08__孤独じゃなくなった魔王様 3
可哀相な側近を面白がる魔王さんの お話です。
___視点:東の魔王 - ロキ___
ロキは、リビングの入口の床に 四つん這いになっていた。
その旁らには 水を張ったバケツがあり、その小さな手には 雑巾がある。
《 面白かったなぁ。》
床掃除をしながら、ロキは くすくすと笑う。
そうして、離れたソファにいる シシィを見る。
小さな彼女は、今は 上手に歩き廻れるまでになっている………ソファの 背凭れの上を。
柔かいレザーで包まれた ふかふかの背凭れは、その上部も柔かい。
つまりは、竚つにも歩くにも バランスの取り辣い場所だ。
その筈だ。
しかし、シシィは、何の苦労もなく 其処を往復している。
《 そりゃ、驚くよね。》
産まれて数ヶ月だった筈の人間の赤児が、10時間後には 幼児にまで成長していたのだ。
その過程を見て その理由を察したロキでも、あれだけ動揺したのだ。
何も知らずに入って来たリクの喫驚は、当然である。
そうなって 当たり前で、予め 報せておかなかったロキが悪いとしか云えない。
数時間前までは 動く事でバランスを垉していたが、今は それも感じさせない。
分単位で成長している様なモノだ。
ずっと見ているロキでも 驚き続けているのだ。
これで 驚くなと云うほうに、無理がある。
《 あんなリクが見れるなんて、最ッ高。》
リクが聴いたら泣き垉れそうな事を 平気で考えながら、また くすくすと笑う。
リクは、先代の魔王である ロキの父に仕えた、有能な側近だ。
身の回りの世話も、魔王の治める国の 統轄に於いても、完璧に熟す 優秀な文官だ。
古今東西の魔王に云える事だが、魔王と云う存在は 我儘で出来ている。
やりたい事は 止めてもやるし、やりたくない事は 諌めてもやらない。
何せ その国で最も勍い者が魔王となるのだし、下に付く者達は 魔王を崇めていると表現しても良い。
だからこそ、魔王は 我儘を通す事が出来る。
つまりは、魔王が 国の方針を決定し、側近の文官達が それを叶える。
これで、魔王の国は 成り立っている。
ロキが、即位後 北の塔に引き篭もっていても 国として傾かないのは そう云う仕組みになっているからだ。
リクは その主要人物の1人、と云って良い。
ああ見えて、有能なのだ。
今日-1日だけを見れば、とても信じられないが。
《 今日は、本当に『いい日』だ。》
満面の笑みで床掃除を終えたロキは、磨き上げられた床に写る 自分の顔を見て、更に笑みを深くした。
普段の掃除も、当然 ロキがしている。
洗濯は 任せているが、北の塔に長居をする事は 幹部クラスの魔人達であっても不可能なのだ。
そんな訳で、北の塔の掃除は 常にロキがしてきたのだ。
尤も、それと知っている者達にも こんな姿は見せられない。
魔王の威厳-云々ではない。
単純に 泣かれるからだ。
発狂するのではないかと惟う程、自分達の無能を嘆かれるのだ。
美形の魔人であっても 厳つい魔人であっても、その樣は 見ていられない。
彼等は、ロキが『引き篭もってでも護りたい』大切な仲間だ。
そんな彼等を泣かせると判っている行為を眼の前でするのは、気が引ける。
いや、正直に表現するなら『悚い』のである。
それは、マントの燃え滓を見付けて詰め寄ってきたリクに 勝るとも劣らない。
だから、ロキは 掃除を夜にする事に決めている。
別に、誰も見には来ないのだが。
「よっし、綺麗になった」
雑巾を入れて、バケツを持つ。
そうして 竚ち上がってから、ソファのシシィを見る。
Tシャツから覘く小さな手脚は、細い。
それは、幼女である事を差し引いても スレンダーだ。
急激に成長したのだから、当然と云えば 当然の事だろう。
不足している分を補おうとしてか、シシィは 体格の割に良く喰べる。
ロキとしては、嬉しい反面 心配でもあった。
《 明日の 朝ご飯、どうしようか。》
日々の食材は、日に2回 リクが届けてくれる。
午前10時と 午後5時が、定刻だ。
午前10時には 昼食と おやつを、午後5時には 夕食と 翌日の朝食を、其々 持って来るのが日課だ。
しかし、今日は 午後8時を回ってからになっている。
当然、夕食が終わった時刻だ。
リクが来なかった為、ロキは、昼食を作る際 残った食材を駆使して 夕食を作った。
《 出来れば、置いてってほしかったなぁ。》
動揺し捲っていても、リクは リクだ。
すんでの攸で 理性を保っていた、と云う事だろうか。
引っ繰り返った木箱を拾い、無残な姿になった あれやこれやを掻き集めて 木箱の中に押し込めると、秒速でリビングから去って往った。
『こんな物を ロキ様の お口に入れるなど!』
リクが口趁った言葉から察するに、直前の呟きを聴かれていた と惟われる。
「失敗したなぁ」
明日の朝食分の食材は、ない ではない。
しかし、心許無いのは 否めない。
《 洗えば 喰べられるのに。》
パンと卵は 状態に因りけりだろうが、肉や野菜は 簡単な洗浄と調理で 問題なく食せた筈だ。
尤も、それは、リクにとって 受け入れ難い状況だったらしい。
「失敗した」
バケツを手に 廊下へ出ながら、ロキは 溜息を零した。
あの後、冷静になったリクが 朝食分の食材を持って来る可能性はある。
だが、限りなく 低い可能性だ。
無いに等しい。
あれだけの失態(と 本人が惟っているだろう事)をしたのだ。
明日の朝までに立ち直るかも怪しい。
夕食は 何とかなったが、明日の朝食は 物足りない食事になりそうだ。
《 其処らで 野草でも探そうかな。》
これも、リクが聴いたら……だが、今は シシィがいる。
ロキだけならば 朝食を喰べないと云う選択もあるのだが、喰べ盛り(?)のシシィに 朝食抜きは可哀相だ。
栄養も然る事ながら、量でも 満足させてあげたい。
どう考えても、食糧庫に 2人分の食事を作れる程の食材はない。
だからこそ、周辺に 食糧を索めようと惟ったのだ。
しかし、此処に 1っの問題がある。
《 この辺って、野草あるんだろうか?》
北の塔の周辺は、ロキの影響が色濃く出ている地域だ。
その猙ぶる魔力を四六時中 浴びせられて、育つ生命は 皆無に等しい。
それでも、幾つかの植物が 細々と芽吹いてはいる。
しかし、それ等は、稀少な薬草であったり 新種の毒草であったりと、市場に出せば 高価なモノばかりだ。
そして、哀しいかな、これ等の植物は 食用には(味の問題として)向かない。
強烈な苦みや 悶絶する程の酸味のあるモノを、シシィに喰べさせるには かなりの抵抗があった。
《 あるかなぁ、喰べれそうなの。》
北の塔の傍には、食用の植物はないだろう。
半径-500メートルも移動すれば、少しは 植生も変わるだろう。
しかし、この塔を出て歩き廻るのは 気が引ける。
ロキは、自分の魔力の悪影響を 良く判っている。
恐れている と云っても良い。
だから、歩き廻る事は 惷か、塔から出る事も 躇ってしまう。
「 ––––––––––––……… 」
熟考の上、結局 外へ出るのは諦めたらしい。
バケツを手に 階段へ邀いながら、大きな溜息を零した。
《 ………何とか、するかぁ。》
ロキは、残っている食糧を どう料理するべきかを悩む事にした。
シシィが 喋りませんねぇ。いつ喋らせたら いいんでしょう……。
こんなに急成長する子供がいたら、いろいろ大変なのかな。
可愛い時期と云うモノが、あっと云う間にすぎそうだ……。




