第四章 7話 天界の新秩序 その4
「新・委員長……」
ガリエルが、静かに口を開いた。
「ザリエルさんには、そろそろ退場していただきましょうか?」
「彼の審議は、すでに終了しておりますので……」
『ま、待て……!』
《神託の壺》の内部から、ザリエルの声が響く。
『まだ……話は終わって――』
しかし。
その言葉を最後まで待つ事なく。
ザリエルを納めた《オラクル・ヴェッセル》は、静かに議場の外へ運ばれていった。
誰も、止めようとはしない。
ただ、その光景を見つめていた。
「……オラクル・ヴェッセルの戒めを、一時的に解除するとは……」
仮・委員長が、小さく呟く。
「さすがは、ザリエル様ですな……」
その声には、わずかな感嘆すら混じっていた。
だが――
もう、流れは止まらない。
議場は、静まり返っていた。
いや。
誰もが、“理解してしまった”のだ。
天界の時代が、今この瞬間に変わったのだと――。
そして。
仮・委員長が、静かに小さな咳をひとつ落とす。
「――では」
「元・委員長……何か弁明はございますかな?」
静かな声だった。
だが、その響きは重い。
「あなたには、正式に弁明の機会が与えられます」
次の瞬間――
〝ドンッ!!〝
元・委員長が、机を強く叩いた。
「弁明だとっ!?」
「そもそも、すべて言いがかりではないか!!」
怒声が響く。
「第一――」
「誰が、《メモリアル・オラクル》の使用を許可したと言うのだ!!」
その瞬間。
仮・委員長が、静かに手を挙げた。
「それは――わたくしです」
短い返答。
しかし、それだけで十分だった。
元・委員長は、机を叩いた姿勢のまま止まる。
そして――
ゆっくりと、項垂れた。
ざわ……
議場の空気が、静かに揺れる。
「なお――」
仮・委員長は、淡々と続けた。
「元・委員長と共に、ザリエル実刑囚へ力を貸与した方々につきましては……」
「すでに、こちらで把握しております」
その瞬間。
元老院席の空気が、一気に凍りついた。
「ですが――」
「自ら名乗り出られた場合、情状酌量の余地が存在します」
「……いかがなさいますか?」
静かな問い。
だが、それは実質的な最後通告だった。
重苦しい沈黙。
そして――
天界執行官達に促されるように、元・委員長が静かに退席してゆく。
その背中からは、すでに覇気が消えていた。
さらに。
苦い表情を浮かべた数名の委員達が、無言のまま後へ続いてゆく。
ざわ……
ざわざわ……
傍聴席から、小さなどよめきが漏れる。
「まさか、本当に……」
「元老院が……」
「天界が、変わる……」
誰もが、小声で囁き合っていた。
しかし――
「静粛に願います」
仮・委員長の一喝で、議場は再び静まり返る。
完全な沈黙。
もはや、先ほどまでの空気ではない。
ここにいる誰もが理解していた。
ガリエルは――
もはや単なる天使長ではない。
新たな秩序、そのものになろうとしているのだと。
「……色々と雑然と致しましたが」
仮・委員長が、静かに議場を見渡す。
「これにて、本審議を終了と致します」
そして、わずかに間を置いた。
「なお――」
「本法廷外におきまして、法廷内での出来事、及び所作等を不用意に語られた場合……」
「内容次第では、刑罰対象となる可能性もございます」
「くれぐれも、ご注意願います」
その言葉を最後に。
仮・委員長は、静かに退場した。
誰も、動かなかった。
まるで。
今、自分達が見届けたものの意味を、理解しきれずにいるかのように――。
そして。
サマエルは、その一部始終を静かに見届けた後――ゆっくりと席を立つ。
(……これで、ガリエルの時代へ変わるわね……)
心の中で、静かに呟く。
だが、その表情は複雑だった。
安堵。
諦め。
そして――
わずかな、不安。
(でも……ガリエル……)
(あなた、本当に……それで満たされるの?)
答えは、返ってこない。
サマエルは、小さくため息を漏らすと――
静かに議場を後にした。




