150-54 ネコミミの詩
そして当然の事ながら、物見高い子爵邸の子供達も一緒についてきた。
まあ辺境住みの子供達が、こんな滅多にないようなイベントを逃す手はないわね。
「ようし、じゃあみんな、この光線の中に入ろうか。
はぐれないでね」
ラーナは、おっかなびっくりという感じで入ってきたが、抱かれているレーナは大変に御満悦な御様子だ。
やっぱり、この子も俺の子だね。
高いところが大好きなものらしい。
俺はミーナを抱っこしている。
そして他の子達も乗ったところで、それはまるでエレベーターのような感じに上昇を始めた。
転送用とか言っていたが、こいつはエレベーターなんだなあ。
そういやエレベーターゲートとも言っていたし。
「きゃっ、何々?」
「慌てないで、ラーナ。
これは只の昇降装置だ。
しかし、こいつは凄いな。
なんてベタな仕掛けだ。
映画やアニメの中でしか拝んだ事はないような代物だが、この世界って魔法があるから、こういう事も出来ちゃうんだなあ」
その様子に子供達は臆する事もなく夢中だ。
「すごーい、ダイゴ。
これ、どういう仕掛けなのかな」
「仕組みはよくわからないが、たぶん魔法の応用だよ。
俺達の世界にもこんな技術は存在しない。
だが想像上の世界では昔から考えられている物だよ。
こんなものは、只の御遊びなのさ。
アトラクションとしての展望エレベーターみたいな物なんだ」
シャトル艇なんかでの送迎でも面白いだろうな。
もしかすると既に作っているのかもしれないが、もしあったら帰りはそれで帰らせてもらおう。
このエレベーターは凄い上昇速度だ。
しかし、その速度でも体には負担がない。
魔法とは実に面白いものだ。
時に物理法則を完全に無視している。
まあ、魔法にも科学のような理という物があるのかもしれないが。
やがて、景色に夢中な子供達を乗せた光エレベーターは到着フロアへ辿り着いた。
そして周囲を見回して感嘆した。
「うわあ、凄い景色ー」
「本当、真下に街が見えるよ」
「あそこに私達の家が見える~」
うおう、大迫力だな。
こいつは広い。
高さが何十メートルもある天井に、夢幻に広がっているかのような広大なスペースだ。
地球じゃ有り得ないような贅沢空間だ。
真下が見える、全面ガラス張りみたいな展望デッキなんてなあ。
しかも貸し切りで無料御招待ときたもんだ。
どこのタワーでも、こういう仕掛けは無いんじゃないか。
東京タワーには床がプラスチック製の小さな透明窓になっていて下が見える部分があるが、あれって俺程度の体重の人間が踏んだだけでも撓むんで凄く怖いんだよな。
まあ、あのサイズなら万が一踏み破ったとしても、まず奈落の底へ落ちたりしないとは思うが。
そのために敢えて小さく作ってあるのだから。
せいぜい天空三百メートルあたりの穴に片足くらいが引っ掛かって、仲間内で思いっきり嗤われるくらいのものだろう。
そんな間抜けな真似をやってしまえるのは、かなり体重のある奴だろうし。
うっかりしていると股間を打ってしまいそうだが。
グランドキャニオンにあるガラス製の床で出来た展望台なんかは、マジで皹が入った事があるらしい。
きっとアメリカ人の太った人ばかりが乗って、その体重に耐えられなかったのだろう。
あれはリアルな分、下手なホラーハウスなんかよりもよっぽど怖いだろうなあ。
ガラスの床が粉々に砕けたら、一瞬にして全員纏めて、あの歩くと片道を半日がかりとなるほどの凄く深い谷底まで真っ逆さまなのだ。
ガラスって割れる時は一気に砕けて粉々に割れてしまうから余計に怖い。
ラーナは恐々という感じに覗いていたが、彼女に抱かれたままのレーナはもう必死で、体を乗り出してよく見ようとしていた。
ミーナは躊躇いなく俯せになって張り付いていたので、俺もそれに倣った。
レーナも身振り手振りで母親に催促して床に置いてもらっていた。
そして貴族家の子供達も全員べったりと腹ばいになっている。
「はっはっは。
底面ガラス展望台は大変御気に召したようですね。
いや、我が空中庭園Ⅱエアリアル・ガーデンへようこそ」
俺は、床から肩越しに振り向いて見上げるという大変失礼な態勢で、初めて会う人物と相対する事になった。
ああ、生で聞く日本語って久しぶりだなあ。
この世界って、明らかに日本語を元にしたような単語があるのだけれども。
たとえば、うどんとか。
日本語でパッケージが書かれている乾麺のうどん・そばは、販売している御店でもそのままの名称で呼ばれている。
「あ、どうも。
一家で御邪魔させていただいています。
相川醍醐です」
「いえいえ、私はアルバトロス王国のアルフォンス・フォン・グランバースト公爵、日本人名は井上隆弘といいます。
こちらは妻のシルベスターとエレーミアです。
国には、もうシルベスターの名を冠した離宮があるので、この空中庭園Ⅱはこちらのエレーミアの名を取ってエレーミア・パレスと呼んでいますよ」
そして俺は真っ先にエレーミアさんの可愛らしいミミに注目していた。
「ネコミミですね」
「いかにも」
そして彼も俺の奥さんと子供達のミミに注目していた。
「その子達は本当の御子さんなので?」
「ええ、そうですよ。
それはもう可愛くってね」
「あー、わかるわかる」
その様子を見ていた黒髪黒目の少女が呆れたように言った。
「稀人さんって本当にネコミミ好きよね」
彼女も、やはり普通に流暢な日本語を喋っている。
この人も日本人なのだろうか。
「当然ですよ」
「当然だな。
だから言っただろうが、真理。
俺の他にも絶対にネコミミの嫁さんを貰っている奴がいるってさ」
「あー、はいはい」
そして銀の弾丸が横合いから彼に飛びついてきた。
「パパー、そのひとたちはだあれ?」
「ああ、パパと同じ日本人の人だよ。
ああ、こっちは娘のレミです。
血は繋がっていないけど、世界で一番大事な娘なのさ」
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。
あはは、御母さんと綺麗な目の色が御揃いだなあ」
「ああ、そいつはちょっとばかり訳有りでしてねえ」
だが、うちの奥さんが目を丸くしてエレーミアさん達を見ていた。
「あ、あのう。
もしかして、あなたはケモミミハイムの姫様でございますか?」
「え、ええ。
元王女ですわ。
今はアルバトロス王国の公爵夫人です」
「おひめさま?」
ラーナの足元で見上げている、うちのネコミミ御嬢様が可愛く訊いていた。
「そうよー。
私達獣人の故郷ケモミミハイムの御姫様は、こんなオッドアイの目をされているの」
「きれー。
そっちのおねえちゃんも、おかあさんとおそろいだね」
「レミだよ。
いっしょにあそぼう」
「あたし、ミーナだよ~」
手を繋いで駈け出した二人を追って、何故かダンダラ模様の着物を着込んで帯刀した女の子がついていく。
それを見て俺は首を捻って訊いてみた。
「あのう……なんで、ここに新選組の方がいらっしゃいますので?」
「ああ、あれは俺が作ったゴーレムという奴でね。
あいつらは、只のロボットと違って凄く個性があってなあ。
最初の頃は切った張ったの荒事が多かったので、なんかあんな感じになっているのさ。
それぞれ、各自が好きなスタイルでロールプレーをやっているんだ。
面白いもんだろ」
彼は自分の製作物であるゴーレムに対して凄く愛情を感じているようで、今までの余所行きの固さが取れて、非常に砕けた話し方になっていた。
「なんすか、それは」
俺もその流儀に従った。
そしてこの世界について語り合う俺達のところに、可愛い犬達が多数、外人さんの美少女と一緒にやってきた。
あ、この人もなんだか地球人っぽいな。
一般的な異世界人と同じような西洋人なのだが、なんとなくわかるぞ。
なんて言ったらいいかよくわからないのだが、こう地球文明の垢が染みついた感じの顔をしているのだ。
雰囲気というかなんというか、そういう物が感じられる。
服装なんかも、なんとなくそうだ。
「あら、もしかしてその人は『稀人』さんなの?
見ない顔ね」
「ああ、スキルで発見したんでな。
彼の名もスキルで知ったのだが、日本政府の特殊失踪者リストにも名前が載っていたよ。
レーダーで居場所を検索して、御披露目会のついでにここへ立ち寄ってみたのさ」
「へえ、スキルっていうのも便利なものねえ」
「はは、まだどこかにネコミミの奥さんを貰っている奴とかがいそうだ」
「あっはっは、そうかもねー。
日本人ってネコミミちゃんが大好きよね」
「「当然だっ」」
ネコミミの御嫁さんを貰った稀人同士で、ついハモってしまった。
足元ではレーナがチワワを抱き締めて、あうあう言っている。
犬の方も楽しそうに顔を摺り寄せたり尻尾を振ったりしてくれていた。
見ていて思わずほっこりとしてしまう。
うちでも犬を飼ってみようかな。
ポメラニアンも寄ってきて娘に鼻面を寄せてくれていた。
近くではグレートデンが穏やかな表情で彼らを見守るように、ゆったりと尻尾を振りながら伏せをしているし。
うーん、これって明らかに地球の犬種だよなあ。
この子達は一体どこからやってきたというのか。
「ねえ、もしかして地球に帰れたりするのです?」
「ええ、もちろん。
そりゃあもう、帰還出来るようになるまでには物凄く苦労したんだけどね」
「マ、マジですか。
一回実家に帰りたいな。
親に子供達を見せてやらないと」
「じゃあ、とりあえず電話してみては。
ここから日本へ携帯も通じますよ。
スマホとか、まだ持ってます?」
「あ、ここに。
でも料金滞納してるから使えないんじゃないかな」
「いきなり俺の、あなたの親が知らない番号の携帯からかけるのもなんだな。
じゃあ親御さんの方へは、日本政府から連絡させておきますか。
その方がいいかもしれない。
今までの例から見て、連絡を受けた家族がだいぶ混乱していますからねえ。
首相官邸にうちのゴーレムが常駐しているんですよ。
日本政府の連中も、異世界からの帰還者にはもう慣れっこだしね。
ついでにスマホ再開の手続きも緊急でやらせよう。
この空中庭園には、あちこちに日本と同じ電圧のコンセントがありますから。
ああ、これ充電器と充電コードにモバイル・バッテリーです。
うちが日本政府と貿易をしていますから、こちらの金から日本円への換金も出来ますので、お金に関しては心配ないですよ」
「そいつはありがたいですね。
こちらの金なら、それなりに持っていますから」
日本人の子供が走り回り、また犬と戯れている、平和過ぎる日本の香りのする光景を見ながら、俺は少々脱力気味に久しぶりの日本語での会話をのんびりと楽しんでいた。




