16.
ビルの外に煙草を吸いに行っていた所長が、ちょうど戻ってくる。彼は整理整頓ができないが、その中でもどこに何が置いてあるかを完璧に把握している人らしい、書類や文房具の混雑の中から、一発でその紙を見つけ出し、僕に渡してきた。デスクに持ち帰り、メールに書かれている内容を、その紙に落とし込んでいく。向かいの瀬戸田も隣に寄って来た。書くのを手伝ってくれる。
「『さ』が『33』」
「えと、『33』のところに平仮名の『さ』ってこと?」
「そう」
「ほいほい。うーん、逆に言ってくれた方が分かりやすいかも」
「じゃあ、数字の『7』のところに、平仮名『の』」
「そうそう、そういう感じで」
そんなようにして、十箇所を埋め、昨日僕たちが直接把握した分を含めて、十三個についてまとめた。しかし、恵里菜の推理の順番通りに、あるいは五十音順に集まる訳でもなく、まだ紙面上に文章は見えてこない。
「どう? あっ、レイナ、ちょっと待ちなさい」
愛猫の猫パンチを受けながら、所長もやってきた。分かっているところを埋めた紙を、彼も眺める。
「ふーん、まだかなり穴だらけだねえ。拾得場所は?」
「日本全国に散らばっています。今日のメールによりますと、北海道の函館の漁港、東北の山中で登山者が拾ったというもの、佐渡へ向かう船の甲板、長野県の姨捨山駅、神奈川県の水族館のイルカ水槽、大阪の通天閣の足元、奈良公園の鹿が拾ってきたもの、鳥取砂丘、愛媛県庁の玄関、首里城復元現場、だそうです。海外にも情報を発信しているそうですが、今のところ海外で見つかったという例はないそうです。なお、今のところ、人的被害や、物損被害等の報告もないとあります」
「ずいぶんとあちこちだねえ。人がよく出入りするようなところもあるけど、山の中というのは厄介だねえ……登山者がたまたま目に付きやすいところにあった、というのも考えられるけど……文章にするには、一つの『キューブ』に一つの平仮名ということならば、まだ結構必要なんじゃない?」
「今日集まったのが十個ですので、仮に『キューブ』が百個ぐらいあるとすれば、少なくとも十日、二週間ぐらいかかるかと。『キューブ』それ自体の構成物質の分析が不可能な状態ですので、今はあの現場を調べながら、全国規模での『キューブ』の収集を待つことぐらいしかできないと思われます」
僕が見通しを示すと、所長は頭を掻いた。
「そうだろうねえ……これだけあちこちに散らばってたとなるなら、探すのは容易ではない。それに、あそこ一箇所の爆発で、そこから出た破片が北海道や沖縄にまで飛ぶのもまた不自然。しかも飛んだ先で、人にぶつかったり、『キューブ』自体が何か物にぶつかってそれを壊した、という話も今のところない。それは、すなわち……」
所長が言葉を切ったところで、瀬戸田がはっとした顔になった。
「あ、もしかして最初から、爆発の前から、あるいは爆発の瞬間に、あちこちに仕組んでいたとか?」
その考えはなかった。てっきり、その爆発の後に、爆発の衝撃であちこちに飛んだものだと思っていたが、それは不自然で、でもそれをどう説明しようかと考えていたが、そのような考え方が一番自然なのかもしれない。
「もしそうだとすると、犯人は一人ではない可能性もある、ということですか」
「そうなると厄介だねえ……今まで変な組織、いくつか潰してきたけど、ここまで大胆なことをやってくる連中はいなかった。もし相手にする必要があるのなら……ねえ?」
「ああ、あれね……いや、あれこそ使いたくないけどさ」
所長は瀬戸田と顔を見合わせる。瀬戸田もうなずく。何か、僕の与り知らぬ何かの了解事項でもあるのだろうか。
「えと、何ですか」
「それなんだけどね……」
と、所長が切り出したところで、事務所内に音楽が流れ始めた。『蛍の光』、ではなく、『夕焼け小焼け』。ここは東京・八王子、この歌のモデルとなった地区がある。パソコンの画面に表示されている時計を見ると、ちょうど五時だった。
「時間切れのようだね。また次来た時に話すよ。はい、お疲れ様です」
「おつかれー!」
「あ、うん、おつかれ……」
どうやら残業をしてまで伝えたい話でもなかったらしいが、僕の中には引っかかりを覚えた。まあ、どうせ、瀬戸田と家に帰るのだ、食事中に切り出されることもあるだろう。
「にゃーお」
「ん、帰ろうか」
みいが擦り寄ってくる。もうお腹を空かせている頃だろう、帰ったらまず、彼らの餌遣りである。




