07__側近の喫驚と 後悔
可哀相な側近-リクの お話です。
___視点:魔王の側近 - リク___
夕食に遅れて 食材を届けに来たリクは、リビングの入口で 竚ち尽くしていた。
いつもの様にドアを敞き 一礼をしようとして、そのまま 固まったのだ。
その手には、食材が入った箱がある。
多少 傾いているが、今は リクの腕に擁えられていた。
「あぁ、遅かったね」
2人掛けのソファにいるロキが、リビングに入って来た臣下を ちらりと見た。
小さな彼の前には、小さな幼女がいる。
リクの睛は、その幼女-シシィに釘付けになっていた。
「な……な………… 」
離れた処にあるソファにいる 黒髪の幼女を、驚きを以て 見詰めていた。
幼い魔王-ロキは、2人掛けのソファの左に座っている。
白銀の髪は 柔かく波を打ち、色白の頬を縁取っている。
蒼碧い睛は、優しく 細められている。
その隣に、同年代の幼女が座っていた。
背に届くまでに伸びた髪は、世闇を映した如き漆黒。
大きめの双眸は、蘭の花を想わせる 紅藤色。
幼児だと云うのに 細身で、透き通る様に白い肌をした幼女だった。
2人は、向かい合って ソファの座面に胡座を掻く様にして座っていた。
つまり、1っのソファを横向きに使って 向き合っているのだ。
そうして、ロキは、自分の眼の前の幼女を あやしていた。
《 一体、何が どうして そんなに成長したんですか⁈ 》
声にならない喫驚は、表情にも出なかった。
いや、幾らかは出ていたのだが、驚きすぎて 顔には出なかった。
その分、箱を持っている腕は 力が抜け始めていて、持っている箱の水平は 失われている。
もうじき、中身が床に隕ちるだろう攸まで 傾いていた。
《 人間でしたよねっ⁉︎ 》
疑っての言葉ではない。
彼女が人間である事は、疑いようのない事実である。
代々、神々の〔愛し子〕は 人の子として産まれてくる。
そして、2年も経たずに 死んでしまうのだ。
死因は 謂わずもがな、である。
多くの神々から与えられた祝福は、人の身に余る『加護』なのだ。
もっと勍い種族なら 赤児を護り通せるだろうが、人間達では〔愛し子〕を護る事すら叶わないのだ。
故に、歴代の〔愛し子〕は 短命だった。
その点、かの幼女は 幸運と云える。
此処にいる限り 誰かに傷付けられる事はなく、ロキの傍にいる限り〔愛し子〕の生命は安全である。
何人たりとも ロキに近付けないのだから。
歴代の〔愛し子〕が何人いたか判らないが、魔族に拾われ 魔王に護られる〔愛し子〕など いなかったろう。
しかし、それと 乳児が幼児になった件とは 譚が別だ。
《 一体、何が起こって こうなったんですか⁈ 》
乳児であった筈が、ほんの10時間で 歩き廻れる様になっているばかりか、ロキと同年代に見えるまでに成長していたのだ。
リクが混乱するのも、仕方のない事だった。
言葉も出ず 竚ち尽くしている リクには構う事なく、ロキは 幼女の相手をし続けている。
ロキが左手を出すと、幼女は 右手を伸ばして その掌を敲く。
ロキが右手を出すと、幼女は 左手を伸ばして その掌を敲く。
2人は、これを 延々と繰り返していた。
リクが沈黙している 室内には、ぺちん ぺちん、と軽快な音が響いている。
「 ––––––––––––………… 」
リズミカルな音の中、リクは 茫然としていた。
魔王の傍にいる幼女の正体が判ったからこそ、様々な疑問が 頭の中を渦巻いた。
急成長した理由についても、幾つかの憶測が生まれたが 答えには至らなかった。
考えを巡らせようとする意思よりも 驚きが勝り、遂には 思考が停止したのだ。
頭が真っ白になったまま、リクは 2人の児戯を見詰めていた。
勿論、手にしているモノの存在など 頭の片隅にもない。
ロキの食事になる物なのだから 大切に運搬しなければならないのだが、怎んせん 今は驚きが勝っている。
擁えている箱の事など、意識の外だった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:魔王の側近 - リク___
ゆっくりと扉を閉めるなり、リクは 膝から垉折れた。
手に持っていた木箱を 腹の前で擁えて、深く溜息を零す。
此処は、魔王城の 北の翼棟であり、その北西に位置する 北の庭への出入口でもある場所だ。
リクが 幼き魔王の居城となっている 北の塔を辞して、20分が経過していた。
此処へ戻る足取りは、只管 重かった。
《 私とした事が……っ。》
北の塔で驚きすぎたリクは、手に持っていた物の存在を つい忘れてしまった。
木箱に入っていたのは、魔王-ロキの翌朝の朝食となる食材だ。
パンや 野菜や ベーコン・ソーセージと共に、卵も入っていた。
そう、生卵だ。
後悔しても、最早 どうにもならない。
《 何と云う事だ……。》
今にも 床に両手を衝いてしまいそうになる。
眼の前にあれば、落とし穴だろうと 墓穴だろうと、今なら 率先して入るだろう。
直後に埋められても 文句はない。
それ攸か、地中深く埋められた直後に 忘れられても構わない、とさえ惟っていた。
寧ろ、忘れてほしい とさえ。
《 私とした事が、っ。》
北の塔の 幼児の魔王と、彼の隣にいた乳児だった筈の〔愛し子〕に驚いたリクは、木箱から意識を遠去けすぎた。
リクの手から離れた木箱は、半回転しながら 床に隕ちた。
床に衝いた時、木箱は逆さまになっていた。
当然、綜ての物が 床に接してしまった事になる。
ラップも ビニール袋も ジッ◯ロックもない世界だ。
何もかもが 土足の床に隕ちると云う結果に繋がった。
而も、其処には生卵がある。
身長-185センチの 魔人の胸許の高さは、140センチ近くもある。
そんな処から 硬い床に隕とされれば、卵など 衝撃に耐えられない。
薄い殻は 粉砕し、当然 中身は飛び散った。
当然 それは、周辺の食材に掛かる事になる。
唯一の救いは、木箱が引っ繰り返ってくれた お陰で、卵の中身が 処-構わず飛び散らなかった と云う事だろうか。
惨事は、引っ繰り返った木箱の内側だけだ。
しかし、持って来た食材は 見る影もない状態になっている。
木箱を持ち上げて見なくとも、幾種類もの衝突音に交じった 小さな破裂音と、連続して発った 液体の飛び散った音で 容易に想像出来た。
離れたソファにいた ロキは、リクの失態を 驚いて見詰めた後、軽く笑った。
惶てふためいて 詫びるリクに、気にする事はない と言って笑った。
その笑顔は、本当に 心から そう惟っていると伝えていた。
この事が、リクを 余計に追い詰めた。
優しく赦されたが故に、激しく混乱したのだ。
リクとしては、魔王の眼の前で これ程の粗相をした自分は、罵倒され 折檻されても仕方がない存在。
臣下として失格であり、その場で手打ちになっても 文句も言えない存在だ。
冗談や 大袈裟ではなく、他の魔王達ならば 己れの臣下の失態を見遁す事はないだろう。
幾ら ロキが優しい魔王であったとしても、自分の食事となる物を涜されて黙っているなど可妙しい。
魔王として 間違っている。
それなのに、幼い姿の魔王は、有ろう事か 片付けを買って出た。
床掃除なんかしたら、リクが参っちゃうだろう?
そんな言葉を掛けて。
死罪に匹敵する粗相を 呆気なく赦されたばかりか、剰え 体調を案じられたのだ。
これで、リクのパニックは最高潮に達した と云って良い。
自分の失態の尻拭いを 主人である魔王にさせるなど、あってはならない。
恐慌状態になりつつも そう考えたリクは、すぐにも掃除に取り掛かろうとした。
《 ロキ様の お世話を出来ないばかりか、こちらが 世話を掛けてしまうなど、何たる失態!》
結論を云うと、掃除をする事は 赦されなかった。
ロキに命じられた為だ。
これは、滅多にない事だ。
基本、魔王に仕える魔族と云うのは 命じられる事を希んでいる。
魔王からの下される命令は、彼等の喜びなのだ。
しかし、この場合は 嬉々として受け入れる事は出来なかった。
尤も、基本的に 忤うなど不可能なのだが。
《 不覚、っ!》
現在、彼が擁えている木箱は 黄色に塗れた何かが入っていた。
喰べ物だった面影のない、酷い状態の あれやこれやだ。
惶てながらも、リクは これだけは拾い集め 持って帰った。
ロキが『洗えば喰べられそう』などと呟いたからだ。
土足の床に隕とした物を 魔王が口にするなど、想像しただけで 卒倒しそうだった。
何かを言い返した様な気はするが、何を口趁ったのかは 憶えていない。
何かを喚く様に 言葉を発し、惶てて掻き集めた それを木箱に詰め込んで、リビングから駆け去った気がする。
床掃除をする余裕はなかった。
勿論、ロキに止められている時点で 掃除をする事は叶わなかっただろうが。
《 ––––––––––––誰か、もう………戮してください。》
自分が『何に』動揺して 木箱を引っ繰り返したのかなど、今のリクの頭にはなかった。
当初の人物像から どんどん離れてしまうリク。
作者の計画は、現段階では 破綻しているとしか言い様がありません。
『敏腕の文官』に相当する存在感を発揮する日は来るのか…?
なってもらわないと、この先の構想が 丸潰れなんだけど……このままだと無理だ!
リクを困らせるのが楽しくて しょ〜がない(笑)




