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第二章 1話 安全だったはずの病室……


ページをめくる手が止まる。


柏木 安祐美は、自分の研究室で、神話の本を眺めていた……


安祐美の視線が、一行に釘付けになった。


“神は世界の均衡を保つため――”


“天の者と、魔の者の活動する時間を分けた”


「……時間を、分けた?」


小さく呟く。


“昼は天に属するものの領域”


“夜は魔に属するものの領域”


“その境界は、決して交わってはならない”


安祐美の呼吸が、わずかに乱れる。


「そんなの……」


本を持つ手に、力が入る。


“もしその均衡が崩れた時――”


“世界は理を失い、混沌へと堕ちる”


ページを閉じる。


静寂。


「……冗談じゃないわよ」


小さく笑う。


だが、その目は笑っていない。


「じゃあ、昨日の“あれ”は何?」


夜に動けなかった自分。


あの異様な空間。


そして――


“あの光景”。


「……これって」


言葉が止まる。


「神話じゃなくて……」


ゆっくりと息を吐く。


「事実だったんじゃないの……」


安祐美は立ち上がった。


行先は、エリカの病室へ向いていた。


――


エリカの病室を訪れると、そこにはいつもの顔があった。


「安祐美さん!……昨日は、あれから大丈夫でした?」


エリカが少し不安そうに尋ねる。


安祐美は一瞬だけ言葉を止めた。


「聞かないで……」


小さくため息をつく。


「かなり、大変だったのよ」


視線を少しだけ逸らす。


「近所で“何かすごい音がした”って、騒ぎになってたらしくてね……」


「私はその場にいたのに、朝まで全く動けなくて……」


「で……駆けつけた警察官からの質問ぜめ」


「……説明しようがなくて、結局そのまま事情聴取よ」


苦笑いを浮かべる。


「いきなり犯人扱いされて、散々だったわ」


少し間を置いて――


「……でもね」


エリカを見る。


「“何が起きたのか”は、ちゃんと分かってるつもり」


その言葉の直後だった。


『大変だったな』


低く、落ち着いた声が病室に響いた。


――一瞬、時間が止まる。


安祐美の指先が、わずかに震えた。


ゆっくりと顔を上げる。


視線だけが、声のした方向を探る。


「……やっぱり、いるのね」


小さく呟く。


だが、その声は少しだけ硬い。


「昨日のこと……夢じゃないのかって、どこかでおもってた」


一度、言葉を切る。


ほんのわずか、呼吸を整えるように。


「……でも」


「こうやって“話しかけられる”と、現実だと思うしかないわね!」


セレグは答えない。


ただ、そこに“いる”。


その沈黙が、逆に存在を強くする。


安祐美は、その気配から目を逸らした。


「昨日の出来事は……あなたが、原因なの?」


問いかける。


だが、それは責める声ではない。


確認するような、静かな問い。


『わからない……でも、無関係じゃないだろうな』


セレグからの答え……


それがあるだけで、空気が重くなる。


安祐美は目を閉じた。


「……はぁ」


小さく息を吐く。


「とんでもないものに関わっちゃったみたいね、私」


それでも――


完全に崩れはしない。


ゆっくりと目を開く。


その視線は、もう逃げていなかった。


「……で?」


少しだけ、口元を上げる。


「これから、どうするつもりなの?」


エリカに向き直る安祐美は、医者の顔に戻る。


状況を受け入れた者の顔だった。





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