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55-9 一番大事な事

 俺達二人は海を見ていた。

 ただ、どこまでも広く果てしなく広がっている異世界の大海原を。


「公爵殿、この船はどこに向かっているのかね?」


「さあ、船の運航はうちの子に任せきりなのでね。

 御望みならば、七つの海を共に参りますか」


 この世界の海は幾つある事になっているのかな。

 今度シドにでも聞いてみようか。


 そして提督は突然堰を切ったかのように笑い出した。


「ふっふ、ふふ、はははは。

 御主は本当に面白いのお。

 只の暴れん坊と聞き及んでいたが、なかなかにな。

 して、我が国はこれからどうなる?」


 提督は厳つい髭を生やした顔で楽しげに一通り笑うと、そう切り出してきた。


「えー、お国はどちらで?

 船に乗っておられるから沿岸国のどこかかなと思うのですが」


「バーグ王国だ。

 今はしがない小国であるが、かつてはこの大陸で名を馳せた大王国で、その当時の王がベンノハイム家だった」


 彼は、かつての先祖の偉業に思いを馳せるかのように目を細め、遠く水平線へ向けて視線を投げかけた。

 大海原を駆けた祖先の姿を追うかの如くに。


「まあ、どうにもなりやしませんよ?

【戦争は起きませんでした】

 兵士は『いい夢』を見て帰りましたとさ。

 提督も兵達も頑張った事ですし、御国の面子も充分に立った事でしょう。

 そして誰も死んでいませんよ。

 特に何か問題でも?」


 提督は一瞬ボケっとしたような顔だったが、すぐに咳を一つして。


「そうか、そうだったな。

 いや、グランバースト公爵には要らない世話を御掛けしてしまったようだ」


「いえいえ、中々楽しかったですよ。

 あなたのように高潔な人士に御会い出来て本当によかった。

 申し訳ありませんが、全ての決着が着くまで、今しばらくの間は当艦に御滞在ください。

 何か御要望がございましたら、遠慮なく部下に御申し付けください。


 接収した船は全て後で御返しいたします。

 壊れた船も私の力で綺麗に修復済みですので。

 ただ、ここを離れたくなくて少々駄々を捏ねるような貴方の部下がいそうですが。

 まあ、それに関しましては貴方に御任せしますよ」


 あの幸せな過去の夢から醒めたくない奴がきっといる。

 そいつも結構な数がいるのかもな。

 そして提督は苦笑いし、俺達は熱く握手を交わして別れた。



 そして俺は陸へと戻る事にする。

 転移魔法で奴らからよく見える辺りに出現し、真っ赤っかでド派手な格好で空から舞い降りた。


 陸の方も綺麗に片付いたと思われる。

 後続部隊の欠片も見えない。

 国境からこちらでは、可愛いウサギさんが一匹跳ねているだけだ。


 俺は、国境付近に残る彼ら十三か国連合軍の後方部隊の前へ舞い降りると、どっしりと歩み寄った。

 俺は威風堂々とした爆炎スタイルなのだ。

 さすがに軍の連中が見間違えたりはすまい。


 彼らは驚き身構えていたが、俺が戦闘態勢に無い事はすぐに見てとったようだ。

 戦闘部隊が何処かへと消えたのを見ていたから、その様を見ただけで聡い者は全てが『始まる前に終わった』事を理解しただろう。


「やあ、親愛なる十三か国連合軍の諸君。

 我がグランバースト公爵家の縄張りである、このケモミミハイム王国に何か御用かね?」


 すると、そこの指揮官は前に進み出て、やや険しい顔で詰問する。

 その些か尖ったような印象を受ける、しゃちほこばったような特徴を有した威厳のある形式の灰色の軍服は、確かボルトン王国の軍装だ。


「貴様、アルバトロスの魔王か。

 うちの軍の連中をどうした?」


「丁重におもてなししておいたが。

 そのうち気が向いたら帰ってくれるんじゃないか?」


 俺の微妙な言い回しに、相手はなんとも言えないような顔をした。


「我らは既に敗北したと?」


「まさか。

 俺達はまだ戦ってすらいないよ。

 そもそも、うちの兵隊なんかここへ呼んですらいないわ。

 そんな状況なんだけど、あんたの独断で勝ち目のない戦争を始めるかい?

 俺はそれでも構わないけどね」


 彼は唇を噛み締めた。

 伊達に軍服が勲章だらけで階級が高いのではない。

 馬鹿ではないのだ。


 戦争を決めたのは国の御偉方達だ。

 彼は現場の軍人の総大将に過ぎない。

 それも前線を支援する後方部隊の。

 それから彼はくるりと向きを変えると、大声で指令を出した。


「総員帰還」


 すると、副官らしいマウテニアの徽章を付けた藍色の軍服を着た男が噛み付いた。


「ロンデス将軍!

 戦わずして国へ帰るというのか。

 それで国の御偉方が納得するとでも」


 まあ、そいつが言っている事は正しいんだけれども。


「メルトン将軍。

 それでは我々後方部隊だけで、そこにいるアドロスの魔王と戦ってみせるというのかね。

 たった一人で我々の前線部隊の大軍を打ち負かしただろう男と。

 いや彼奴めは、我らの軍勢を打ち負かしてすらいまいよ。

 我々は戦わずして負けたのだ。

 軍人として、幾多の称号持ちの魔王に挑む栄誉すら与えられなかった。


 それに、あれは真っ当な相手ではない。

 我々の知る戦いをする者ではない、我らが想像する事さえ出来ぬような奇天烈な考えを持つ異世界人なのだ。

 そもそも奴は軍人ですらないのだからな。

 アルバトロス王国の、あの初代国王と同じ、いやそれ以上に性質(たち)が悪い稀人なのだから」


 あ、久しぶりに言われちゃった。

 じゃあ、ここは一つ、その御期待に応えようかな。


「にいいーしー、キ○コの山~。

 ひがあしー、竹○子の里~」


 俺の呼び出しに応じて現れたのは、もちろん巨大な大横綱達だ。

 続けて更に呼び出す。


「きいた~、魔素の海~。

 みなあみ~、夢幻花~」


 日本は今、四横綱時代なのだ。

 最後の奴は塩の代わりに、例の危ない花弁を撒いている。

 相撲の呼び出しは東西南北じゃないと思うけど、まあいいか。


 濃ゆい顔をしたあんこ型巨大ゴーレムどもが、ズシンズシンと大音響と衝撃を御伴に、猛然と軍勢を追い立てる。


 所詮こいつらは後方部隊に過ぎないのだ。

 うちの超巨大で無敵な大横綱達に敵うはずがねえ。

 さっき勇ましい事を言っていた副官の将軍が真っ先に逃げ出していた。

 くっくっく、ざまあないな。


 だが、逃げる兵士達は撒き散らされた花弁によって次々と餌食になっていき、あっという間に恍惚の表情になっていく。

 そして、追いつかれた副官もすぐにその軍門に下った。


 だが、指揮官の将軍だけは残しておいた。

 異世界の五月病じゃないのだが、後片付けをしてくれる人を残しておかないと面倒だからな。

 そして俺は、少しは話のわかりそうな指揮官の彼を呼び止めて、ある物を渡した。


「将軍閣下、少々御待ちを。

 あー、毎度御世話になります。

 アルフォンス商会会頭のアルフォンスです。

 あの、これ宜しかったらどうぞ。

 うちの商会のカタログです。

 一応マリノ王国とかで頼むと商品を取り寄せてくれると思いますので。

 大海運国であるホープ王国で頼んでみてもよいかもしれませんね。

 手前味噌ではありますが、中々いい品物が揃っていますので御一考ください。

 あ、これ私の名刺です」


 俺は名刺の束を彼に渡した。

 例のケモミミハイムのタヌキミミ大使閣下から頂いた密書の写しは二通あったという話だ。


 さすがに、そのロンデス将軍とやらも即座に二国の裏切りを理解して渋い顔をしたのだが、五か国の侵攻積極派の国の中でも、戦後には逆に目聡く俺に靡(なび)くような機転の利くようなやり手の御偉方もいるはずなのだ。


 現場の指揮官に過ぎない彼が独断で受取りの可否を決めていい案件ではない。

 これは軍人としての彼が『任務として』持ち帰らねばならない大切な物なのだ。

 敗軍の将たる彼も潔く諦めて、十三冊分の分厚いカタログの入ったズッシリと重い丈夫なビニールバッグを二つ受け取ってくれた。


 袋の側面には【商売繁盛】とこちらの世界の言葉で書かれている。

 この大陸にもロス大陸と同じように別の大陸共通語があるので、敢えてそちらで書いてあるのだ。

 どうよ、この繊細な気配りはよ。

 偉い連中ならば、それだけで俺の商売っ気を汲み取って、自分のための金勘定を始めるのに相違あるまい。


 メルス北方の大国二つは、もっぱらロス大陸共通語を好んで使うようだ。

 そういう言語的な区分けも、今回の騒動においては境目となる事もあるのではないか。

 いわゆる「○○語話者」っていう奴だな。


「わかりました。

 よく伝えておきます。

 このような事態において、あなたが出てくる事など最初からわかっているのに。

 半端に妙な欲を出した上の連中にも困ったものです。

 我々現場の軍人は、こんな無謀な戦いなど端から気が進まなかったのですが。

 やれやれ、これまた見事に予想通りの結末となったものですなあ」


 うわあ、御宮仕えは辛いな~。

 将軍閣下、大変御疲れ様。


「ははは、そういう事はどこも似たようなもんなんでしょうなあ。

 時に将軍、この辺りで外国人が御土産を買うのなら何が宜しいので?

 特に子供向けの物が希望なのですが」


 これが一番大事な事だったりする。

 これ無くして俺は帰るわけにはいかないのだ。

 だって俺は幼稚園の園長先生なんだからなあ。

 今は小学校の校長先生にもなったのだ。

 口を開けて待っている雛がたくさんいるんだぜ。


「それならですね……」


 ロンデス将軍はやや諦めの入り混じった口調で、この界隈で人気の御土産について色々と解説をしてくれた。


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敗軍の将に「子供のお土産」を聞く魔王様(*´▽`*)
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