第10四半期「非常事態」
夢でリョウは焚火の前にいた。煙のむこう、ニーサがいる。
ぱちぱちというその音は、しかし目ざめのあとにも消えなかった。むしろもっとはげしい。もっと熱い。
「うわあ!」
部屋は黒煙と熱気にみちていた。リョウは転がりでる。廊下でたおれて、背中をおおぜいの就活生たちが踏んづけていった。起きあがってあたりをみる。なんにもみえない。
むせながら叫ぶ。
「ジョオ! ジョオ!」
返事はない。
体あたりでドアを開け、非常階段を駆けおりていく。
いま何時だろう? 外はくらい。まるで太陽が落っこちでもしてしまったみたいだ。
階段をおりきると、ビルは爆発し、リョウは爆風でふっとばされた。どこもかしこも燃えている。
逃げまどう就活生たち。「お・か・し」の徹底を求めまわるZAKURO社員らしきひと自身、文字どおり尻に火がついてパニック状態だ。
ジョオ! ジョオ! ジョオ! ジョオ!
リョウは叫びながら走りつづける。似たひとは何人か見かけたが――。
ケータイが鳴る。
――ちょっと!
レイカだった。
――あんた……なに考えてんの……!?
えっ? とリョウ。
――いま、テレビで速報でたけど……! ビッグ・メッセで事故発生……。人工太陽が落下……。
太陽が!?
――これ、事故じゃないわよね? 事件よね……?
レイカはたぶん顔面蒼白だ。
――わたし、なにもここまでやってほしいだなんて……。もう、知らないから! 責任はぜんぶ、あんた個人に存するものとする!
電話はきれた。
かけなおそうとする。
もうつながらない。基地局もふっとんでしまったのだろう。
リョウはおもわずケータイを投げた。ジョオがいない! 太陽が? どうなってるんだ!? どうすればいい!?
だれかくる。後ろからくる。リョウはふりむいて、――発砲された。
迷彩スーツの男がいう。逃げるな。手をあげろ。抵抗するな。なんにせよ撃つ!
その弾はあたっても死ぬことはなくそれほど痛くもないがモチベーションが極端に低下しフットワークも激重になるだけなので案ずるな、おとなしく生け捕りにされておけとそのひとは警告するのだが、意味がわからない。
リョウは逃げる。追われる理由がない。
「いたぞ!」
何人もくる。何発も撃たれる。リョウはむかしジョオがいっていたのだがこういうときはジグザグに走れば当たりにくくなるらしい、その多分なにかのマンガ由来の謎知識がまさか活きてくるとはおもわなかった。
ほんとうは避難場所に向かいたい。ジョオが朝一でどこかの会社に行っていたのなら出先で被災したのだろう。まともな会社ならまともな社会人がいるのだろうから、まともな避難誘導がなされたにちがいない。
と信じたい。けれどもこうなぞの追跡の対象になっていてはジョオと合流するどころじゃない。
「こっちです!」
だれかがいった。だれかはわからないが、リョウはとっさにそちらへ向かう。
煙をぬけて、路地へはいると大きなネズミが前にいた。
「ネズミではない! 名前はアル! チェダー星人です! しかし、いまはそんなことはどうでもいい。こちらにきてください!」
アルはそういって、リョウを一軒の平屋につれこんだ。
どうみても平屋だし、なかもふつうの1LDKだが、れっきとした宇宙船らしく、アルはソファにリョウをすわらせて、テレビのスイッチをいれて外の様子をモニターし、
「よし」
とうなずいてキッチン、にしかみえないコックピットでずんどう鍋がた燃料炉にサラダ油的オイルを注入、おたま型レバーを手にとって、
「――発進!」
雨戸型バリアフィールドが展開、大気圏を突破した。
「――あぶないところでした」
しばらくして、お茶をだしながらアルがいった。
テレビ画面に、ビッグ・メッセがうつっている。たしかに青い半球形だったのに、いまは赤い立方体になっている。
リョウはお礼をいい、どうして助けてくれたのかとたずねた。
アルいわく、
「あなたが追われていたからですよ」
「でも、悪いことをして追われてたのかもよ?」
「まあ」
アルはいった。壁いちめんの本棚を示しながら、
「人類学者としての勘ですかね」
チェダー星には労働がない。
地面を掘ればいくらでもチーズがでてくるので、働かなくても食っていけるのだ。
したがって就活もない。
なかったのだが、ちかごろ異星との交流がさかんになったことで文化的影響をこうむり、貨幣経済が浸透しつつある。
労働推奨派対、反対派。星はふたつにわれている。
アルは知識人のひとりとして、参与観察のため、就活生として今回の説明会に参加していたのだった。
「しかし、とんだことになりましたね。この惨事……」
アルはいった。
「さっき、リョウさんを追っていた連中となにか関係があるんでしょうか」
「生け捕りにする、っていってたけれど……」
「それならおそらく無関係なのでしょう。あんな派手なやりかたではあなたも無事でいられる保証はありませんから」
しかし、「生け捕り」とは……。アルは頭っからつま先まで、リョウをみた。このひとにねらわれるどんな理由があるというのだろう。
リョウは、確信するしかなかった。お茶は、ひとつしかだされていない。
アルも、ジョオ同様、ニーサがみえないのだ。いつのまにかここにいて、こうしてリョウのとなりにすわっている、このニーサが。
――あのひとたちが追っていたのはおれじゃない。
リョウはおもった。
――きっと、ニーサなんだ。
「地球までの飛行はむずかしそうでしょうか」
おどろくほど顔色の悪いリョウに、アルがなにかの葉っぱを差しだしてくれながらきいた。
「噛んでみでください。すこしは気分がよくなるかもしれません。あっちまでお送りするつもりでしたが、じつは、燃料的にも微妙なところでした。また、あなたの体調も、長旅に耐えられそうには――もちろん『AKUBI』は使用するわけですが――ないように見うけられますが、いかがでしょう?」
それでアルの母星、チェダー星へ一時寄港したいという。
リョウは同意した。レイカに誤解されたままなのは気がかりだが、帰還をいそいだところでべつに状況がよくなるわけでもないだろう。
それに、ジョオがいなければ地球などただの岩と水のかたまりにすぎないのだ。




