第二章 2話 堕天使と見習い天使
アユミとエリカの話を遮ったのは、突然の軽いノックの音だった……
そして、ドアを開けて1人の男が入ってくる
「今日から、ここで働くことになった山地です」
穏やかな声が、病室に響いた。
白衣姿の男。
整った顔立ち。
だが――どこか違和感がある。
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
アユミが眉をひそめた。
「ああ……事務から通達が来てた人ね」
「でも、確か外科じゃなかった?」
「どうしてここに……?」
山地は、にこやかに笑った。
「少し気になることがありまして」
その視線が、ゆっくりと室内をなぞる。
エリカのところで、ほんの一瞬だけ止まった。
その瞬間――
エリカの背筋に、ぞくりとした感覚が走る。
「……あなた」
目を細める。
「昨日の……堕天使じゃない!」
空気が、止まる。
だが、山地は笑ったままだった。
「おや」
「もう気づかれてしまいましたか……」
あっさりと認める。
その軽さが、逆に不気味だった。
「……何しに来たのよ」
『昨日の続きを、もうやるつもりか?』
セレグが低い声で、即、反応した。
山地は肩をすくめる。
「そんなに、警戒しないでください……」
「どうせお互い……今の時間では、大した事はできないでしよ?」
「なに……大した用事じゃありませんよ……」
窓際へ歩く。
自然な動作。
だが、その一歩一歩に無駄がない。
「ここに、少し厄介な存在が紛れ込んでいるようでしてね」
軽く言う。
「親切心で、教えてあげようかと」
「……は?」
アユミが眉を寄せる。
「どこにそんなものがいるのよ」
山地は、窓際で立ち止まった。
そして――
何もない空間へ、手を伸ばす。
「ここに」
そして、つまみ上げる。
何もないはずの場所から――
何かを“つまんだ”。
「なっ……!」
空気が歪む。
小さな存在が、強引に引きずり出された。
「なっ!何をするのじゃ!」
高い声が響く。
そこに現れたのは――
どこか天使のような姿をした、小さな存在だった。
山地はそれを軽く摘み上げたまま、笑う。
「ほら、いたでしょ?」
「えっ、なにそれ?」
「また変なのが出てきた!」
アユミは、あからさまに嫌そうな顔をして呟いた。
「に、人間の分際で、何を偉そうに言っておるのじゃ!」
「私は、天使!……の、見習いをしておる、セルじゃ!」
と、小さな背丈を精一杯伸ばして、宣言した。
「えっ!見習い?」
「天使自体が、神様の見習いじゃないの?」
エリカが、半分笑いながら聞いた。
「失礼なことを言うな!この愚民ども!」
真っ赤な顔になった。
「どうでもいいけど……いつまでぶら下がっているの?」
まだ、山地――バルサがつまみ上げているままだった。
「なんなら、このままどこかに捨てに行きますが?」
バルサは、一応、気を利かせたつもりらしい……
『ついでに、お前も一緒に消えて欲しい』
即答する、セレグだった……
エリカが、じっとバルサを見る。
「……ところで、あなたって本当に医者なの?」
一瞬、間が空く。
だが、バルサは特に気にした様子もなく答えた。
「ええ、一応は」
さらっとした口調。
「昼間は環境の関係で、ほぼ人間と同じ程度の能力しか出せませんからね」
「時間だけは、いくらでも有ります」
「ですので……まあ、暇つぶしに色々と」
わずかに笑う。
「資格は取っています……」
「医師免許も、そのひとつですよ」
アユミが、ドン引きした顔をした。
「……“いくつか”のレベルじゃないでしょ、それ」
エリカも、呆れたようにため息をつく。
「なんなのよ、その無駄に有能な感じ……」
「無駄とは失礼ですね」
バルサは肩をすくめる。
そのやり取りの中で――
セルが、必死にジタバタともがいた。
「それよりもじゃ!」
「離せ!この無礼者!」
だが、軽く摘まれているだけで、全く動けない。
「……こやつ、普通ではないのじゃ……!」
セルの表情が、ほんの少しだけ真剣になる。
「ここ、なんかおかしいのじゃ!」
「変な気配がしてるから、調べに来たのじゃ!」
その言葉に、エリカの表情がわずかに変わる。
「……変な気配?」
バルサは、その様子を面白そうに眺めていた。
「ほう」
「見習いにしては、悪くない感覚ですね」
軽く指を動かす。
セルの体が、わずかに宙で揺れた。
「ですが――」
そのまま、窓の外へ視線を向ける。
「この程度の“違和感”で動くとは……」
「上は、よほど余裕がないと見える」
その一言に、空気がわずかに冷える。
セルが、ピクリと反応した。
「お主……なにを知っているのだ」
低い声。
だが、バルサは答えない。
ただ、楽しそうに微笑んだだけだった。
「さて」
「何の事でしょう……?」
その言葉が、静かに落ちる。
エリカの胸の奥で――
嫌な予感だけが、確かに膨らんでいった。
――この2人は、ただの来訪者ではない。
そんな確信が、静かに芽生えていた。




