第3四半期「花鏡院レイカ」
家に帰るとその金持ちが待っていた。
女のひとで、なかにいれると、あからさまに顔をしかめ、座布団をすすめても、つっかえされて、お茶をだしても口をつけようとしない。
名刺をわたされた。
花鏡院レイカ。
あのZAKURO社に次ぐ大企業、花鏡院コーポレーションの令嬢で、一族経営なので次期社長で、いまはゼネラルプロデューサー兼エグゼクティブディレクター兼ファイナンシャルマネジャー兼スペシャルサンクスらしい。
「あんまり儲かってなさそうね」
部屋中を見まわしてレイカはいった。
「ま、それはそっか。儲かるべき商売じゃないんだものね」
はあ……といいながら、リョウは横目でジョオをうかがった。
意外にも「ははは」とにこやかにながしている。
「――で、なんで来たかって話なんだけど、もちろん頼みたいこと……やらせたいこと、ううん、やらせてあげてもいい案件があって、お忍びできたのね?」
ありがとうございます、とふたり。
リョウは、レイカの背後にゴキブリをみつけた。
「単刀直入にいうわね」
レイカは声をひそめた。
「太陽系合同説明会、もちろん知ってるでしょ。ZAKURO社の主催する――」
うなずくリョウ。ふたたびジョオの顔をみる。不機嫌そうな様子はない。
「あれをね、――めっちゃくちゃにしてほしいの」
「ええっ」
大声がでる。リョウからもジョオからも。レイカは、
「ばか――」
だまらせようとして、ゴキブリがでて、悲鳴をあげながらちゃぶ台にとびのると反重力式なので浮いていてゆれてころんでリョウに覆いかぶさって、リョウはなぐられた。
「っていうか、窓、しめなさいよ。お忍びっていったでしょ? 極秘の話なのよ」
あれは開いているんじゃなく割れている。リョウが古新聞をもってきて、ジョオがガムテープで貼っていく。
「ほんとうに、だいじょうぶなの? あんたたち」
「いたずらにかけては、プロ級の腕前――っていうか、プロですよ」
さいごの一枚を貼り終えて、ジョオがいう。
「それで、話のつづきは?」
ふたりは腰をおろし、レイカは話しはじめた。
いわく――この花鏡院レイカは、来春、花鏡院コーポレーションの社長を継ぐことがもうきまっている。宇宙二番目の大企業のトップに就任するということである。
この「二番目」というのが、まじでむかつく。一番じゃなきゃぜったいにいやなのだ。
しかしZAKURO社とビジネスでまともに競いあったって勝てるはずもない。
無限会社、つまり無限にカネがわいてくる会社だから株主の意向に忖度する必要もなく環境も破壊しまくるし、優秀な人材を確保するためにゲノム編集でも人体錬成でもなんでもやる。
隠密部忍者課が他者の情報を盗みまくるし、訴えられても司法を掌握しているので負けることはない、というか負けても軍隊部とかヤクザ課とかをだせばいい。
「ほんっと……とんでもねえ会社っすよね」
ジョオがいう。
レイカは、
「――そのZAKURO社が、メンツをかけて太陽系中の何万という企業をあつめてひらくのが、太陽系合同説明会。これをとにかく、めっちゃくちゃにしてほしい。そこで『いたずら』っていう、なんていうかさじ加減が、絶妙なんだわ」
「あざっす」と、ジョオ。
「本気でぶちこわそうとしたら、それこそ特殊部隊課でもなんでも出動してきかねないから。なんていうか、こう……ちょっとした違和感をつみかさねていく感じで、やってほしいの。表向き、べつになんてこともなくうまくいっているようなかんじがする。でも、なんとなーくもやもやする。イヤなかんじがする……」
ふんふん、とジョオ。
「……そんな印象を、就活生とか、参加企業の担当者たちに刷りこんでほしいの。そしたらああ、ZAKURO社もたいしたことないんだなー。来年からはもう、参加するのやめとこっかなー、ってかんじで、ZAKURO社のメンツ、丸つぶれ。評判だだ下がり——でしょ?」
「なーるほど!」
ジョオは、いつもばかにしてるチキュネットの販売員みたいなリアクションをした。
「おい、リョウ。メモれ!」
リョウはおどろいた。
「メモしとけ!」
いわれたとおりに書きつけはした、そのメモをレイカの帰宅後ちゃぶ台にどんと叩きつけ、ジョオはいった。
「この勝負、――乗るぞ!」
ほんとに!? とリョウ。
「もちろんマジさ」
「ZAKURO社だよ? 敵にまわしたら、どうなっちゃうかわからないよ?」
だからこそ、これまで直接ちょっかいかけずにきたのでは?
するとジョオは、
「そこがお前とおれの、才能のちがいだな。もうすこしシビアな表現を用いるんなら、スペックの差というやつなのですよ。リョウくん」
リョウは……つばをのんだ。
「よーく、考えてみろ。だれがあの女の言いなりになるなんていった? おれらは、たしかに仕事をひきうける。だがそれは、あくまで表向きの話。ほんとうは、フツーに説明会に参加して、フツーに就活しちまうのさ」
「えっ? でも――」
「だってチケットはあいつが手配してくれるんだろ? またとない大チャンスじゃんか。会場に着いちまえばこっちのもんさ。あの女は地球で吉報を待ちつづけてる。おれらは連絡をブッチしてもいい――いやいちおう、つながりはもっといたほうがいいかもしれねーな。就活がうまくいくとはかぎらんし。フツーに選考うけながら、大本営発表でもしときゃあいい。そんで、内定獲れたらしれっと就職、あの女とはオサラバさ。だめならだめで『ベストを尽くしたんですが……』とかなんとかいっときゃいい。うまくやりゃあ花鏡院コーポレーションのほうでなんかしらのポジションがもらえるかもしれん」
「でも、ジョオ、太陽系合同説明会って——ZAKURO社のイベントなんだよ?」
「そうだよ?」
「それにふつうに参加ってことは……。ジョオ、ZAKURO社、きらいなんじゃなかった?」
「それはお前、……きらいだからこそさ」
「え? どういうこと?」
「きらいだからこそ、ときには……その、行かなきゃならん、時もある」
「……え?」
「なんていうか、つまり、これはちょっとお前にはまだ早いっていうか――」
「同い年だけど――」
「そういう早さじゃなくてさ、まあ、人生観っていうのかなあ。むずかしい問題なんだよ、とにかく。だからおれは行くぜ、説明会」
「うん……」
「お前、行かないのか?」
「いや……」
「地球にのこるのか?」
「いや」
「だろ?」
「うん……」
「まあ、――そういうもんさ」
「うん……」
「そういうもんだよ」
「……うん……」




