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孤独な魔王様と 神々の愛し子  作者: にくきぅ


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11/22

11__初めての朝

今回は ちょっとだけシシィ目線の お話です。

いつもより 少し短い構成になってしまいました。



___主観:〔愛し子〕- シシィ___


夜明け前に、シシィは 眼を寤(さ)ました。

レム睡眠と ノンレム睡眠の切り換わる時、眠りが浅くなった時に 緲(かす)かな音がしたのだ。

最初は 音としても認識していなかったが、気が付くと 気になるモノだ。

不規則に聴こえる事も、その音に意識が向いた理由に數(かぞ)えられるだろう。

シシィは、半分 覚醒した意識の中、緲(かす)かに聴こえてくる音へ 耳を敧(そばだ)てた。

暫(しばら)くして、衣擦れの音だと判る。

乳児であっても 単独でいる時間が長かったシシィは、音がすると 眼が寤(さ)め易い。

音がする(・・・・)と云う事は、他人がいる(・・・・・)と云う事なのだ。

自分に好意的な人間などいない世界で育てられた彼女は、警戒心を以(もっ)て 他人を見てきた。

いつ殺されるか判らない世界、が 彼女の綜(すべ)てだったせいだ。

僅(わず)か18時間で、4ヶ月の経験が消える筈もない。

故に、幼児でありながら 緲(かす)かな物音で眼が寤(さ)めたのである。

意識は 眠りの淵から浮上したが、未だ 軀(からだ)は眠っていた。

膨大な魔力に物を云わせて 乳児から幼児へと成長し、更には 動き廻れるまでになったのだ。

無に近かった筋力を 強制的に強化させた様な状態だ。

疲労は 深く、眠気は強かった。

それでも、幾つかの疑問が 彼女の意識を覚醒させていた。

普段 シシィが寝かされていたのは、簡素な造りのテーブルの上だ。

周囲の壁は 大きな石が組まれたモノで、天井も床も 同等の石で造られていた。

硬質で 無機質で、寒々しいまでに 生物の気配のない部屋だった。

曾(かつ)ては、食糧貯蔵庫として使っていたのか、将又(はたまた) 牢屋だったのか。

入口に 分厚い鉄の扉があり、反対側の壁の高い場所に 小さな窓があるだけだ。

その窓は、外から 幾重にも板で塞がれていた。

故に、無音の世界だった。

屋根や壁を打つ 雨の音も、吹き付ける風の音も、眩しい夏の陽射しも、一切 届かない世界。

空虚で 無機質で 地獄の様な世界。

それが、シシィの産まれ育った環境だった。

そんな場所にいて音が聴こえる状況は、1っしかない。

「 ………… 」

うっすらと、紅藤色の瞳が敞(ひら)く。

最初に見えたのは、灰色だった。

夜明け前で 薄暗い中、至近距離から見た 枕である。

「 …………?」

寝暈(ねぼ)けてもいたのだろう、シシィは 自分の状況が判っていなかった。

彼女が育った場所は、兎に角 堅牢で、小さな部屋だった。

其処にあるのは、シシィが載せられていた 大きくはない木製のテーブルだけ。

揺り籠などと云うモノはなく、啻(ただ) 板の上に、呪布に葆(くる)まれたまま 置かれていた。

動けない訳ではなかったが、動こうものなら テーブルから隕(お)ちていただろう。

ロキに会う前のシシィでは、致命傷になりかねない。

だから、シシィは 動く事を停めて(・・・・・・・)いた。

天井を向いた状態だったから、普段 見ていたのは、洌(つめた)い石の天井だ。

感じていたのは 気が狂いそうな静寂と、ぐるぐる巻きの呪布でも防ぎようのない寒さと、背にしているテーブルの硬さだけ。

しかし『今は どうやら違うらしい』事に気が付いたのだ。

自分は 横臥している様だし、下になっている部分に感じるのは 硬さとは真逆のモノだ。

上になっている部分にも 柔らかさがあり、全体的に 温もりがある。

経験した事のない、煖(あたた)かさと 快適さだ。

抗(あらが)い難(がた)い心地良さだ。

「 ………………… 」

シシィは、暫(しばら)く 枕の表面を見詰め、すう っと瞼(まぶた)を閇(と)じた。

眠りに落ちかけたシシィの耳に、また 小さな音が聴こえ出した。

衣擦れを耳にして、そもそも 自分は これに起こされたのだ、とでも思い出したのか。

再び、薄く瞼(まぶた)が敞(ひら)く。

今度は、睛(め)が 左右の様子を俔(うかが)った。

夜明け前の寝室は、暗い。

しかし、暗闇で育ったシシィの睛(め)は 日中と変わらない視野を保(たも)っている。

見えたのは、広々とした綺麗な部屋と 細やかな装飾の美しい天井・緻(こまか)いレースのカーテンに その向うの大きな窓・淡いクリーム色の壁と 木目の美しいチェストや 手の込んだ造りの豪華な椅子・そして、自分を包んでいる 柔らかな布団。

シシィは、軽く瞠目した。

驚きの余り、惟(おも)わず 呼吸を止めていた。

黴(カビ)と埃(ホコリ)と 湿気の匂いが篭(こも)っていた、あの小さな部屋ではない事に驚いたのだ。

淡い紅藤色の瞳が 忙しなく辺りを俔(うかが)っている。

何度も 現状を確認にして、漸(ようや)く 自分の有り得ない幸運(・・・・・・・)を思い出したらしい。

シシィの睛(め)が、何度か瞬(しばた)いた。

僅(わず)かに泛(う)かんでいた動揺が、ゆっくりと消えてゆく。

見敞(み ひら)かれていた瞳は、半分近く閇(と)じている。

元の無表情に戻って、数秒後。

シシィは、音の発生源を捜し始めた。

顔を動かさずに見える視界の中に 音の発生源はないと確認して、シシィは のそりと寝返りを打つ。

ころり と反転すると、ロキが見えた。

尤(もっと)も、見えたのは 銀髪の後ろ頭だけだ。

ベッドから抜け出しているらしく、シーツの平原の先に 銀髪の頭だけが見えている状態だ。

さらさらで艶(つや)やかな銀髪の頭の上半分、それだけでも ロキだと判る。

どうやら、こちらに背を向けているらしい。

「 ………… 」

動いている銀髪を シーツ越しに眺めるシシィの瞼(まぶた)が、半分より下がっている。

その状態で ぼんやりと眺めていると、不意に 銀髪の頭が こちらを向いた。

そして、シーツの奥から 優しい笑顔が覘(のぞ)く。

昨日と変わらない、雍(やわら)かい微笑みだった。

「あ、起きた?」

ロキは、ベッドに攀じ登って シーツの海を四つん這いで近付いて来ると、シシィに手を伸ばした。

そうっと、ロキの手がシシィの右頬を撫でた。

小さな手が、暖かな体温が、ゆっくりと頬を撫でる……無条件で 安心してしまう温もりだった。

その優しい感覚に、シシィの紅藤色の瞳が とろりと微睡(まどろ)む。

睡魔に襲われているシシィを見て、ロキが 小さく笑ったのが判った。

それでも、シシィの眠気は払われない。

瞼(まぶた)は、どんどん下がってゆく。

「シシィは、此処で待っててね」

優しく囁く その声を遠くに聴きながら、シシィは 瞼(まぶた)を閇(と)じた。

深い水の中に ゆっくりと引き込まれる様に、意識が薄くなる。

一撫(ひと な)で 二撫(ふた な)でして、ロキは傍(そば)を離れ ベッドから降りて往(い)った。

彼が 静かに離れて往(い)く音は、もう シシィの耳に入らなかった。

ロキの背が寝室のドアを閤(くぐ)る時には、シシィは、もう 深い眠りに落ちていた。





次に眼が寤(さ)めた時、ロキは まだ帰って来ていなかった。

すっかり明るくなった外光が カーテンの隙間から容赦なく注ぎ込み、瞼(まぶた)を閇(と)じていても 眩しく感じる。

痛みを感じる程の眩しさに、シシィは 軀(からだ)を丸くする。

もぞもぞと動いて、掛け布団の中に潜り込む。

頭から掛け布団を被(かぶ)りはしたが、寝直すつもりではないらしい。

暫(しばら)くして、シシィは、掛け布団を被ったまま 上体を起こした。

布団を被(かぶ)り シーツの上に ぺたりと座ったまま、ぼんやりとしている。

睛(め)は、まだ 閇(と)じたままだ。

東向きの部屋である寝室に降り注ぐ 朝陽は、シシィには 刺激が強かったらしい。

布団を被(かぶ)った状態でありながら、圓(つぶ)らな瞳を しょぼしょぼとさせている。

薄く瞼(まぶた)が上がっても、すぐに 瞑(つぶ)ってしまう。

羽毛布団-越しの晃(ひか)りは、曇天の それ以下だろう。

しかし、闇の中で育ったシシィにとっては、痛みさえ覚える眩しさだった。

脳まで響く様な痛みと、瞼(まぶた)の裏に焼き付いた チカチカに、可愛い口許(くちもと)を への字(・・・)にしている。

薄眼を開けて閇(と)じて を繰り返す事-数分、やっと慣れてきたのだろう。

シシィは、苦虫を噛み潰した様な顔をしながらも 睛(め)を開けた。

糸の様に細くしか敞(ひら)かず、長い睫(まつげ)の間から 瞳の色が判る程も敞(ひら)きはしなかったが。

それでも、淡い紅藤色の瞳は、己(おの)れの手へ向けられていた。

小さな膝の上にある 小さな手を、じっと見ていた。

昨日の朝まで、呪布に葆(くる)まれていた 4ヶ月間は、自由に動く事も出来なかった。

魔物の森に捨てられる と決まった時は、生を諦めた。

短い人生だ と、嘆く気にもならなかった。

彼女は、産まれる前から 疎(うと)まれていた。

占い師を介して 神の預言(・・)が下され、産まれてくるのが『神々の〔愛し子〕』と判っていたにも関わらず、だ。

辛うじて 母親だけは慈しんでいてくれたのかもしれないが、産まれた直後に引き離され、以来 見掛けてもいない。

産まれた その日から、厄災の種として 放置され続けたのだ。

疎(うと)まれるだけなら 未だしも、罵詈雑言を浴びせられる事も 食事を抜かれる事も、当たり前だった。

それでも 暴行だけは 受けずに済んでいたが、これは『厄災の種に觝(ふ)れると 詛(のろ)われる』と云う くだらない妄信の お陰でしかない。

死なない程度に 世話はされていたが、傍(そば)にいてくれる存在はなく 優しい声を掛けられた事もなかった。

生後-4ヶ月の彼女に 名前がなかったのも、そのせいである。

そんなシシィが、捨てられた魔物の森で 慈しんでくれる存在(ロキ)と出会ったのだ。

ロキが呪布を外し 名を付けた瞬間から、シシィの運命は変わった。

軀(からだ)の変化 と云う単純なモノではなく、自分の存在に意義が与えられた瞬間だった。

向けられる嬉しそうな笑顔も 掛けられる優しい声も、人生で 初めてのモノだった。

否定され続けた『存在』が、肯定された瞬間だったのだ。

愛情なんて言葉は、知らずに生きてきた。

煖(あたた)かいモノなど、彼女の周りには なかった。

それでも、憶えた感覚は 離れ難(がた)いモノだった。

「 ––––––––––––……… 」

シシィの唇が、小さく動いた。

声は、出なかった。

そもそも、声を出す と云う習慣が、彼女には ないのだ。

シシィは、赤児らしく泣く事も してこなかった。

産まれる前から、彼女には 神々に与えられた叡智(えいち)の片鱗があり『泣く』と云う行為に因(よ)って 自己を主張する必要はなかった。

周囲の言語は、理解出来ていた。

声帯は安定していなかったが、喋ろうと惟(おも)えば 言葉を発する事も可能だった。

しかし、彼女は 産まれながらに疎(うと)まれし存在だ。

厄災の種が喋った攸(ところ)で、誰も耳を貸しはしないだろう。

撰(よ)り気味悪がられ、誰も寄り付かなくなるだけだったろう。

そう惟(おも)えばこそ、日々 押し黙り、己(おの)れの人生さえも諦観して過ごしてきたのだ。

「 ………… 」

再び、シシィの唇が動いた。

短い言葉を発する様に、緲(かす)かに震える様に、桜色の唇が動く。

同じ単語を繰り返す様に、唇が 同じ動きをしている。

それでも、声は出なかった。

「 ………… 」

シシィは、僅(わず)かに眉を寄せた。



  ___ 声を発する。___



この 産まれた瞬間から『出来て当たり前』の事が、彼女には 困難になっていた。

声帯は 固まった様になっており、震える事なく 空気を通すのみだ。

動く事と同じく、やってこなかった行為だけに『すぐには出来ない』らしい。

或る程度 光りに慣れてきたのだろう。

シシィは、被っていた掛け布団を 頭の上から剥ぎ取った。

軽くて ふかふかで 暖かい布団を剥ぐと、再び 周囲を見回した。

淡い紅藤色の瞳が、広い部屋を 右から左へと揺れながら動いてゆく。

何度 見ても、其処に 銀髪の幼児の姿はない。

「 ……………… 」

シシィの 小さな口が、三度(みたび) 動いた。

動いただけだった。

相変わらず 喋らないままでした。

この先の展開が 3っに割れていて、どれにするか迷っています。

場合によっちゃ まだまだ喋らない、なんて事もあるかも……。


名前を呼んでもらえて 小躍りするロキ、を書く日はくるのだろうか⁈

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