第16話:適材適所
――戦場の空気が崩壊した。
ついさっきまで、人と人が殺し合うために張り詰めていた緊張は、突如として現れた魔物の大群によって、あまりにも脆く、あまりにも無様に、音を立てて崩れ去った。
「な、なんだあれは!?」
「魔物だと!? こんな数……あり得ない!」
「陣形を維持しろ! 崩れるな、崩れるなァッ!!」
怒号と悲鳴が入り混じる。
王国軍の統制を保とうとする声と、恐怖に飲まれた声が衝突し混濁している。
帝国の動きはまだ見えないが、何かしら仕掛けてくることだろう。
それにしても……。
「……うじゃうじゃいるなぁ、おい」
視界の先、ものすごい勢いで押し寄せてくる魔物の群れは、どう控えめに見積もっても災害の域に達しており、あれを前にして冷静でいろという方が無茶な話である。
「いいねぇ……」
俺はそのような災害を前に、思わず口元を緩めた。
理由など決まってる。
「素材が、向こうからやってきたな」
そう呟いた瞬間、自分でも「我ながらブレねぇな」と軽く呆れたが、事実なのだから仕方がない。
普通の人間が見れば絶望的な光景でも、俺にとっては〝宝の山〟でしかないのだから、価値観というのは本当に厄介だ。
「クロム殿! これは――!」
隣で完全に顔色を変えている部隊長が、こちらに何か言おうとするが。
「説明は後だ。っていうか見りゃわかるだろ」
軽く手で制しながら、視線は一切魔物の群れから逸らさない。
「で、だ」
一歩、前に出る。
「ここから先は、俺の仕事だ」
「……は?」
間の抜けた声が返ってきたが、気にしない。
「お前たちは下がれ。巻き込まれるぞ」
「な、何を言って――!」
「いいから聞け」
少しだけ声のトーンを落とす。
それだけで、部隊長の動きが止まった。
「これは戦争ではなく魔物の処理だ」
俺は肩を竦める。
「軍人には専門外だろ?」
その一言で、部隊長は言葉を失った。
まあ、そりゃそうだ。
人間同士の戦いと、魔物の大群の処理は、似ているようでまったく別物だ。
確かに軍でも魔物の討伐などは行うだろうが、それでも本職などに比べればだ。
「それと、全体指揮を執っているグラントたちには伝令を出せ」
「っ……な、なんと伝えれば!?」
「簡単だ」
俺は、にやりと笑った。
「魔物は俺が片付けるってな」
沈黙。
数秒遅れて、部隊長が叫ぶ。
「む、無茶です! あの数を一人でなど――!」
「無茶かどうかは、やってから判断するが、まあ見た感じ雑魚ばかりだから問題ないだろ」
軽く言い捨てる。
「ほら、さっさと行け。時間がない。それと、左翼には討ち漏らした魔物の対処と、帝国軍」
「……っ、伝令! 本部へ急行しろ! クロム殿の言葉をそのまま伝えろ! 左翼も同じだ!」
ようやく動き出したか。
それを横目に、俺は大きく息を吐いた。
「さて、と」
腕輪に魔力を流す。
空間に黒い穴が開き、内部に眠る無数の武器の気配が意識に流れ込んでくる。
「どれから試すかねぇ……」
この状況でそれを考える自分に、ちょっとだけ笑えてくる。
「……まあいい」
足に力を込める。
「全部試せばいいか」
笑みを浮かべた俺は、次の瞬間には地面を蹴っていた。
爆ぜるような踏み込みと同時に、身体が一気に前方へと加速する。
風が唸り、景色が流れ、あっという間に魔物の群れとの距離が詰まっていく。
普通なら自殺行為だが。
「ははっ……!」
自然と口元が弧を描く。
目の前に広がるのは、無数の獲物。
しかも質はちょっと不満だが、量は申し分ない。
「最高じゃねぇか……!」
〈鍛冶師〉として。
そして、素材を求める者として。
これ以上ない『収納の腕輪』に眠った武器の試し斬り日和だった。
◇ ◇ ◇
王国軍本陣、天幕内。
そこでは、先ほどまでの戦況報告を受けていた第二王子グラントと、第五騎士団団長シルフィアを中心とした指揮官たちが、重苦しい空気の中で次の一手を模索していた。
「……クロム殿の投入は、想定以上の効果を発揮しているな」
グラントが静かに呟く。
報告書に目を落としながら、その内容を反芻するように。
「左翼の維持どころか、敵の戦力を大きく削いでいる。まさに〝壁〟として機能していると言っていい」
「はい」
シルフィアも頷く。
「正直、ここまでとは……」
その言葉には、わずかな驚きが混じっていた。
規格外であることは理解していたが、それでもなお想定を上回ってきた――そんな評価だった。
「――報告!」
天幕の外から慌ただしい足音とともに声が響き、伝令兵がなだれ込むように入ってきた。
「左翼方面に――魔物の大群が出現しました!」
その一言で、空気が凍りついた。
「……なんだと!? 規模は!?」
「不明! ですが視認できる範囲だけでも数百……いえ、それ以上かと!」
「馬鹿な……!」
参謀の一人が顔を歪める。
「このタイミングで左翼に魔物だと!?」
「クロム殿の言っていた、帝国の策か……!」
ざわめきが広がる。
混乱、焦燥、そして危機感。
だが、その中で。
「……なるほど」
グラントはすぐに冷静さを取り戻していた。
「陽動の本命は、それか」
「殿下!」
シルフィアが鋭く声を上げる。
「左翼は崩壊の危険があります。直ちに増援を――」
「その通りだ。だが――」
言いかけたその時。
「し、失礼します!」
別の伝令兵が飛び込んできた。
「クロム殿より伝言です!」
「内容は!?」
シルフィアが即座に詰め寄る。
伝令兵は息を整え、一言。
「魔物は俺が対処する、とのことです!」
――沈黙。
そして、誰かが間の抜けた声を漏らしていた。
「対処、だと……?」
「一人で、あの規模を……?」
ざわめきが再び広がる。
だが、今度は恐怖ではなく、困惑と驚愕だった。
そして、グラントが小さく笑った。
「……ふっ。本当に、彼には驚かされる」
「殿下、笑い事ではありません!」
シルフィアが一歩前に出る。
「いかにクロム殿が規格外とはいえ、あの数を単独で相手にするなど――」
「無謀、か?」
グラントが問い返す。
「……はい」
「だが、彼はそれを理解した上で言っている」
断言だった。
「ならば――」
グラントは視線を上げる。
「信じる価値はある」
シルフィアは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
だがすぐに、強く頷く。
「……承知しました。第五騎士団、出撃準備!」
踵を返し、指示を飛ばす。
その声に、周囲が一斉に動き出す。
「私が行きます」
振り返りもせずに、シルフィアは言い切った。
「クロム殿の援護、そして状況の立て直し――いずれにせよ、現地で判断します」
「任せる」
グラントは短く答える。
「必ず生きて帰れ」
「当然です」
そう告げ、シルフィアは天幕を飛び出した。
向かうは左翼戦線へ。
一人で魔物の大群に突っ込んだ、非常識な〈鍛冶師〉のもとへ。
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