第15話:鍛冶師は戦場でも武器を試す
夜明けの薄明かりが地平線の向こうからじわじわと滲み出してくるように広がっていく。
俺は「なんでこんな時間から人を殺しに行くんだろうな」と実に平和的な感想を抱きながら、与えられた最低限の部隊とともに、問題の左翼戦線へと到着していた。
いやほんと、最低限って言葉の定義を一度辞書で引き直してほしいレベルで人数が少ないのだが、周囲に展開している他の部隊と比較しても「あ、ここ薄いな」と素人目にもわかる配置になっているあたり、どう考えても「ここを任せたぞ」という強い意志を感じてしまい、俺は軽く遠い目にならざるを得なかった。
「……まあいいか」
どうせ文句を言っても状況は変わらないし、むしろ変わるならとっくに変わっているはずなので、ここはさっさと割り切るに限るという結論に至る。
俺は軽く肩を回しながら前線の様子へと視線を向ける。
視界の先では、すでに戦闘が始まっており、兵士たちが怒号を上げながら剣を振るい、盾を構え、血を流し、命を削りながら必死に食い下がっている光景が広がっていて、まさに「戦場です」と言わんばかりの絵面が完成していた。
……うん、やっぱり場違いだな、俺。
「クロム殿、準備は――」
「できてるできてる」
背後から声をかけてきた部隊の隊長らしき男に、俺は軽く手を振って応じながら、魔力を腕輪に流す。
――《収納の腕輪》。
見た目はただの地味な装飾品だが、その実態は俺の作った武器を片っ端から放り込んでいる、いわば持ち運び式倉庫みたいな代物であり、これがあるおかげで俺はどんな状況でも好きな武器を取り出して試すことができる、というわけだ。
「さて、と」
開いた空間から一本の剣を取り出す。
それは、一見すれば何の変哲もない直剣に見えるが、内部に魔力伝導路を組み込み、衝撃を一点に集中させる構造を持たせた試作品であり、思いついて勢いで作った、いわば実験機の一つだ。
「……じゃ、仕事するか」
ぽつりと呟き、俺は一歩前へ出る。
次の瞬間、目の前に迫ってきた帝国兵の剣を、最小限の動きでいなし、そのまま逆手に持ち替えた剣で首筋を軽く撫でる。
それだけで。
抵抗もなく、首が落ちた。
「うん、悪くない」
血が噴き出すのを横目に、刃の感触を確かめるように軽く振る。
重さ、バランス、切断時の抵抗――どれも想定通り。
「ただ、魔力の流れが若干詰まるな。改良の余地あり、か」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、次の敵へと視線を向ける。
周囲では兵士たちが必死に戦っているというのに、俺のやっていることはそれとはまるで別物で、どちらかと言えば作業に近い感覚だった。
敵が来て斬り、感触を確かめ、次に行く。
ただそれだけの、単純作業。
……まあ、人を相手にしているって点だけは、ちょっと違うが。
「別に初めてでもないしな」
ぽつりと呟く。
ローヴァに来てからも、野盗やら何やらで人を殺す機会は何度かあったし、そのたびに何かが揺らぐこともなかった。
良いことか悪いことかは知らないが、少なくとも今の俺にとっては必要ならやるというだけの話であり、それ以上でもそれ以下でもない。
「……っと」
背後からの気配に反応して振り返りざまに横薙ぎの一閃を放つと、まとめて三人の胴体がずれて崩れ落ちた。
「このくらいなら問題ないな」
周囲の戦況をざっと見渡す。
味方は押され気味だが、まだ崩壊には至っていない。
敵は数で押してきているが、統制は取れている。
そして――
「……あー、見つかったか」
敵の一部が、明らかにこちらを意識し始めているのがわかる。
無理もない。
周囲と明らかに動きが違う存在がいれば、嫌でも目立つ。
「まあ、そりゃそうだよな」
俺は軽く肩を竦める。
「情報もない謎の戦力が暴れてたら、とりあえず潰しに来るよな普通」
実際、こちらへ向かってくる敵の動きが変わった。
数が増え、連携が強化され、明らかに対処するための動きに切り替わっている。
「いいねぇ」
思わず口元が緩む。
「ちゃんと考えてるじゃねぇか」
そうでなくちゃつまらない。
「じゃあ、こっちも少しギア上げるか」
そう言って、今使っていた剣を戻し、代わりに別の武器を取り出す。
今度は、以前に改良した武器――内部に圧縮機構を仕込んだ『血錬式貫杭機構・改』。
そう。名前に『改』が付いていることから、以前のをさらに改良してレベルアップしている。
敵はその無骨で巨大な武器を前に恐れ慄き、動きが止まる。
しかし、部隊長だろう者が声を荒げて攻撃するように命令すると、兵士たちは雄叫びを上げながら突撃してくる。
「突撃だけって、もっと思考を巡らせろよ。それでも部隊長かよ」
もっと対策するとかあるだろうに……。
「……さて」
迫ってくる敵に向けて構え、軽く息を吐く。
機構が唸りを上げて魔力が圧縮されていき、杭が上へと引かれる。
「――ぶち抜け」
踏み込みと同時に、引き金を引いた。
瞬間、空気が弾けたような音とともに杭が射出され、正面にいた敵をまとめて貫き、その背後にいた連中ごと巻き込んで地面に轟音とともに叩きつけられた。
「おお、いい感じだな。魔力圧縮機構を組み込んだおかげで威力も底上げされているな」
貫通力はもとより、想定以上の威力に思わず感心する。
「ただ反動がちょっとデカいな……改良案件だ」
そんなことを考えながら、また次の武器を取り出し、試し、戻し、また試す。
戦場のど真ん中で、武器の試しを繰り返す男。
……うん、我ながら碌でもないな。
だが、その碌でもなさのおかげで、確実に敵の意識はこちらに集中していた。
「……よしよし、ちゃんと釣れてるな」
これでいい。
こっちに目を向けさせている間に、本隊が何か仕掛けるなり対処するなりすればいい。
俺の役目は壁であり、同時に囮だ。
「まあ、そのついでに武器のテストもできるなら一石二鳥ってやつだな」
軽口を叩きながら、次の敵へと向かい屠っていくのだが、違和感を覚えた。
敵の攻勢が弱くなっていた。
俺にビビったのかと考えたが、それは違った。明らかに左翼全体での攻勢が弱く、敵も引き気味だった。
「おい、お前! 早く本部に左翼の警戒を厳にするように伝えろ! なにか仕掛けて来るぞ!」
「ッ⁉ 承知しました!」
部隊の一人に、グラントたちがいる本部に伝令を向かわせる。
「クロム殿、何か感じたのですか?」
部隊長が俺に何が起きそうなのか尋ねられたので、簡潔に答える。
「敵の当たりが弱くなった。俺が注意を引いたことで、喰いついたと思ったのだろう。そろそろ何か仕掛けてくるはずだ。左翼の指揮官にも同じように伝えてくれ」
「なんと! 直ちに!」
部隊長が部下に指示を飛ばし、向かわせた直後だった。
「――ッ!?」
ふと、違和感を覚える。
それは戦場の音でも、敵の動きでもない。
「……なんだ?」
視線を左手側、さらに奥へと向けると、かすかに土煙が上がっているのが見えた。
いや、違う。
あれは。この感じ慣れた気配。
「おいおい、マジかよ……」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
見えたのは、数えきれないほどの――魔物の群れだった。
「……は?」
誰かが、呆然と呟く。
それも当然だ。
ここは戦場で、人と人が争う場所であって、魔物が乱入してくるなんてことはない。
魔物は人が多い場所、それも軍隊などが行軍していれば近寄ろうとはしない。
近づけば殺されてしまうから。
それは戦場であろうとも同じだった。
「いや、待て」
俺は目を細める。
「もしや、これが帝国の仕掛けた策、なのか?」
そう考えた瞬間、全部が噛み合った。
左翼にこちらの戦力を集めさせるのが狙いか。
そこへ、あらかじめ操って待機させていた魔物の群れを叩き込む。
横合いからの奇襲でこちらの陣形は崩れ、戦力は一気に削がれる。
さらに魔物の乱入で戦場は混乱し、統制を失った左翼はそのまま壊滅。
……そうなれば終わりだ。
左翼に戦力を割いた分、右翼と中央は薄くなり、指揮系統も乱れる。
この一撃で戦局は決まる。
帝国は、そのまま押し切るつもりだ。
最後までお読みいただいてありがとうございます!
【私から読者の皆様にお願いがあります】
『面白い!』
『続きが気になる!』
『応援したい!』
と少しでも思っていただけた方は
評価、ブクマ、いいねをしていただければモチベーション維持向上に繋がります!
現時点でも構いませんので、
広告↓にある【☆☆☆☆☆】からポチッと評価して頂けると嬉しいです!
お好きな★を入れていただけたらと思います!
よろしくお願いします!




