第二章 7話 地下に落ちた影
アユミは、薄暗い室の中で目を覚ました。
――また、こんな展開だ……
口は、ガムテープのようなもので完全に塞がれている。
声は出せない。
(ええ〜っと……なんで、こうなってるんだっけ……)
頭の中で記憶を辿る。
……そうだ。
研究室に戻って、ドアを開けようとした時――
後ろから、いきなり押さえつけられた。
そのあと……
(あれ、なんだったの?スタンガン?)
手も縛られている。
感覚で確認する。
痛みは、ない。
だが――
状況は最悪だ。
(これ……完全にアウトなやつだわ……)
空気が、重い。
どこか湿ったような匂いがする。
ここは――
地下の、倉庫のような場所だった。
外の気配は、まるで感じられない。
閉じ込められている。
その事実だけが、じわじわと実感に変わっていく。
(……これ、ほんとにヤバいやつかも)
その時――
扉が開いた。
細い光が、室内を切り裂く。
「目が覚めたのか?」
男の声。
聞き覚えはない。
ゆっくり顔を上げる。
(うわっ……)
黒服、サングラス、マスク。
(完全に悪人じゃないのよ……)
首が疲れて、床に頭を戻した。
(テンプレすぎるでしょ……)
「少し聞くが――」
足音が近づく。
「こうなった原因に、心当たりはあるか?」
(原因……?)
頭を回す。
(何か知ってるかってこと?)
……ひとつ、浮かぶ。
(副理事長の件……)
(エリカちゃんの名前も出てたし……)
(あれ、絶対おかしかったよね……)
「――なるほど」
男が、わずかに笑った。
「やっぱり、キミは“黒”だね」
(えっ……)
思考が止まる。
(今……読まれた?)
「うん、正解」
軽い声。
「一番確認したかったことが確認できた」
「ありがとう」
(はあああ!?)
その時――
別の足音。
ゆっくりと、もう一人が入ってくる。
空気が、変わった。
「どうだ?」
低く、落ち着いた声。
「何か確認できたか?」
「はい」
黒服が即答する。
「一番重要な部分は、すでに……簡単に、手に入りました」
(なんか……私っ、ディスられてない?)
「そうか?」
その男が、一歩前に出る。
「まあ、どちらにしても……処理は変わらんがな」
光に照らされた、その顔。
(……っ!)
見えた。
「ううっ!」
(副理事長……!)
御堂だった。
「やっぱり、副理事長だっ……て言ってます」
黒服が軽く言う。
「そうか」
御堂は、わずかに頷く。
その視線が、静かにアユミを捉える。
逃げ場はない。
視線だけで、押さえつけられるような感覚。
「キミには、色々世話になったな……柏木君」
(ふざけんな……!)
「礼として――」
一歩、近づく。
靴音が、やけに響く。
「楽に終わらせてやろう」
その声には、感情がない。
ただ、処理を告げるだけの音。
「本当は、苦しむ様子も見たいが……」
わずかに口元が動く。
「今日は気分がいいから、やめておくよ!」
(このっ……!)
「せめてもの慈悲だ」
「ううう〜っ!!」
(人でなし……!)
(こっちは助けてやったのに……!)
その時――
胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
(……え?)
一瞬だけ。
何かが、脈打った気がする。
だが――
すぐに消える。
「えーっと……」
黒服が首を傾げる。
「人でなし……つって言ってます」
「いや、もう……通訳はいらない」
御堂が、即座に切り捨てた。
「まったく……公園で始末されていれば、こんな手間はかからなかったのに……」
そして――
ゆっくりと手を上げる。
「終わらせろ……」
その一言で。
空気が、完全に凍りついた。




