第5話:なんか変なもん作る鍛冶屋らしい
辺境の村ローヴァに来てから六年が経ち、俺は二十歳になった。
〈鍛冶師〉という職業を得て、世話になった孤児院を飛び出してローヴァにやって来たのが懐かしい。
今では村の鍛冶屋として頼られている。
主に〝なんか変なもん作る奴〟として。
「クロム、いるか?」
声とともに工房の扉が開いた。
振るっていた金槌を止めて振り返ると、ガイルが立っていた。
「ガイルか。どうしたんだ? まさか酒ばっかり飲んでいるせいで、アンナさんにどやされてここに避難してきたか?」
「そんなわけないだろ! ……いやまあ、半分当たりなんだが」
ほぼ当たりだった。
「今日は女房に頼まれてきたんだよ」
そう言ってガイルは、手に持っていた布を俺に手渡してきた。
受け取って布を捲ると、刃こぼれした包丁が出てきた。
「こりゃあ酷いな。アンナさんのことだ。どうせ力任せでやったんだろ?」
「うっ、〈鍛冶師〉にはお見通しか……」
だいたい予想はつく。
「で、何を切ろうとしたんだ?」
「この前お前が狩ってきたときに貰った骨付き肉だ」
「包丁でやることじゃないだろ。いや、挑戦心は評価するが方向性が間違ってる」
「俺も無理だとは言ったんだが……」
なら止めろよ。
俺は包丁の刃先を指でなぞり、刃の状態を確認する。
欠けは深いが、芯までは死んでいない。再研磨でどうにかなるレベルだ。
まあ、致命傷一歩手前ってところか。
「まあ、これは直る。だが次からはちゃんと用途に合った道具を使え。骨は鉈か斧だ。包丁は泣くぞ」
「アンナにも同じこと言っとくわ……」
「そうしろ」
ため息混じりに笑うガイルに、俺は軽く肩を竦めて見せた。
金床に包丁を置き、炉に火を入れる。ぱちぱちと薪が弾け、やがて熱が空気を満たしていく。
この瞬間、テンションが三割増しになるは職業病だな。
「そういやよ、クロム」
「なんだ?」
「最近、村の連中が言ってたぞ。『あの鍛冶屋、なんか最近さらにおかしくなってないか?』って」
「おい、最高の評価じゃないか。進化系ってことだろ?」
「どこをどう捻じ曲げたらそうなる」
「いやいや、進化してるってことだろ。武器の性能も上がってるし、生活道具の質も上がってる。つまり村の生活水準も上がってる。すなわち俺は有能。完璧な三段論法だ」
「最後だけ強引すぎるだろ」
即答だった。
「そこまでは否定しねぇけど、『なんでそんなもん作った?』ってのも増えてるんだよなぁ……」
「……どれのことだ?」
色々作り過ぎて思い出せん。
「勝手に戻ってくる投げナイフとか」
「あれか? でも回収効率が段違いだろ? 投げた後に拾いに行く手間ゼロだ」
「いや、的に刺さったあと一回ブルって震えてからシュンッて戻ってくるの怖ぇんだよ。たまに人の横通るし」
「精度はまだ調整中だ。多少のスリルは実戦訓練だと思え」
「思えるか!」
「それと、刃こぼれ自己修復する斧」
「長期運用に向いてるし便利だろ?」
前に村の爺さんが、ここに持って来るのが手間だというと、折角の己を刃こぼれさせて申し訳ないと言っていたので作った。
爺さんは感謝していたけど。
「刃こぼれしたらギチギチって音立てて勝手に直るんだぞ? 斧が生きてるみたいで普通に気味悪いんだよ」
「安心しろ。意志はない。ただ最適化されてるだけだ」
「その説明が一番怖ぇよ!?」
意思を持つ魔剣や聖剣は持っている。しかし、あれは素材が素材なだけだ。
滅多に出ない激レア素材で、尚且つ時間をかなりかけて作ったからできたもの。
Sランクの〝自己修復〟する能力をもっていた魔物を使って作っただけの斧では、意志など有しない。
「あと、衝撃吸収するハンマー」
「あれは傑作だぞ。手首への負担ゼロだ」
「釘打ってもぽふってなるだけで全然刺さらねぇんだよ!」
「……調整ミスだな。衝撃を吸いすぎたか」
「失敗作じゃねぇか⁉」
「問題ない。改良すれば完成する」
「お前の問題ないは信用ならねぇんだよ!」
酷いじゃないか。俺は村に貢献してきたというのに。
まあ、作って渡すたびに進化しているから引かれているのは事実だけど。
ガン、ガン、と一定のリズムで叩く。
うーん、アンナさんのことだ。また刃が欠けることだろう。
なら、適当に切れ味と強度を高めておくか。
適した素材を取り出して熱して叩き、一体化させていく。
こういう日常の中にいると、改めて思う。
本当に、平和だ。
魔境でSランクを相手にしているときと、同じ世界とは思えないくらいに。
あっちは命のやり取り、こっちは包丁の寿命のやり取りだ。
「まあでもよ」
ガイルがふと、少しだけ真面目な声を出した。
「助かってるのは本当だ。道具も、武器も。前より怪我人も減ったし、畑の効率も上がった。村長も感謝してたぞ」
「そりゃどうも。効率改善が数字に出ると気持ちいいからな」
軽く返すが、内心では少しだけ満足していた。
効率厨としては、成果が出ているのは純粋に嬉しい。
数字は裏切らない。人は裏切るが。
「……そういやミーナのとこにも、包丁作っていたよな? この前行ったら包丁が青白く光っていたぞ?」
「ああ、あれか」
去年のことを思い出す。
「気合いを入れて包丁を作ってやったんだ」
「き、気合い、だと……?」
「祝いなんだし、せっかくだからと希少素材を使って打ってやったんだ。半ば聖剣化していたけどな」
ミーナは去年、隣村から来た商人の男、レオルと結婚した。
何度も村に来ていて、真面目で気のいい奴で、まあ、ミーナにはちょうどいい相手だろう。
最初聞いたときミーナに「ついに口うるさいのが結婚か」なんて言ったら、本人に思い切り叩かれたが。
しかも結婚してからも、普通に俺の工房に来る頻度は変わっていない。
「クロムさん、ちゃんと食べてますか?」
「クロムさん、寝てますか?」
「クロムさん、また無茶してませんよね?」
……あいつ、結婚した意味あるのか? 夫のレオルより俺の生存管理してないか?
「でもまあ、変わらねぇよな」
ガイルがぽつりと言う。
「何が?」
「この村の感じだよ。ちょっとずつ良くなってるけど、根っこは変わらねぇ。相変わらずのんびりしてるし、騒がしいし」
「それでいいだろ。全部変わったらそれはそれで落ち着かん」
俺は包丁を水に浸し、ジュッと音を立てて冷やす。
「変に変わる必要もない。必要な分だけ変わればいい。過剰改善は後々問題になる」
「たまにいいこと言うよな」
「たまにじゃない。常にだ」
「それは言い過ぎだ」
仕上げに砥石で刃を整える。
数回滑らせただけで、刃は見違えるように蘇った。
「ほら、完成だ。第二の人生スタートだな、この包丁の」
ガイルに手渡すと、恐る恐る刃に触れる。
「……おお、すげぇ。新品みてぇだ」
「新品以上だ。また刃こぼれするだろうから、強度と切れ味を強化しておいたぞ」
「……変な能力とかないよな?」
付けるわけないだろ。
「ない。料金はいいよ。アンナさんに世話になっているからな」
俺の回答に、苦笑しながら包丁を大事そうに布に包むガイル。
「助かった。代わりに酒でも奢ろう」
「二杯だな。労働に見合った報酬を要求する」
「欲張るな」
そんなやり取りをしていると――
「クロムさーん!」
聞き慣れた声が外から響いた。
「……噂をすればだな。管理者が来た」
「誰のだよ」
扉が勢いよく開き、そこに立っていたのは――
「やっぱりいましたね! また鍛冶してるじゃないですか!」
ミーナだった。
結婚しても変わらない、その調子である。いや、若干強化されている。
「いや、これは仕事だ。正当な労働だ」
「昨日も同じこと言ってましたよね?」
「昨日は昨日、今日は今日だ。日付が変わればセーフ」
「アウトです!」
ずい、と距離を詰めてくる。
圧が強い。物理的にも精神的にも。
「お前なぁ……レオルの方はどうした」
「今日は仕入れで出てます。レオルさんも心配してましたよ? それよりクロムさん、ちゃんとご飯食べてますか?」
「今から食うところだ」
「嘘ですね?」
「なぜバレた」
ガイルが横で吹き出している。
「ほら見なさい! もう、本当にこの人は……」
「いや待て、ちゃんと食う。今食う。五秒後には食ってる」
「今から食うじゃなくてもう食べたって言える生活してください!」
ぐうの音も出ない正論だった。
これはクリティカルヒットである。
「……ガイル、助けてくれ」
「無理だな。俺はもう帰る。生きてまた会おうな」
さっさと逃げるように出ていくガイル。
裏切り者め。あとで酒三杯奢らせる。
「さあ、今日はちゃんと食べて休んでください!」
「わかった、わかったから押すな! 〈鍛冶師〉は繊細なんだぞ!」
「Sランクの魔物を一撃で倒す人が繊細なものですか!」
背中を押されながら、工房から追いやられる。
まったく。魔境の魔物より厄介だ。
だが、こういう日常も、悪くない。
「……平和だな」
ぽつりと呟くと。
「何か言いました?」
「いや、なんでもない」
俺は苦笑しながら、差し出された食事に手を伸ばした。
変わらない日々。
だが、それでいい。
この日常があるからこそ、俺はまた明日も金槌を振るえるのだから。
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