第11四半期「金星にて」
ジョオは避難艇にいた。
船内は、あんなことの直後なのに、たぶん死人もでているだろうに、なぜかそれなりににぎやかで、和やかなムードだった。
ジョオは大部屋のすみで寝ぶくろにくるまっていた。耳をふさいでいた。
放送がある。地球まで、燃料がもちそうにないのでいちど金星に寄港するという。
船をおり、空港をでると、サボテンのまばらな荒涼とした大地がひろがっていて、かなたにいかつい山脈がみえた。
このへんは観光名所が多いらしい。機体のメンテナンスに三日かかるので、就活生たちはそのあいだなんとかキャニオンとか、なんとかベガスとかをたのしもうとバスやタクシーに乗りこんでいった。
「このへんはスリが多いらしいですよ」
そうささやきあっているものたちもいた。
ジョオはそんなことじぶんにはまったく関わりがないようにかんじられていた。
国立公園とか、スタジアムとかにも興味はなく、かわいた土のうえをふらふらと歩きつづける。
やがて、町が見えてきた。
ちょうど昼どきだ。ハンバーガーショップ、チリコンカンレストランの看板がきいきいゆれている。
食べたくない。まるで食欲がない。
みやげもの屋もある。星と横じまのデザインがおしゃれなペナントや、野球、バスケ、フットボール選手などのユニフォームが売っている。
ほしくない。
――おれ、どうしちまったんだろう。
まだあいていない酒場の軒先にすわりこんだ。
ポニーをつれた赤毛の少女がめずらしそうにこっちをみてくる。ほほ笑みかえす元気もない。
やがて店が開いた。
ジョオは中にはいり、バケツ級のジョッキでぬるいビールをのんだ。
二杯目、三杯目。
にぎわってきて、生バンドもきて、みんなツイストしはじめた。
ジョオはしばらく無言の傍観者でいたが、とつぜん立ちあがり、見よう見まねに踊りはじめた。ただし、どこまでも無表情で。
ひねる。ひねる。腰をひねる。――急に泣きたくなってきた。
――そうだ。そうだよ。そうだったんだ。
ジョオは財布ごと置いて店をとびだした。
そして満天の星空の下、酒樽のかたわらで吐きながら泣きながら吐きながら泣いた。
――リョウ……!
気がつくとゴミ棄て場に寝ていた。地球とはくらべものにならない強烈な日差し。
ジョオはとぼとぼと空港へもどった。
銀色の巨大な卵にアリみたいな整備士たちがむらがって、トンカンばちばちやっている。
まだメンテナンスとやらは終わってない。でも、なかでしずかに待たせてもらおうと、ジョオはおもった。
係員が行く手をふさぐ。パスがなければ乗せられないという。ジョオは舌打ちし、尻ポケットに手をやった。そしていっきに血の気がひいた。
パスは財布にいれてある。財布がない。財布がない!
全身のポケットというポケットにくまなく手をつっこんでいく。ジャケットをうらがえす。ばさばさやる。
でてくる、でてくる、小さくたたんだ説明会の資料類だとか、一流たちの金言をしるしたメモ用紙、そして、あの「伝説の一夜」に集めまわった有名業界人たちのレア名刺――風にふかれて飛んでいく。
ジョオは係員さまにすがりついた。
ない! パスがない! 財布もない! スられたにちがいない。
しかしルールはルールなのである!
ジョオはふたたび砂漠を行くことになった。
きのう飲んだくれた酒場をたずねる。営業時間外にはげしくドアをノックされ、ごつい店主は不機嫌そうだった。おまけにあんまり公用語がつうじない。
ジョオのけんめいなボディランゲージは、ノー! のひとことでしりぞけられた。
――財布もない、パスもない、リョウもいない……。
ジョオは砂漠をさまよいつづける。
ハゲワシがゆっくりと接近していた。




