51-2 真理誕生秘話
せっかくなので、もう一人話を聞きに行く事にした。
言わずと知れた、いつも御贔屓にしている物知り爺さんのところへ。
「おーい、バルドス~」
あれ、いないのかな。
神社というか、そこの住居へ行ってみた。
「あら、アルフォンスさん。
どうかなさいまして?」
ジェニーちゃんの御母さんが引き戸を開けて現れた。
この神社は無駄に日本っぽい。
俺が異世界へ来るまでは、この世界で一番日本っぽい感じの場所だったのではなかろうか。
所在する場所自体は、まるで中国の深山幽谷を思わせるような場所なのであるが
まあ、それだって欧州から見た東方を指す言葉である「オリエンタル」の内には入っているかな。
「ちょっとバルドスの爺に聞きたい事があって」
「あの二人なら、裏山で修行しているわよ」
俺は、二頭の巨大なエンシェントドラゴン同士の激しい取っ組み合いとかを想像してしまった。
その場合にジェニーちゃんは、どっちを応援するんだろうか。
教わった通りに山道を歩いていくと、永遠へと続く飛沫の輪廻を刻む激しい滝の音がした。
ジェニーちゃんが何か叫んでいるのが聞こえる。
やがて俺の目の前に現れたのは、白い修行着を来て滝に打たれているバルドスと息子の竜男だった。
ズルっ。
こいつはまさに『修行』そのものじゃないか。
滝行だな。
「御爺ちゃん、頑張れ~。
御父さんもー」
可愛い孫の声援を受けて御満悦なのは、いつもの事だろう。
「む、アルか。どうした?
よかったら一緒に滝に打たれてみんか」
魔法使いとしては、魔力循環の鍛練としてこれをやったら大変に有益そうなのだが、今日はそんな話題のために来た訳じゃない。
「またにしとくよ。
それよか、この子を見てくれよ」
子猫は二人を見て人間じゃない事がわかるらしい。
ただ、じーっと見つめていた。
だが特に怯える風でもない。
むしろ、いきなり後ろから放り込まれた緑色の胡瓜の方がビビるんじゃないだろうか。
ある意味で天敵ともいえるヘビと間違えるらしい。
それも、まだ経験の浅い子猫には関係ないかな?
それとも、そういう事も先祖の猫達の経験が遺伝子に深く刻まれていたりするものだろうか。
「ほお。
こいつは地球、お前達の世界から来た生き物か」
「親父、猫くらいこの世界にもいるぜ。
猫はこの辺には、あまりいないけどな」
やっぱりそうなのかー。
確かに猫は見ないんだよな~。
残念だ。
ネコミミを生やした可愛いものなら、うちにも大勢いるのだが。
「レインにも聞いたんだけど、そんなに頻繁に次元の裂け目って現れるものなのか?」
「そうばっかりでもないがのう。
ただ、お前の周辺ならば、何が起きてもそう不思議ではない。
そんなものは、むしろこっちが聞きたいくらいだわ。
昔、船橋も元の世界に帰ろうとして帰還のための通路を探していた事はあるが」
あ、その話は聞いていないな。
「その話って真理も知っているのか?」
「ああ、そうだがの。
そして彼は失敗した。
というか、単に無理だったのだ」
無理だったと?
「いや、知りたいな。
可能性があるなら情報が欲しかったよ」
「そうではあるのだがな、真理もお前をがっかりさせたくなくて敢えて黙っておったのだろう。
だから儂もそうしておいた」
それは一体どういう事だろう。
「この件に関しては、帰って真理の口から直接聞くがよい」
「わかった。そうするよ」
「ただいま~。真理は?」
「あっちで子供の相手をしているわよー。
さっきも、また一人新しい子供を連れてきたから」
ジャージ姿の葵ちゃんが、ネットで見つけたマタニティ体操の練習をしていた。
そのうち、この世界でも美容体操なんかが流行るかもしれないな。
「真理!
昔、武が地球への帰り道を探していたって本当か?」
「そう……バルドスから聞いちゃったのね。
そして、あの人はとうとう日本へ帰れなかったわ」
真理は新しく拾ってきた小さな男の子を抱えながら教えてくれた。
あ、今日の子はタヌキ!
うわあ、物凄く可愛いぞ。
「うん、それは知っているけど、どんな話なのか知りたい」
俺は新しく来た子の、可愛らしい念願の狸おミミをもふってやりながら訊いた。
「そうね。
あれは彼がミレーユ様と結婚してからの事だったそうよ。
新しい家族が出来て、この世界で生きる決意はしたのだけれど、どうしても妹には会いたかったらしいの」
うん。
聞きたいのは、その先の話だ。
「あれは偶然、そう本当に偶然だったそうよ。
アドロスの迷宮を探索していて、それを見つけたの。
裏ダンジョンへの入り口を」
「裏ダンジョンだと?」
「なんのために、そんなものがあるのかわからないわ。
ただ、それらをクリヤできれば、報酬として世界を渡る術が手に入るのだと聞かされたと」
「そんな仕組みがあったのか。
報酬?
ちょっと待て。
その報酬とやらは一体誰が出すんだ?
ダンジョンコアなのか」
「いいえ、彼は管理者と名乗ったわ。
何のために、あいつがいるのかもわからない。
そして、あの時たまたまアドロスのダンジョンが一つ目のダンジョンとなっており、そして入り口を見つける事が出来たの。
そして、そこを攻略できたわ。
でも次のダンジョンで失敗すれば、最初からやり直し。
また、どこかで最初の入り口から探さないといけないというわ」
それはまた面倒くさい事を。
「そして無事に探索を終えて、次のダンジョンへの通路は開かれた。
そこへ入らないと、その回は終わりね。
また最初のダンジョンを捜索し直し。
間違ったところへ入れば放り出されて、次にチャレンジできるまで一か月ロックされるわ。
失敗した時もそうなるの。
でも御主人様は、武はついてなかったわ。
そのダンジョンは崩壊していたの。
その場合、リセットは利かない。
やり直しが出来なかったのよ」
真理は、そう言った探索の話を当時の武から直接聞いたのだと。
あの時の無念そうな顔は忘れられないという。
そう語る真理の表情にも苦悩が浮き上がっていた。
なんという……。
いくらなんでも無慈悲だろう、それは。
「稀人が千年昔に放り込まれるような、局地的な綻びが生んだ激しい次元振動。
それはレインの母親であるファルスが命を失ってしまうほどのもの。
それは裏のダンジョンの一つを完全に崩壊させたのよ。
あの当時はまだ国も出来て間もなかった。
新しい家族や国民のために、彼も日本への帰還チャレンジは断念せざるを得なかったわ」
それは無念というには、あまりにも。
武~。
「そして奴、管理者は言ったの。
千年経っても崩壊したダンジョンは修復せぬと。
最初から知っていた上であざ笑いながら、必死だった彼の足掻きを高みの見物と洒落込んでいたの。
そして最後に絶望を突き付けてきたのよ。
嫌な野郎だったと、あの温厚なバルドスでさえ怒っていたわ」
「それは武も無念だったろうな」
「ええ。
その無念を晴らすため、地球の真理さんの代わりに作られたのが、何を隠そうこの私なのよ」
「うわあ、そういう経緯だったの?」
それはまた、あんまりと言えばあんまりな誕生秘話だな。
「あの人に加護を与えていた精霊達も、とうとうダンジョンを修復する事は出来ず終いで、どうしようもなかった。
他にも帰る方法はないか探させていたけれど芳しくなかった。
そして、とうとう最後までそれっきりなの」
思ったよりも酷い話だが、全く手がかり無しよりはいいかもしれない。
「ありがとう、話が聞けてよかったよ。
あの猫に感謝だな」
「あなた達が日本へ帰りたがっているのを知っていたのに黙っていてごめんなさいね。
あなたをがっかりさせたくなかったのよ」
「いや、いいんだ。
気にしないでくれ。
気遣ってくれて、本当にありがとう」




