第四章 1話 セレグが果たせなかったモノ
漆黒の闇を、一頭の馬が駆け抜けていた。
馬上には二つの人影。
ひとりは、剣を携えた若き騎士――セレグ。
そして、その背にしがみつく少女――エリナ姫。
二人の表情には、隠しきれない疲弊が浮かんでいた。
「セレグ……もうすぐ追いつかれます……! 私を置いて、あなただけでも逃げてください!」
「ご安心ください、エリナ姫」
セレグは、闇の先を睨んだまま答える。
「必ず、あなたをお守りします」
背後からは、追っ手の馬蹄が迫っていた。
数十騎。
しかも距離は、すでに近い。
(……早すぎる)
セレグは眉をひそめる。
(仲間の中に裏切り者がいたか……)
その時。
木々を駆け抜ける枝が、セレグの頬を鋭く裂いた。
ピリッとした痛みが、現実を突きつける。
そして――
二人の前に、“絶望”が現れた。
巨大な断崖。
百メートルはあろうかという絶壁が、行く手を完全に塞いでいた。
「くっ……!」
セレグは馬を止め、エリナ姫と共に飛び降りる。
その直後――
追っ手が到着した。
「おやおや……これはこれは、エリナ姫」
先頭の男が、馬上から下卑た笑みを浮かべる。
時の権力者――デバス卿。
「このような夜更けに、護衛騎士と逢瀬とは……実に微笑ましい」
周囲の男達が、下卑た笑い声を漏らした。
「セレグを侮辱するな!!」
エリナ姫が叫ぶ。
「あなたの悪事の証拠は掴みました! これより父上――国王陛下へ報告します!」
「はははっ!」
デバス卿は鼻で笑った。
「それは難しいでしょうなぁ……まず、その崖を越えられればの話ですが?」
男達の笑い声が広がる。
だがセレグは、一歩前へ出た。
「デバス卿……証拠は俺がすべて持っている」
鋭い視線が、真っ直ぐ敵を貫く。
「俺さえ消せば、姫にはどうする事もできない……そうだろう?」
「セレグ!?」
エリナ姫の顔が強張る。
デバス卿は、愉快そうに口元を歪めた。
「話が早いな、騎士殿」
「貴様が投降するなら、姫には危害を加えぬと約束しよう」
「ダメ!!」
エリナ姫が、セレグの腕を掴む。
「私を守るって言ったじゃない!!」
セレグは、泣きじゃくる姫を静かに見つめた。
そして――優しく微笑む。
「……こうなった以上、姫だけでも生きのびてください」
ゆっくりと。
セレグは、エリナ姫の背を押した。
その瞬間――
勝ち誇ったようなデバス卿の高笑いが、闇夜に響き渡った……




