第9四半期「ニーサ」
口座?
その少女はニーサと名乗った。こちらが名乗りかえすまでもなく、リョウがリョウであることを知っていた。
「開設って?」
いったいこのひとはどこから入りこんできたものか、窓は開かないしドアはオートロックだし壁に穴なども見あたらない。
「運用には責任がともないます」
「運用? 責任?」
どうもちぐはぐだ。
ドアが開いた。ジョオがもどったのだ。
こんなところ――少女の連れこみ――を目撃されてはたいへんだ。沽券にかかわる。
ジョオはカチンときた。
こいつ、いまごろ大手食品メーカーの説明会へ行っているはずじゃないのか? なにを部屋で、ひとりであたふたしてるんだ?
ニーサはもういない。
リョウはへたりこんだ。そこはちょうど冷蔵庫の前だったので「どけ!」とジョオに怒鳴られた。ビールが冷えている。ジョオはぐびぐびとそれを飲んだ。ドアのほうを向きながら飲みほした。
ふとリョウは、その背中に呼びかけたくなった。呼びかけて、ふりむかせ、目と目があったとたんに挨拶を一発。それだけで、もうリョウはジョオなのだ。
――なにをこんなにいらいらしてるんだろう。
それが知りたかった。しかし実行したらいっかんの終わりであるような気もする。
夕飯。ふろ。そして夢。
「今日もまたサボるようなら、お前、人として終わりだぜ」
リョウは駅から歩きつつニーサ、ニーサと小声でよびかけた。
その日の夜、ジョオは初対面の親友たちとの情報交換会でふしぎなうわさ話を聞いた。
なんでも今日とんでもない人たらしの就活生が各所に出没したらしい。
その就活生はいわば読心術のような力をもっていて、面接官の目をみて挨拶をするだけで相手の思考から気持ちから生い立ちから人生観からなにもかも手にとるようにわかってしまうので、わかられた面接官のほうは安らぎの涙がとまらなくなって採用してしまい、グループディスカッションではびしばし急所をつかれたライバルが何人も精神崩壊に追いやられたのだという。
くわしく聴いてみると、目撃情報はどれも今日リョウも行っていたはずの会社での話だ。
「――お前、知ってるか?」
部屋にもどったジョオは真っ先にリョウにきいてみた。リョウはちょっと目を泳がせてから「ううん」といってふとんをかぶった。
そして翌朝ジョオがでていくとニーサがでてきて頭を下げた。
「――昨日もご利用ありがとうございました」
ご利用といったって、仮にこれがニーサのちからなら、お礼をいいたいのはリョウのほうだ。
カバンには内定証明書がぎゅうぎゅうにつまってる。最終日にはもっとぎゅうぎゅうになるだろう。
他人の中身を知るのは、――たのしい。
リョウは出版社で挨拶をした。広告代理店で挨拶をした。飲料メーカーで挨拶をした。マスコミで挨拶をしてそれからロジスティクスなんとかで、――とにかくたくさんの会社で挨拶をした。
「こんなにわかってもらえたのは生まれてはじめてです!」
そういわれると気分のよいものだったし、
――どうしてそれがわかるんだ!
そんな表情をさせたときにはたまらない快感をあじわった。
――そうだ、このことをレイカさんに報告してみてもいいかもしれないな。
るんるんしながらリョウはおもった。
「このこと」って、もちろんこんなにたくさん内定を獲ったことだ。ニーサのことはいわない。いっても信じないだろう。
大量内定の話にしてみたって、信じてもらえるかはわからないが、むこうにもどったら証明書の現物をどんとだそう。
あと三日――。
孔があいていく。
デイズィは金星出身。この星の疑似太陽システムを管理している。こんな仕事に甘んじているべきじゃない。人生は一度きり。あたしはエンジニアじゃない。あたしは――。
シュタルクは土星有数の名門校をでた。ZAKURO社にはいれたが毎日がむなしい。初任給で家が建ち、退職金で星が買える。けれどもむなしいのだ。にせものの星の電力なんぞを融通しながら、こうして一生がすぎていくのか。ぼくは――。
非常事態だって? そんなの起きやしない。地球出身のヤスダは今日もうんざりしている。起きやしない事故なんぞのためにここでこうして待機してるのか? ひとの人生をなんだとおもってる? ばかばかしくて、やってられるか。おれは――。
退職届がつみかさなっていく。ただしだれにも知られないところで。
ニーサはリョウに語りかける。運用には、責任がともないます。
リョウは夢のなかだ。
孔が火を噴く。




