第8話:クロムを引き込むために
アルヴァレン王国第三騎士団団長エリシア・ハイネス・アルヴァレンは、魔境沿いの街道を進む部隊の先頭に立ちながらも、先ほどまでの戦闘の余韻が未だに脳裏から離れないまま、静かに手綱を握り締めていた。
それは、単なる強敵との遭遇という話ではなく、自身がこれまで積み上げてきた戦闘経験と常識のすべてを、根底から覆しかねない存在との邂逅であったがゆえに、意識して思考を整理しようとすればするほど、逆にその異質さが鮮明に浮かび上がってくるような、そんな感覚を伴っていた。
――クロム。
短く名乗っただけの青年の姿を思い返しながら、エリシアは無意識に眉を寄せる。
魔剣を担ぎ、気負いもなく戦場に踏み込み、Sランクの魔物――それも最上位に位置するデヴォウラーを相手に、一切の逡巡もなく圧倒し切ったあの戦いは、いくら理詰めで分析しようとも説明がつかない点が多すぎた。
そもそも、デヴォウラーという存在そのものが、極めて危険とされる災害級の魔物であり、王国においても討伐の際には複数の精鋭部隊、あるいはそれに準ずる戦力を動員することが常識とされているにもかかわらず、あの青年はそれを〝ついで〟と称して処理してみせたのである。
さらに異様なのは、その戦闘の中で見せた余裕と、終始崩れることのなかった冷静さであり、恐怖や緊張といった感情の揺らぎが一切感じられなかった点であり、それは単に実力が高いというだけでは説明のつかない、ある種の異常性すら帯びていた。
そして何よりも――
「……〈鍛冶師〉か」
小さく呟かれたその言葉は、あまりにも現実味を欠いていた。
戦闘職であればまだ理解できる、あるいは極めて優れた個体であると納得することもできる。
しかし、彼自身が明言した職業は、生産系に分類される〈鍛冶師〉であり、本来であれば戦場の最前線に立つような存在ではない。
にもかかわらず、その実力は明らかに王国の騎士団を凌駕していた。
――常識が通用しない。
その一言に尽きる存在。
だが同時に、エリシアは確信していた。
あの男の力があれば、この戦争の流れを大きく変え得る可能性があるということを。
ディグラート帝国との戦いは、いまだ膠着状態にあるとはいえ、長期化による疲弊は確実に進行しており、どこかで均衡が崩れれば、一気に戦局が傾く危険性を常に孕んでいる。
その均衡を、こちら側に引き寄せる決定打。
それになり得る存在が、あのクロムという青年であるとすれば、何としてでも王国側に引き入れなければならない。
それはもはや個人的な興味ではなく、国家としての必要性に直結する判断であった。
そうして思考を巡らせているうちに、やがて部隊は目的地であるルーベント辺境伯領へと到達する。
魔境に隣接するこの領地は、外周を堅牢な防壁によって囲われているだけでなく、常に臨戦態勢を維持しているかのような張り詰めた空気を帯びており、王都とはまるで異なる緊張感が漂っていたが、それは同時に、この地がいかに過酷な環境下で守られているかを如実に物語っていた。
到着後、エリシアは休む間もなく辺境伯との面会へと向かい、王命である援軍要請の件について簡潔かつ正確に伝達するとともに、現在の戦況と前線の状況について詳細な説明を行った。
それに対し、ルーベント辺境伯は重々しく頷きながら話を聞き終えた後、しばしの沈黙を挟んでから静かに口を開く。
「……なるほど、王国としても余裕がないというわけですか」
「はい。帝国の動きは依然として活発であり、今後さらに規模を拡大する可能性も否定できない」
「であれば、こちらとしても無視はできませんな」
低く呟くように言った後、辺境伯はゆっくりと椅子にもたれかかった。
「戦力の一部を割いて援軍を出すことは可能です。ただし、この地の防衛戦力を著しく削るわけにはいかない以上、派遣できる規模には限りがあります。なんせ、ここは魔境と隣接しておりますからな」
「それでも十分です。ご協力に感謝します」
エリシアは深く一礼する。
最低限の目的は果たされた。
だが、これだけは聞いておかなければならない。
「……もう一点だけ、よいか」
「どうしました?」
「ローヴァという村にいる、クロムという名の〈鍛冶師〉を知らないか?」
その問いに対し、辺境伯はわずかに眉を顰める。
「クロム……いや、そのような名の〈鍛冶師〉は聞いたことがないですな」
「そうですか……」
期待していた答えは得られなかった。
あの実力であれば、辺境伯領においても相応に名が知られていてもおかしくはないはずだが、少なくとも公には認知されていない存在であるらしい。
あるいは、意図的に表に出ていないのか。
わずかな疑問を残しつつも、エリシアはそれ以上尋ねることなく、面会を終える。
そして、辺境伯領を後にした彼女は、そのまま王都へと帰還することとなった。
王都アルバーレ。
王国の中心にして、政治と軍事の要であるその地へと戻ったエリシアは、帰還早々に王城へと赴き、父である国王への謁見の場に臨む。
広間の奥、玉座に座すアルヴァレン国王、エドリックの前に進み出たエリシアは、膝をついて臣下の礼を取る。
「エリシア・ハイネス・アルヴァレン、ただいま帰還いたしました」
「ご苦労だった。顔を上げよ」
穏やかでありながら威厳を帯びた声が、静かに響く。
許しを得て顔を上げたエリシアは、そのまま一切の淀みなく、前線の戦況、帝国軍の動向、そして辺境伯領への援軍要請とその了承について、順を追って詳細に報告を行った。
国王はそのすべてに耳を傾け、時折短く頷きながら内容を確認していく。
「……よく分かった。援軍の件についても、迅速に手配を進めよう」
「承知しました」
報告は滞りなく終了したが、エリシアは去ろうとはしない。
「……陛下、もう一点、ご報告があります」
エリシアは一瞬の間を置いてから、静かに口を開いた。
「ほう」
「辺境伯領の途上にて、Sランク指定の魔物であるデヴォウラーと遭遇しました」
その言葉に、広間の空気がわずかに緊張を帯びる。
「結果としては、討伐に成功しております」
「……エリシアの部隊で、か?」
「いいえ」
エリシアは首を横に振る。
「単独でそれを成した者が、一人おります」
国王の視線が、わずかに鋭さを増す。
「名を、クロムと名乗りました。職業は〈鍛冶師〉」
「……〈鍛冶師〉がデヴォウラーの討伐、だと?」
「はい。しかし、その実力は常識の範疇を大きく逸脱しています。デヴォウラーを相手に終始優位に立ち、易々とこれを討ち取りました」
言葉を選びながらも、その評価に誇張は一切含まれていなかった。
「私は、あの者を王国に引き入れるべきだと考えます」
はっきりと断言する。
「現状の戦況を鑑みれば、あの戦力は喉から手が出るほど必要です。仮に他国――特に帝国に渡るようなことがあれば、取り返しのつかない事態になりかねません」
静まり返る広間。
やがて、国王はゆっくりと口を開いた。
「……なるほど、そこまで言うか」
「はい。住んでいる場所を聞いた際、本人から『来たところで勧誘は無駄』と釘を刺されてしまいましたが……」
「そうであるか。しかし、〈鍛冶師〉であるならば動かし方はある」
その一言に、エリシアはわずかに目を細める。
「希少素材の提供だ。あの手の職は、良質な素材には抗えん場合が多い」
「……確かに」
「王国として保有する素材、あるいは流通を制御することで、こちらに引き込む余地はあるだろう」
合理的な提案であった。
クロムの言動を思い返す限り、彼が素材に対して強い関心を持っていることは明らかであり、その点を交渉材料とするのは極めて有効な手段であると考えられる。
「エリシア」
「はっ」
「その者との再接触を命じる。条件は任せるが、可能な限り王国側へ引き入れよ」
「承知いたしました」
迷いはなかった。
むしろ、それを望んでいた。
あの規格外の存在を、もう一度この目で確かめるために。
そして、戦場に立つ者として、その力を、王国のために振るわせるために。
エリシアは深く頭を垂れ、静かに決意を固めたのだった。
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