第4四半期「人工星ビッグ・メッセ」
ビッグ・メッセ。ZAKURO社による人工星で、古代人の地球みたいな平たい大地が空のドームに覆われていて、地表はどこまでも高層ビル街になっている。
そのビルのひと棟ひと棟が、参加企業に貸しだされ、十日間、就活生たちは自由にまわって貴重なお話をうかがったり、そのまま選考をうけ、ご縁をいただいたりもできる。
太陽系中の惑星から何百万もの企業が参加し、何千万もの就活生がおとずれる、一大イベントだ。
今年は水星近傍にあるその星に降りたったとき、ジョオと、リョウは、大きくのびをした。そしておきまりのハイタッチ。
空港は、かなりいろいろ施設があって、みやげもの屋やコンビニ、ビジネス書専門の書店、高級ブランドのスーツ屋、カバンに靴屋、屋上には、必勝祈願のミニ神社まであるらしい。
「いやー、宇宙に、来たんだなあ」
案内所から「ご自由にお持ちください」のパンフレットを二部、いただきながらジョオがいった。しかしリョウの返事がないので、
「どうした? 腹でも痛いのか?」
あ、いや……とリョウ。気をとりなおすようにジョオは、
「やっぱり『AKUBI』はすっげえなあ。あっというまに着いちまったよ」
リョウはあいまいに笑った、――じつはこんなことがあったのだ。
船にのり、リョウたちは二人部屋におさまった。ジョオがレイカにすこし高めのチケットを手配してくれるよう、土下座してくれたのだ。
「おれ、ネゴシエーターにも向いてんのかな」
ベッドがふたつ、折りたたみ式テーブルがひとつあるだけの簡素な六畳間だが下層の雑魚寝部屋に、というかいつものボロ家にくらべればじゅうぶんだ。
「ま、『AKUBI』でドップリしちまえば、関係ないっちゃ関係ないけどな」
離陸後、初宇宙の感慨にふけろうとしたが船内は酸素も重力も発生している。
通路の窓から青い母星を眺めおろそうとしたのだがすでにひとだかりができていて、ようやく最前列に割りこめたときにはもう虚無空間しかひろがっていない。
「……探検すっか」
「うん」
下におりてみる。クジラの唸り声のようなエンジン音にも負けないくらいにぎやかな談笑がきこえる。大部屋がつかの間の社交空間になっているのだ。
「ジョオ。あっちにゲームセンターが――」
しかしジョオはずんずん部屋に踏みこんでいく。リョウはポケットの酔いどめをのんだがべつに人見知りは治らない。
いくつもの輪ができている。適当にひとつにちかづくと、
「いま、ガクチカについて話させていただいていたところなのでございます」
ガクチカ?
のっぽの就活生がいう。
「わたくしは学生時代、ワンダーフォーゲル部に所属しておりました」
ずんぐりの就活生がいう。
「なるほどですね。わたくしは食べるのが好きでございます」
メガネの就活生がいう。
「わたくしは研究をがんばっておりました」
そしてリョウたちに六つの値踏みの目がむけられる。ジョオは無言で去った。
部屋にもどってから、ジョオはこういった。
「……おれたちの学歴ってどうなんのかな」
「うん……。保育器って学歴にはいるのかな」
「お前じぶんが生まれた病院の名前知ってんの?」
「いや……。そもそも、病院で生まれたのかな」
ふたりはうなり、いったんしずかになって、どちらからともなく端末をとりだした。
「AKUBI」、起動。
猫づらのミニスカートの女のひとがおどる動画を視聴しながら、しばらくジョオは、しゃべりやまなかった。
「学歴とか、関係ねえ……。親の脛かじりどもに、なにがわかる……。こちとら身ひとつで、この歳まで……」
ばかに、しやがって……。見返して、やるからな……。
だんだんしずかになっていき、声はやんだ。ジョオはもう、まばたきひとつしない。
リョウも動画を観つづける。
――都市伝説。
あるところに、ホヨー星という星があるらしい。そこには究極の温泉があって、浸かるものの願いをなんでもかなえてくれるという。
ある男がいた――仮にA氏とする。このA氏は、ハゲで、ぶさいくで、太っちょで、くさくって、頭も性格もわるくって、金もなく、恋人はもちろん、友だちもひとりもいなかった。
そこでホヨー星を目指し、たどりつき、美少女になって帰ってきた。
この美少女Aちゃんは、だれからも歓迎され、親切にされ、チヤホヤされ丁重にあつかわれ、なにを話しても傾聴され、どんなしくじりもかわいがられ、いじわるをしてみせればやきもきしてもらえる、――そしてAちゃんはふたたび命がけでホヨー星を目指し、もとのA氏、ハゲでぶさいくで太っちょでくさくって頭も性格もわるい、ひとりぼっちの、貧乏なおっさんにもどって帰ってきたのだった。
――動画が終わる。
おかしいな、とおもいはした。
けれどもドップリのしやすさには個人差があるらしい。
……あるらしいのだが、二時間後、これはいよいよ妙だった。
――アプリの不具合? まさか?
だとしたらこわすぎる。このまま一年ちかく正気でいなければいけないのか? こんな狭い船のなかで、ひとりぼっちで?
それは絶対にいやなので、リョウは動画を観つづけた。ゲームもしつづけた。
だめだった。尿意が限界にちかいのだ。
立ちあがり、ジョオをみる。
まばたきのない両目から、ひとつぶずつ、涙がこぼれた。
ただの乾燥のせいかもしれないが、見てはいけないものを見たような気もして、リョウは、どぎまぎしながら部屋をでた。




