐち言ったりはしない。
後は侯爵家の連中あたりか。
おかしな家はそうそう無いのだが、成り上がり者の冒険者が由緒正しい出自である自分達を飛び越えていきなり公爵というのは、内心では皆一様に気に入らんのだろう。
まあそいつばかりは無理もない」
「そんな事を言ったら、初代国王はどうなるんだ?
俺とそう変わらんぞ。
色々とやらかすところまで」
この王都の作りをみれば、他にもありそうだと容易に想像がつく。
そもそも同じ日本人なのだし。
「確かに、それはそうなんだろうさ。
だが初代国王は、この国で尊敬されているから話は別だな。
ただ、彼らも皆この国を思う人士であるので、それがまた余計始末に困る。
連中から因縁をつけられるかもしれないが、頼むからぶっとばしたりしないでくれ」
やれやれ。
うっかりと本物の公爵なんぞに収まったら途端にこれかよ。
結構、みんなが欲しいポジションだったのかなあ。
それなら、ぶっとばす代わりに危ない花弁でもくれてやろう。
連中が公爵になった素敵な夢でも見られるといいな。
「ところで、騎兵団なるものを御披露すると言っていたな。
そっちの方は大丈夫なのか?」
ミハエルは、やや眉を曇らせながら値踏みするような感じで訊いてくる。
そこでまた文を付けられたら堪らんと思っているのだろう。
「まあ俺の世界にある物を参考にして編成しているから、それなりに大丈夫じゃないかな」
「そうか」
「それで、他には?」
「やっぱり家だな。
どこに住む?
早急にシルに相応しい家を用意してくれ。
そのあたりの話を揶揄する連中が多くてな。
父もお前に対する反発の大きさに驚いているよ。
まあケチがついているのは、その他にも理由があるわけだが」
へ、ミハエルよ。
俺が貴族殺しと呼ばれていたのを忘れたのか?
貴族連中からは絶対に好かれちゃいないと思うぜ。
昨日もシルを園長室で寝かせちまったしなあ。
そっちの対応だけは急がないとまずそうだ。
「家はロドスやシルと相談して決めるよ。
やはりケモミミ園から離れられないし。
個人的には、アドロスに離宮を造ろうかと思っている」
「わかった。そっちはなるべく早めに頼むぞ」
うーん、今デザインでちょっと迷っているんだよな。
ま、取り急ぎで体裁を整えるためだけに突貫で作ってみるか。
駄目なら後で作り直しだ。
俺はそういう有り得ないような事を平気で実現出来るから強い。
「とりあえず、騎兵団の具合を見てみるか。
昼までには戻る」
「ああ、頼んだぞ」
俺はガラスの園へ転移して近藤を呼び出した。
もう追加の百万体ものゴーレムは作り終えている。
そいつらは既に幕末頃の雰囲気を纏った洋装の兵団としてズラリと待機していた。
「では、魔王様。
訓練を御覧にいれます」
「あ、その呼び方はやめてくれ。
人前では公爵閣下あたりにしてくれ。
今、王宮とかで俺に反発するムードが酷くてね」
「そうですか。
では公爵閣下、とくと御覧あれ」
新撰組がいた頃と時代は違うのだが、こいつから公爵と呼ばれると、昔の日本の公爵とかが連想されるな。
あの鹿鳴館の時代の奴だ。
だから西洋の貴族階級なども日本語では公爵というのだから。
そして俺はシルベスター騎兵団を観覧した。
ほぼ俺が希望していた通りの内容で満足出来る内容だった。
うん、御見事。
これならいけるんじゃねえ?
色々なパターンをやってもらって、あと服装なんかの手直しも少しして、一度王宮へ戻る事とした。
予定通り、昼食前に王族ゾーンへ辿り着いた。
王族の集まる食堂へと赴いたが、なんと先客がいた。
あ、雰囲気からして他の公爵っぽいな。
そもそも王家のプライベートの食事処にいるのだから、まず血族なのであろう。
ベルベット嬢もいたが、妙に態度がよそよそしいので、おそらく彼は東か南の公爵だな。
しまったあ。
「これは、これは。
今、噂の的であられる魔王公爵様ではござらぬか。
これはいいところへ」
チラっと陛下を見たが、苦虫を噛み潰したような顔だ。
「いえいえ、特に大した用向きで来た訳ではありませんので。
陛下、これ落し物です。
では拙者はこれにて」
俺は失礼にならぬ程度に大仰で丁寧な礼をしてから転移魔法でドロンと消えた。
すぐそこの物影に。
そしてインビジブルその他で気配を完全に消して、隅っこに舞い戻ってきた。
シルにだけは近寄って、肩をちょんちょんして存在をアピールしておいた。
彼女は苦笑いをして俺の手を握り、指を絡めながら「大丈夫だから」という感じに力を込めてくれた。
「まったく、なんという男か。
せっかくこの私が話しかけたというのに。
これだから成り上がり者は困る」
そいつは半分白くなったカイゼル髭を怒らせながら、俺について文句を付けていた。
「まあまあ、ローゼンバーグ公爵。
あれも悪気は無いのじゃ。
誰だって初めから上手くは出来ないでしょうからのう」
「ふん、どうだか。
陛下もあのような輩を王家に迎え入れるとは」
彼も陛下の方を軽く睨みながら、まだぶつくさ言っていた。
「まあ、なんだかんだ言って、あれは上手くやってくれておりますわい。
十三か国の方も波風を最小限に留める感じに上手く往なしてくれたようですしの。
まだ大物が残っておりますがな」
陛下がそう宥めるように言ってくれていた。
ふむ、ローゼンバーグ公爵か。
確か東門を預かる、気骨の人と言われる公爵だな。
さしずめ、青龍将軍ってところか。
国を思う気持ちはとても強いようだ。
そういう人を敵に回したくはないものだな。
彼に対する御機嫌取りの方法は、後でこっそりと陛下に訊いておこう。
「ふむ。
してゲルスの件でありますが、あれは要注意ですぞ、陛下。
何かが、計り知れぬ何かがあるような気がする。
元々の国家であるアル・グランド王国は、このアルバトロス成立以前よりあった古の国。
あの国には、なんとも言えない不気味さがある。
決して、このままでは済みますまい。
今は敵同盟の数の優位こそ崩したものの、何か予想もつかぬ手立てを練っておるのに違いない」
いやおっさん、気が合うね。
こいつはちょっと驚きだぜ。
あんたも伊達に公爵なんかはやっていないね。
そうさ。
この俺が、どうにも嫌な感じが拭い去れないのさ。
なんていうかね。
ある日突然何の前触れもなく、地下鉄にサリンが撒かれて全世界を驚愕させるような大惨事が勃発する。
何かそれに近いような危険な物を感じている。
騎兵団をあそこまでの規模でやるのは、そういう意味もあるのだ。
牽制のための予防措置っていう奴だな。
ベルンシュタインの時のように敵方に通じている奴がいないとも限らん。
他にもとっておきは今回の観覧式でも出す予定だ。




