第2話:生産職は戦えない、は間違い
森を抜けると、視界がふっと開けた。
鬱蒼とした木々に覆われていた世界から一転して、そこには人の手が入った、どこか不格好で、それでいて妙に落ち着く景色が広がっている。踏み固められた土の道、ところどころ歪んだ柵、煙を細く上げる木造の家々。整備されているとは言い難いが、それでも確かに〝生活〟が存在しているとわかる空間。
――辺境の村、ローヴァ。
「……ただいま、っと」
誰に向けるでもない言葉を、いつもの調子で軽く口にしながら、俺は肩に担いでいた『試作型貫杭機構』――パイルバンカーを少しだけ持ち直した。
地面を踏むたびに、ずしり、と遅れて重さが伝わってくるが、それすらも今となっては違和感のないいつもの感覚だ。
と、そのとき。
「おーい、クロム! 今戻りか?」
道の先、井戸の近くで桶を抱えていた男が、こちらに気づいて手を上げてきた。
名はガイル。三十代半ばくらいの、いかにも村の力仕事担当といった風体の男で、最初にこの村へ来たときから何かと世話になっていた。
「見ての通りだ。今日は収穫あり。まあまあ上振れってところかな。肉も持ってきたからみんなで分けてくれ」
軽く肩を竦めて答えると、ガイルの視線が、自然と俺の手元――いや、正確には担いでいる武器へと吸い寄せられる。
「肉はありがてぇんだが……相変わらず、とんでもねぇもん持ち歩いてんな、それ」
「お、褒めてくれてるんだろ? いや、違うのか?」
「いや褒めてねぇよ。むしろ引いてる」
即答だった。
まあ、わかる。普通に考えれば、身長以上の長さがある鉄塊を、しかも片手で軽々と扱っている時点で、どう考えてもおかしい。
「慣れだよ、慣れ。あと、ちょっとした工夫」
「そのちょっとした工夫で人間やめてる気がするんだが……」
呆れたように頭をかくガイルに、俺は軽く笑って返す。
「大丈夫だ。人間を辞める予定はない」
「いや、もうお前は人間か怪しいだろ……」
そんな他愛もないやり取りを交わしながら、俺は村の中へと足を進めていく。
すれ違う村人たちが、ちらり、ちらりとこちらを見る。視線の先は、やはり武器だ。無理もない。どう見ても日常に存在していい代物じゃない。
だが、その視線には、以前あったような露骨な警戒や拒絶は、含まれていなかった。
どちらかというと、「また変な武器を作って」という呆れ混じりの視線である。
「クロムさん、おかえりなさい」
柔らかい声がかかる。
振り向けば、野菜の入った籠を抱えた若い女性、ミーナが小さく頭を下げていた。
「ああ、ただいま。そっちは買い出しか?」
「はい。……あの、またですか」
ミーナの視線が武器へと向き、飽きれた表情を浮かべた。
「また〝試し斬り〟ってやつですか?」
「ああ。今日は大物を倒してきた。肉も沢山だ。ガイルに分けるように言ってある」
「いつもありがとうございます。とはいえ、気をつけてくださいね? 怪我もしているじゃないですか」
「気にするな。怪我はすぐ治せる」
実際、試し斬りや素材狩りの途中で、ポーションの材料になる薬草やらを採取している。
時間があるときにポーションを作り置きしているので問題ない。
俺が採っている場所の影響なのか、ポーションの回復力は瀕死の状況からでも完治してしまう。霊薬レベルになっていた。
「まあ、もう気にしていませんが……」
彼女は「心配するだけ損ですね」と言い、俺の担いでいる武器へと視線を向ける。
「もしかして、壊れたのですか?」
「この通りな。これも試作品だ。改善の余地しかない」
「あの、試作品ってことは……それ完成したらどうなるんですか?」
戦々恐々といった様子で聞いて来るミーナに、俺は目指す完成形を語る。
「いい質問だな。これは一撃特化の武器。俺の目指す完成は、ドラゴンを一撃で倒し、尚且つ連射できるものだ。今はまだ取り回しやら耐久性やら硬度やらの問題が山積みだ」
「一体なにを目指しているんですか……まったくクロムさんって人は……」
小さくため息をつくミーナ。
「あっ、そうでした。母が、包丁の切れ味が悪いと言ってましたよ」
「もうか。なら作っておくから後で包丁を取りに来てくれ。前の使わないならこっちで回収するから一緒に持ってきてくれ」
「ありがとうございます。では戻りますね」
ミーナ見送り、俺は自分の家へと向かう。
村の外れにある、半ば放置されていた家を借り受け、改装したものだ。
改装と改築し、鍛冶設備も最低限は揃えてあるし、何より人の出入りが少ないのがいい。
扉を開け、中に入る。
見慣れた空間。炉、金床、工具一式。壁際には素材が積まれている。粗末ではあるが、機能としては十分すぎるほど整っているこの場所は、今の俺にとって最適化された作業環境そのものだった。
武器を壁に立てかけ、肩の力を抜くように一息つく。
「……いい世界に転生したものだ」
ぽつりと呟いた言葉は、炎の気配すらない静かな空間に、やけに素直に溶け込んでいった。
ふと、視線を落として自分の手、腕を見る。
鍛え上げられた肉体。血の巡りを感じる、生きた身体だ。
最初から、これだったわけじゃない。
最初は、何もできなかった。
思い出すのは、この世界で目が覚めたときのことだ。
俺は、孤児院の前に捨てられていた赤ん坊だったらしい。
らしいというのは、その瞬間の記憶が曖昧だからだ。断片的にしか残っていない。寒さと、硬い地面の感触、それから誰かに抱き上げられる直前の、ぼんやりとした光。
はっきりと意識が戻ったのは、その数日後のことだ。
粗末な布に包まれて、木のベッドに寝かされていた。
天井は低く、壁は木材の隙間から風が入ってくるような造りで、環境としてはお世辞にも良いとは言えない。
何せ、身体が赤ん坊だ。文句も言えない。
指一本まともに動かせない。声を出そうとしても、意味のある言葉にはならない。ただの泣き声だ。
視界もぼやけていたし、音もくぐもっていた。
情報が圧倒的に足りない。
それでも、意識だけは、やけにクリアだった。
違和感は、最初からあった。
考えている。理解している。なのに、身体が追いつかない。
そのズレが、妙に気持ち悪かったのを覚えている。
気づいたのは、一ヶ月くらい経ってから。
最初は、ただの夢の続きだと思っていた。
現実感はあったが、どこか曖昧で、確信が持てなかった。
だが、時間が経つにつれて、その違和感は確信へと変わっていく。
聞いたことのない言語。知らない人間。知らない文化。
何よりも――前世の記憶が残ってた。
仕事、ゲーム。
効率を突き詰める日々。
それらが、鮮明に思い出せる。
それなのに、今の自分は赤ん坊で、孤児院にいる。
シスターは指先から火を出したり、光を出したりと科学では説明できない現象がよくある。
だから、答えはすぐに導き出せた。
――俺は転生したのだと。
どうして転生したのかといった混乱はあったが、パニックにはならなかった。
理由は単純だ。
せっかくのファンタジー世界。
ならば、素材を集めて、武器を作って、試す。
前世のゲームで出来なかった、その続きをこの世界で再び始めようと。
とはいえ、身体は赤ん坊。
身体が成長するまでの数年は、正直かなり退屈だった。
できることが限られすぎている。
だが、その分――観察に時間を割いた。
言葉、人の動き、道具の使い方、素材の種類、環境、歴史。
全部、覚えた。
無駄なく、効率よく。
そして、ある程度身体が動くようになった頃のことだった。
十四歳になった俺は、教会で『選定の儀』を受けた。
これは今後の人生を左右する〈職業〉を得るための儀式であり、全ての者が受けなければならない。
あのときの感覚は、今でもはっきりと覚えている。
頭の奥に、何かが〝嵌る〟ような感覚。
理解として、一気に流れ込んでくる。
俺の得た職業は――〈鍛冶師〉だった。
そのときの周囲の反応も、だいたい予想通りだった。
――生産職は、戦いでは役に立たない。
それが世間一般での常識であり、隣国との戦争で人材不足ならなおさら顕著に表れる。
しかしだ。
生産職が戦えないという前提自体が間違っている。
戦うために必要なのは、戦闘スキルだけじゃない。
――装備があればいい。
それだけだ。
強い武器を持てばいい。
壊れない防具を着ればいい。
単純な話だ。
そして、この世界にはもう一つの仕様がある。
それは、魔物を倒せば強くなるという、世界の摂理。
ゲームで言う経験値に近いが、実態は違う。
倒した魔物の〝魔力〟を取り込み、それがそのまま魔力や筋力といったすべてに還元され、強化される。
ゆえに、強い奴を倒せば、それだけ効率がいい。
俺は、最初からそれを狙った。
危険はある。
だが、リターンが大きい。
俺には装備を作成、強化できるっていうアドバンテージがある。
〈鍛冶師〉という職業。
作ることに特化した能力。
それは、この世界においては戦えない職とされているが、俺にとってはむしろ逆だ。
素材を集める。
武器を作る。
試す。
改良する。
また狩る。
前世と同じ。
ただし、今度はすべてが現実として積み上がる。
その結果が――この身体ってわけだ。
軽く拳を握る。
筋肉が応える。
重い武器も振れる。
速く動ける。
全部、積み重ねだ。
そして、その延長線上にあるのが――Sランク討伐。
本来であれば、一匹現れれば街一つが簡単に壊滅する被害が出て、軍隊でも多くの被害を払わざるを得ない相手。
そんなSランクの魔物を何度も倒してきたが、今回は武器がロマン武器で重量があったせいか苦戦してしまった。
しかし、結果として改良策、良質な素材が手に入った。
視線を、持ち帰った素材へと向ける。
テネブラ・ファングの牙、骨、体毛。瓶などの密閉容器には、血や臓器類。
どれも規格外であり、加工すれば確実に次の段階へ行ける。
「さて」
ゆっくりと立ち上がる。
炉の前へと歩み寄る。
疲労はある。
だが、それ以上に。
「作りたい。飯なんて後だ」
その衝動が、強い。
頭の中には、すでに設計図がある。
強度を上げる。
耐久を確保する。
そして――
「さらに、尖らせて個性を強く」
自然と笑みが浮かび、俺は金槌を握る。
「俺の本職はこっちだ」
炉に火を入れる。
静かだった空間に、炎が息を吹き返す。
「――さあ、鍛冶を始めよう」
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