第150章 モブですが、何か 150-1 白い霧の恐怖
「なあ、ミヤちゃん」
「なにー」
大学からの帰り道、隣にいた同級生の可愛い女の子から、まるで親に呼ばれて適当に返事しましたみたいな、そっけない返事が返ってくる。
彼女は、本名宮崎愛華。
もうアイドル並みに可愛くて、実際のところ一緒に街を歩いていても、モデル事務所や芸能スカウトから声がかかるほどだ。
今、彼女は仏頂面をしながら、大学の構内をスタスタと早足で歩いている。
左手で持ったスマホを親の仇のように睨みつけて、垂れてくる長い黒髪を後ろへかきあげながら。
「来週さあ、いいライブあるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「行かない」
横合いから必死でチケットを見せたが、にべもない返事が短く返ってきたに止まる。
彼女の好きそうなバンドが出ている奴をチョイスしたんだけどな。
く~、相変わらず手厳しいなあ。
せめて一秒くらいは考えてくれよ。
だが、彼女は大変可愛いのだ。
それに根性が悪いわけでもない。
俺はめげずに会話の続行を試みた。
「あ、あのさ。
山崎とか緑山なんかと一緒に行くのはどう?
あいつらも、ああいうのは好きなんだよ」
「あの子達はカップルなんだからデートで行けばいいじゃない」
だからダブルデートという事で一緒に行きたいんですが。
連中には、そのためにチケットまでプレゼントして頼み込んで根回ししてある。
二人は爆笑してOKしてくれた。
「頑張れよ~」と一言添えてくれて。
だが望みが薄いのは俺も連中もわかっている。
それでも助力をくれる友人に感謝だ。
持つべきものは友だな。
だが彼女は、こっちを向きもせずに遠慮なく断ったのだ。
別に俺が嫌われているわけではない。
それなら一緒に帰ってくれるわけがないから。
同じ専攻の同じゼミやサークルで、その集まりには一緒に顔を出し、メアドも携帯番号もゲット出来ているし一緒にラインもやっている。
別に愛華と呼び捨てにしても構わないくらいには砕けている関係だ。
向こうは俺の事を下の名前で呼び捨てなんだし。
仲間内では、皆で彼女の事をミヤちゃんと呼ぶからそうしているだけだ。
友人としてなら、こうして横に並んで歩いている事も簡単に許容される範囲の関係なのだ。
しかし今、彼女はさる事情で大変機嫌が悪いのだ。
そして俺はそれを承知の上で彼女を口説いているのだった。
何故なら、彼女は彼氏と別れたばかりで、口説くなら今をおいて他にはない。
あっという間に売約済みになるのは目に見えているのだ。
この子は、結構気分転換が早い。
明日では間に合わないのかもしれないのだ。
今日家に帰ってからでも、友達と飲みに行った先でこんな事を言いだしかねない。
「男なんて星の数ほど!
さあみんな、今日は飲むわよ~」
そして彼女の友達に呼び出されて紹介された男とその日のうちにカップルになっているとかが普通に有り得る。
この子は寂しがり屋だからな。
彼女の友人達は、その男友達どもから「頼む、宮崎を紹介して!」と頼まれている。
ウエイティングリストに合計数十人は名を連ねているのを聞いているのだ。
彼女は尻軽ではない。
むしろ一人の男とずっと付き合いたい、そういうような一途なタイプだ。
一旦話が決まってしまったら、ウエイティングサークルにいても、そうそうチャンスには恵まれない。
今回は彼氏君の浮気が発覚して復縁不可能という、本来なら存在しないはずの有り得ないような千載一遇のビッグチャンスだったのだ。
「でもさあ、たまにはいいじゃん」
「しつこいな、醍醐。
今日は男を寄せ付けたくない気分なのよ。
あんたじゃなかったら、とっくにぶっとばしているわよ」
とまあ、これくらいの感じのやり取りをするような程度には比較的近しい距離感かな。
彼女も、俺が密かに好意を抱いているのはわかってくれていると思うのだが、あの子って結構理想が高いんだよな。
別れた彼氏君も結構イケメンだ。
それと俺に対しては気の張らない関係の男友達としての地位を求められている雰囲気もあるのだ。
正直、この俺相川醍醐なる者は割合と普通の感じというか、平均的な容姿だ。
一言で言い表すのならば、いわゆるモブっていう奴だな。
ルックスまで全て含めて、強烈な個性など何もない。
まあ容姿が良くないと言われた事は一度もないのがせめてもの救いだ。
だって平均的な顔の造作なんだもの、悪く言い様がない。
褒めるようなところもないけど。
ファッションや髪形などには気を使っているのだが、悲しい事にそれが更にモブさ加減を引き立てている感じだ。
これがいい男なら何を着ても似合うのだろうが俺の場合はね。
また俺なんかがいい格好をすれば余計にモブさが引き立つだけなのだ。
そして本日、彼女と一緒に歩いていて不可思議な事象に出くわした。
「ん? なんだ、あれ」
「どうしたの?」
俺の少し緊迫したというか、困惑したかのような声に惹かれたのか、彼女はスマホから顔を上げた。
「いや、そこさ。
見ろよ」
「何、あれ。
火事?」
「いや、違うよ。
あの白い物は煙と違って全然立ち上っていないし。
どっちかっていうと霧が漂っているみたいじゃないか」
「あんな雲か雪みたいに真っ白なのに?
こんな大学の構内で?」
「そうそう。
そうなんだよなあ。
なんだ、あれ」
それは建物と建物の間にある通路というか、只の通り道だ。
その建物の片側で、建物と建物の間が途切れている僅かな隙間。
そこから、その霧は漏れてきていた。
隙間が狭いので、その中がどうなっているのかわからない。
今は霧が立ち込めているので、覗いたってわからないだろうが。
確かにこんな場所で霧が、しかもこのような見た事もないくらい、まるでミルクのように真っ白な霧が現れるなんておかしい。
俺達はボーっと突っ立って、思わずそれを眺めていたが、そいつは急速に広がって横に立っていた俺達を一瞬にしてその範囲に包もうとしていた。
そして霧が体に触れた時、俺は自分の特殊な能力で理解した。
これの正体が何であるのか。
【次元断層発生の際に生まれる高エネルギーによって発生するエネルギー霧、ワンダーミスト。
この中に留まれば霧に引き摺り込まれ、その周囲にある物体ごと次元断層に巻き込まれる】
俺は迷わず、間髪入れずに彼女の手を握って走り出した。
「走れっ、ミヤちゃん」
「な、何なの、醍醐。
いきなりー」
「いいからっ。
死にたくなかったら、走れっ」
俺は強引に彼女を引っ張って駆け抜けようとしたが、高エネルギー霧は一瞬にして凄まじい勢いで広がり、俺達を包み込んでいった。
マズイ。
なんというか、マズイ。
そうとしか言えない困った状況だった。
もう濃霧に囲まれて、周囲がまったく見えない。
方向感覚さえ失われた。
これが空間失調症という奴なのか?
俺達の足は完全に止まってしまった。
くそ、間に合わなかったか。
仕方がない。
俺は自分のスキル『サイコメトリ』をマニュアルモードで発動した。
霧の中から情報を取り出し、そいつを頭の中にイメージとして浮かべてみたのだ。
だが、それはあまりにも絶望的なものだった。
思わず顔を歪めざるを得なかったが、行動を遅滞させるわけにはいかなかった。
それは『次元転移まで残りあと二秒足らずの未来』だったのだ。
その結果どうなるのかわからない。
死ぬ事は大いに有り得る。
取り出した情報から頭に浮かんだ次元断層とやらの先に空気があるかどうかもわからない。
踏み締める足元さえ無いのかもしれない。
そして出口は同じく能力で見えた。
前方三メートル先に。
完全なゼロスタートからの加速では、走るのはもう間に合わない。
特に彼女の手を引きながらでは。
「仕方がない。
ごめんよ、ミヤちゃん」
俺は彼女の手を両手でぐいっと引っ張りながら、その勢いで彼女をなるべく遠くへ放り出し、俺自身もその後を追いながら、その背中を思いっきり押した。
俺が前に進めたのは、その際の僅か六十センチまでだった。
彼女を押した反動で俺自身の推進エネルギーは綺麗に消滅した。
「きゃあ。
醍醐、あんた何をするのよ」
当然の事ながら彼女は、つんのめるようにしてこの危険区域から出ていき、勢い余って転んでしまったようだ。
そして、どうやら彼女は無事に『円の外』に出られたようだった。
転んで怪我をしたものか、彼女の罵声が轟いた。
この世で最後に聞いたのは、愛しい女の罵り声か!
まあ、それもそう悪くないもんだ。
ミヤちゃん、元気でな。
そして俺は、更に濃くなってきた霧の中へと一人消えていった。
しばらくスピンオフっぽいお話が続きます。
別の稀人さんが登場する、シリーズで最長の章になっております。
外伝でやってもいいなと思っていたネタで、『園長先生とほほ真逆なキャラ』という感じで書かれています。




